後日談:1 間違えた判断(side:デュボア)
ああ…なぜこんな事になったの…?
もし過去に戻れるのなら…いえ、どれだけ後悔しても後の祭り。
私は押し込められた馬車に揺られながら、イスクール・シュルテンに会った日の事を思い出していた――――――…
「なんて美しい人なの…」
中等学院の入学式。
イスクール様の比類なき耀きは、一瞬にして恋に落ちるには十分だった。
そして侯爵家の嫡男。理想そのものだわ。
「それに…私なら彼と並んでも遜色ない」
艶やかなパールピンクの髪をさらりと傾ければ、男は見惚れ、
なめらかな白い肌は男の目を釘付けにし、
薔薇色の唇で微笑めば、男はすぐ寄って来る。
でも…どの男もいまいち。
こんな男たちじゃ物足りない。
そんな時に出会ったのがイスクール様だった。
彼こそが私の隣に立つにふさわしい方。
けど、イスクール様に惹かれる女は私だけではない。
だから彼の情報はいつでも耳に入って来た。
そして知ったのだ。
彼には7歳の時に取り交わした婚約者がいるという事を。
よくよく話を聞くと、互いの祖父の軽口から決まったようだ。
だったらその婚約って、曖昧なものではないの?
貴族にありがちな政略が目的の婚約。
二人の間に愛情などが存在するはずもない。
私は小さな期待を持ち始めた。
幸運な事に1学年ではイスクール様と同じクラスになった。
しかも隣の席!
これこそ運命のお導きだわ!!
私の期待は大きくなっていく。
けれど、イスクール様が女子生徒と関わる事はほとんどなかった。
挨拶や必要な会話ならするけれど、個人的に仲良くなる様子は皆無。
そんな彼の徹底した防波堤に、最初は彼に声をかけていた多くの女性たちは諦めていった。
けど私はそんな事で引くつもりはなかった。
だって、私にはこの美貌があるから。
「イスクール様、よろしければここの問題を教えていただけませんか?」
「なぜ、僕が?」
「え?」
「先生に聞いた方が確かだよ」
そういうと、スタスタと教室を出て行った。
私が声をかけたのに、去って行った事がショックだった。
残された私は、それを見ていた女子生徒に笑われていた。
「やっぱり、避けられたわ」
「当然よね。他の令嬢、皆相手にされていないのに」
「ご自分だけが特別と思っていらっしゃるんじゃないの?」
「大した自信だこと、ふふふ」
違うわっ
他の女子生徒を拒否した手前、私だけに親切にする事ができなかっただけよ!
私は、男性が私のことを拒否した現実を受け入れられなかった。
こんな屈辱は初めてだったから。
そんな時に行なわれた近くの公園での野外活動。
令息は歩きやすいノーフォーク・ジャケットを羽織り、ニッカーボッカーズを着用。
令嬢は歩きやすさを前提に仕立てられたウォーキング・ドレス。
歩きやすさを前提に仕立てられたバッススタイルだ。
小さな川のところで、女子生徒がきゃあきゃあいいながら飛び石を渡って行く。
私も渡っていたが途中、濡れた石に足を取られて態勢を崩した。
その時、ちょうど後ろからきたイスクール様が抱き留めて下さった。
「おっと、大丈夫?」
「は、はいっ」
「慌てなくていいから、ゆっくり体を起こして」
「は、はいっ すみませんっ」
イスクール様は力強い手で私の肩を支え、起こして下さった。
爽やかな香りが鼻を擽る。
騒めく周囲の喧噪と集まる視線に優越感を持った。
態勢を立て直し、私はまた歩き出した。
「あ、ありがとうございましたっ」
無事に渡り切り、私はイスクール様にお礼を申し上げる。
「いや、気を付けて」
そういうと彼は男子生徒と去って行った。
『大丈夫?』
『慌てなくていいから』
『気を付けて』
女子生徒とは関わらないのに、私を助けて下さった。
気を遣う言葉をかけて下さった。
私はイスクール様に触れられた両腕を抱き締める。
彼の残り香を感じていた。
それから私はイスクール様に挨拶をするようになった。
「イスクール様、おはようございます」
「おはよう」
「イスクール様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
彼はいつも気さくに挨拶を返して下さった。
きっと私に心を開いてくれているのだわ。
ああ…それなのに、イスクール様は突然、学院をお辞めになってしまった。
せっかくお近づきになれたのに。
きっとイスクール様もそう思っていたに違いないのに…
私は切ない思いを胸に秘め、色あせてしまった学院生活を過ごしていた。
そんな時、とある伯爵家で行われたガーデンパーティーに母と一緒に出席した先で、イスクール様とお会いする事になるなんて思いもしなかった!
ああ…やはり私たちは出会うべくして出会う二人なのだわ…
すぐにご挨拶に伺いたかった。
けれど彼の傍には一人の令嬢がずっと寄り添っていた。
きっと彼女が婚約者だわ。
茶色の癖髪に肌の色は白くてなんだか貧弱に見えるわ。
私の美しさとは比べものにならない。
お互いの祖父たちが勝手に決めた婚約。
イスクール様の本意ではない。
なのに、当然のように隣に立っている彼女の存在が腹立たしかった。
庭の奥へと入って行くイスクール様と婚約者。
私は思わず、後を付けた。
二人は人気のない庭にあるベンチに、こちらを背にした座っていた。
私は声が聞こえる場所まで距離を詰める。
ちょうど樹木が生い茂っているから身を隠しやすい。
「…私…イスクと同じマクシムス高等学院に行きたかったけど…学力が足りないみたいなの…」
マクシムスって、この国では1・2を争う超進学校じゃない!
私だって無理だわ…
「無理しなくていいんだよ。ちょうど君の学区内に女子高等学院がある、そこなら大丈夫と言われたんだろう?」
「ええ、でも…イスクと同じ学院生活を送りたかったわ」
「学院生活なんてたったの数年だ。僕たちはこの先もずっと一緒にいるんだから。それと僕は男子高等学院に行く事にしたよ」
「え? イスクならマクシムスに確実でしょ?」
「君がいないのに入る意味はないよ」
「イスク…」
二人で穏やかな空気を醸し出している事にイラついていた。
けど…
あの女子高等学院なら私の成績でも入れる。
そうよ!
そして彼女に近づけば、自ずとイスクール様とお会いできるわ!
この判断が、後々自分の首を絞める事になるなんて、その時の私は予想だにしなかった。




