出産
やっと吸血鬼の名前を決めました。
まだ出てくるまでしばらくかかりますがご容赦ください。
下腹部を締めつけられるような痛みがやってくる。だけど予想していた痛みよりも全然弱く、これなら余裕で耐えられる。
そしてあっけないほどに初めての陣痛が終わる。
拍子抜けである。このくらいなら何でもない。少しビビりすぎていただろうか。
生意気にもそんなことを考えてしまう。
この時の私はまだ何も知らない。
出産の痛みというものを。何故世の中の女性たちが出産は命がけだと口々に言うのかを。
そして後で後悔する。
不規則な陣痛は次第に規則的になってゆく。それと同時に痛みもだんだんと増してくる。
陣痛の間隔が30分周期くらいになってきた。
「琴音ちゃん、これから長丁場になるわ。しっかり頑張るのよ」
鏡さんが私を励ましてくれる。
「はいっ」
まだまだ耐えられる。私は元気よく返事をする。
さらに短くなってゆく痛みの間隔。
そろそろしんどくなってきた。だけどこんなところでめげてはいられない。優希に会うためだ。
そのためなら私はいくらだって頑張れる。もう少しの辛抱だ。私は気合を入れ直す。
激痛が10分間隔で押し寄せてくる。
普通ならここらで病院へ連絡を入れるらしいが私の場合は自宅出産となるため特に関係ないらしい。
ベテランの鏡さんもいるし何の問題もない。私は安心してこの痛みと闘うことができる。
それにしても辛い。あの頃の余裕など吹っ飛ぶ。
誰だ、余裕で耐えられるとか言ってたやつは。馬鹿じゃないのか?
いや、馬鹿は私でした。ごめんなさい。
周期なんかあるのかと思うほど痛みが連続して押し寄せてくる。
激痛とかいう度合ではない。腰が物理的に砕けそうになる。頭がおかしくなりそうだ。
「しっかりなさい」
母上の声が遠くから聞こえてくる。
私は歯を食いしばり沈んでいきそうな意識をしっかりと繋ぎ止める。
「うぅぅ」
呻き声が漏れる。
「もう少しよ、頑張って」
鏡さんも一生懸命に手伝ってくれている。
激痛のピークが襲ってくる。
「ああああぁぁ」
たまらず叫び声をあげる。
無理だ無理だ無理だむりだむりだムリだムリダ
耐えられない。身体が軋む。裂けそうだ。
繋ぎ止めていた意識を手放しそうになる。
霞んでゆく意識の中、子供の泣き声が聞こえた気がした。
ーそうだ、私は優希に会うために、その顔を見るためにこれまで頑張り続けてきたんだ。
覚悟はしていたはずだ。
我が子を愛すと誓ったあの日のことを思い出す。
私の覚悟なんてそんなものだったのだろうか。
絶対に違う。私は私を否定する。
自信も何もなかった頃の私を、口先だけの私を、
全部否定する。
今ここにいる私はそうじゃない。
たくさんのものを積み上げてきた。たくさんの努力をしてきた。どんなに苦しかろうと投げ出さなかった。
それを今ここで投げ出す?
冗談じゃない。ふざけるな。
私の覚悟は私が一番よく知っている。そんなもんじゃない。ここにいる私が保証する。
だから大丈夫。
さぁ、あと少し。
私は意識を覚醒させる。それと同時に形容し難い痛みに襲われる。
激痛などではとても表現しきれない。四肢をもがれるような、そんな痛みが襲ってくる。
でも大丈夫。なんてことはない。
あの日誓った私の覚悟とは比べるまでもない。
だから優希、早く私にその顔を見せてほしい。私はずっと待ってたんだから。
永劫の時を思わせる激痛に終止符が打たれる。
「うあああぁぁぁん、うあああぁぁぁん」
泣き声が聞こえてくる。幻聴なんかじゃない。ホンモノの泣き声だ。
やっと、やっと優希に会える。自然と涙が零れ落ちる。
張りつめていた意識が緩む。
必死に繋ぎ止めていた私の意識はそこで途切れた。
暗闇からゆっくりと意識が覚醒してくる。
どうやら私は優希の顔を見る前に気を失ってしまったらしい。情けない。
ゆっくりと身体を起こすとそこには母上が優希を抱いて待っていた。
ようやく、ようやく優希に会えた。ずっとこの瞬間を待ちわびていた。
母上から私の手に優希が預けられる。
優希を抱きしめる。すごくやわらかい。
優希の頭をそっとなでる。ずっとこうしたかった。狂おしいほどに、愛おしいほどに。
「優希」
私の口がこの子の名前を紡ぐ。初めて聞かせる私の声。ちゃんと届いているかな?
優希はすやすやと寝ている。まるで天使のようだ。私の天使。
私の顔に笑みが生まれる。
この子と一緒に遊んだり、料理をしたり、もちろん討魔の仕事も一緒に行ったり。
一緒にドライブするのもいいかもいれない。優希と一緒にやりたいことがたくさん浮かび上がってくる。
まずは何からやっていこうか。私がしばしの間妄想に耽っていると母上から話があると言われた。
なんだろう?まったく見当がつかない。ただ真面目な話のようだ。
私はしっかりと聴く態勢をつくり、母上の言葉を待つ。
「琴音、まずはお疲れ様でした。よく頑張りましたね。優希君は元気に産まれてきましたよ」
そう言って母上はにっこりと微笑む。
優希くん? その言葉に引っかかりを覚える。
そんな私に予想だにしなかった言葉が母上の口からでてきた。
「優希は立派な男の子ですよ」
ようやく主人公となる子が産まれました。
まだこのままの視点が続きます。




