16-4話
手応えはあった。しかしそれは植物を、凶気の桜を斬った様な感覚とは違った。木よりも更に硬い何かの感覚であった。
桜⦅今のお前の心情は理解出来る。不可解、その一言に尽きるのだろう?⦆
衆「……何が言いたい?」
桜の見透かす様な声に衆治は僅かな苛立ちが込み上げてきた。
桜⦅思う所は同じだ。視認不可の攻撃への恐怖からこの戦いの迅速な終結を急ぎ、そのアンノウンを私自身の懐へ踏み込ませた。道理としては通る、選択も悪くない。ただ、爪が甘かっただけの事⦆
衆「だから何が言いたいんだ!?」
桜⦅お前が研いだ刃は僅かに届かなかった、と言えば理解も出来よう⦆
桜本体に傷は無かった。シザーハンズの攻撃は桜ではなくその隣にある地面に養分を送る機械に浅い傷を付けただけであった。機械は内部が露わになってはいるが依然として動作は停止していなかった。
桜⦅メディエイターの力を行使した所で目視出来ない相手には充分に刃を振るえまい。私の助力を得てこの体たらくか⦆
衆「助力だと!?」
桜⦅私は故意に、わざとお前にこの機械に攻撃が通る様に仕向けたのだ。霧の濃度を操作し恰も私がそこにいると錯覚させた。それにお前は嵌った⦆
衆「何故そんな事を……!?」
桜⦅人間の心の揺らぎとは分かり易い。攻撃が通ったと分かれば一時は歓喜する。しかしそれが不発という真実を突き付けられた時、僅かではあろうが落胆し絶望する。絶望は人間の意識を一時的に遮断する。その瞬間こそ攻撃を仕掛けるこの上ない好機なのだよ⦆
衆「好機!?」
衆治が桜の言葉に疑問を抱いたその時、衆治の周りから"バチッ、バチッ"という不可解な音がいくつも聞こえてきた。
衆「何だ一体?」
桜⦅私達を覆っている霧と非常に似た存在がある。それは雲だ。今我々を包み込んでいるものは雲と言っても間違いは無い⦆
衆「雲……?」
桜⦅雲の内部の水蒸気が冷やされ小さな氷の塊へと変わる。それらが雲の中で互いにぶつかり合う事で摩擦が生じ放電が起こる。その力が強力に蓄えられた状態を雷雲と言うのだよ⦆
衆治はそれを聞いてゾッと青ざめた。
衆「まさか……この音は……!」
周囲の音は数を重ねるごとに大きく響き渡っていった。衆治は即座にシザーハンズで凶気の桜に斬り掛かろうとしたが、それは間に合わなかった。
桜⦅遅い⦆
周囲に蓄積された電気は一瞬にして一点に集まると、轟音を上げて衆治へと襲い掛かった。
衆「ぐわあああああぁぁっ!」
強力な電撃を一身に喰らった衆治はそのまま膝から地面に倒れ込んだ。自分達を覆う雲を操る桜はそれを感じ取った。
桜⦅やはり人間とは弱く儚い生き物だ。我等の力を利用せんとする道理も頷ける。が決して同情などは向けはしない……。また一歩、彼の思い描く世界に近付ける事が出来た。アンノウン全ての未来の為、私は躍進し続けるのだ⦆
改めて誓いを言葉にする凶気の桜は何か妙な違和感を覚えた。周囲を漂う雲の濃度がなんとなく薄れていく様に見て取れた。桜自身が雲の解除を操作した覚えは無かった。
桜⦅どうした?⦆
桜の抱いていた疑問は確信に変わった。桜は自身の体が自由の効かない感覚に陥り、徐々に視界もぼやけていった。そして立ち込めていた雲も凶気の桜の意思に関係無く消えていき完全に景色を露わににした。
桜⦅どうしたと言うのだ!?力が……入らない。何故こんな……?⦆
衆「案外早かったな」
凶気の桜は視界に映る光景を疑った。桜の前には傷を負いながらもしっかりと立ち、こちらに目を向ける衆治の姿があった。
桜⦅馬鹿な!あれ程の雷撃を受けて何故立ち上がれる!?⦆
衆「お前は一つ、大きな勘違いをしている。さっきのシザーハンズの攻撃はお前に向けたものじゃない。端から俺はその機械を狙って斬り付けたんだよ」
桜⦅何だと!?⦆
衆「お前が根を生やす地面に養分を送るその機械にこれを流す為にな」
衆治は親指で足下の地面を指差した。そこは凶気の桜が先程地中から溶岩の塊を出して出来た穴だった。地面を突き破った穴からは中の土と共に古く寂れた配管が突き出ており、配管の口からは赤黒く濁った汚水が流れ出ていた。
桜⦅それは……!?⦆
衆「長いこと使われていない施設だからなあ、こういう汚水も整理されてなかったんだろうな。こいつを利用させて貰った」
桜⦅その水を……お前は……!⦆
衆「お察しの通り、斬り付け穴を開けたその機械を通してお前が根付く地面にこの水をふんだんに染み込ませたって訳だ。お前が真っ当な植物であるなら汚れた水を摂取して正常でいられないとは思っていたが、以外に効果の出が早くて少し驚いたぞ。お陰でお前が作った雷の力も抑えられて死ぬまでには至らなかったんだからな」
桜⦅ぐうっ……小賢しい真似を……があ……⦆
侮蔑を吐く桜の声には明らかな苦しみが伺えた。
衆「お前が今苦しみに悶えているのは人間が生み出した産物だ。お前が心の底から見下していた人間が意図せず吐き出した毒がお前を今蝕んでんだ」
桜⦅毒だと!?⦆
衆「大気を汚染し環境を歪ませる人間は自然にとって天敵とも言えるだろう。分かるか?母なる自然なんてものに頼った時点でお前はどうしたって人間には敵わない存在に成り下がったんだよ!」
そう言い放つ衆治の言葉は凶気の桜にとって受け入れ難い言葉だった。
桜⦅人間如きが図に乗るな……!自然の力とは浄化の力、この程度の穢れを掻き消すなど造作も……⦆
精を絞り水の浄化を試みるも、汚水の勢いは衰える事無く止めどなく流れ込んでくる一方であった。
衆「無理じゃないか?今のお前にそいつを防ぐ事は」
シザーハンズで機械に斬り付けると同時に衆治は一本の黒い羽を機械に突き刺していた。心壱から受け取った刺した物の力を増大させるブラック・スワンの羽で強化された汚水と機械の勢いは凶気の桜の浄化の力を容易に上回った。
桜⦅こんな事が…………人間などに……下賤な人間如きに……この私が……⦆
凶気の桜の体は枝の先端からみるみる内に朽ち始めていった。
衆「滑稽だと笑うか?愚かだと蔑むか?いいぞやれよ。今のお前にはその程度の事しか出来ないんだからなあ!」
衆治はシザーハンズのハサミを構えると凶気の桜に向けて斬り掛からせた。真っ直ぐ縦に振り下ろされたハサミは桜の幹を中心から大きく斬り裂いた。その瞬間、凶気の桜の体は剥がれる様に崩れ文字通りの木っ端微塵に砕け去った。後には散らばった木屑だけが残った。
衆「お前の言っていた事が本当だろうと、俺はこれからもシザーハンズの力を使って戦い続ける。俺にはまだこいつの力を借りてでもやるべき事が残ってる」
シザーハンズをカードに戻すと衆治は凶気の桜の残骸を背にし先を急いだ。
続く




