第6話 壊れた友情(side:コニファー)
「今日はイスクール様はお見えにならないの?」
我が家にいらしたデュボアが開口一番に聞いたのがイスクの事だった。
「…来ないわ。今日は、あなたにお話があったから…」
私は庭にあるガーデンテーブルへデュボアを案内した。
「そうなのね…」
明らかに落胆している。
先日お茶会でイスクを紹介してから、デュボアとの会話には必ずイスクの名前が出るようになった。
「イスクール様はどんなものを召し上がるの?」
「イスクール様は何色がお好きなのかしら?」
「イスクール様は…」
胸の中に広がる不快感。
私は、この感情を知っている。
昔、母と出席したお茶会でよく経験した。
イスクの端正な容姿は、令嬢たちの中では噂になっていたもの。
私の周りに集まる令嬢から出る言葉は、イスクの事ばかりだった。
イスクの婚約者は私だと知っているのに、不躾な質問ばかりされる事に辟易した事は数知れない。
そうして暗に匂わせるのだ。
『本当にあなたが彼にふさわしいのかしら』…と。
デュボアといるとその時に感じた気持ちを思い出す。
そんな時、私は見てしまった。
先週末、デュボアとイスクがカフェにいるところを。
お店を出てきた二人はそのまま近くの洋装店へと入って行った。
私もよく行くお店だ。
どうして二人でいたの?
イスクからもデュボアからも、二人が会った話など聞いていない。
その事を聞きたくて、休み明けの学院で彼女に声をかけた。
そして、授業が終わると我が家に来てもらった。
でも…何て聞けばいいのかしら…
「デュボア…あの…」
「ねぇ、これ見てっ ある方からプレゼントしていただいたのっ」
そう言って取り出したのは一枚のハンカチーフ。
あのお店の商品だ。
まさか…イスクがプレゼントしたの?!
嬉しそうなデュボア。
私が刺したハンカチーフを交換した時、そんな顔は見せなかった。
「ひとつ…聞きたい事があるの。先週末、イスクと二人でいるところを見たのだけど…」
「え! …そ、れは…」
彼女は驚いた様子で、手で口を押さえる。
戸惑う様子を見せながらも気づいてしまった、彼女が一瞬笑ったのを。
「ごめんなさい…あなたには黙っていたのだけど…実はこのハンカチーフ、イスクール様にプレゼントしていただいたの。それに…」
そう言いながら数枚の封筒を私の目の前に並べた。
“デュボア・コンソール嬢”
宛名の文字を見てすぐ分かった。
必ず最後が跳ねて終わる癖字。
イスクの文字だ。
「イスクール様と文通をさせていただいているの。あなたには内密にと言われていたのだけど…察してくれるわよね? コニファー」
「…どういう意味?」
「あなたと私、彼の隣に立つにふさわしい女性はどちらかってことよ。そもそもイスクール様とあなたとの婚約はお互いのご祖父様の軽口から始まったものでしょう? それって、たまたまあなたがそこにいただけの話って事よね? もし私がいたら彼はきっと私に恋をしたわ。それに、今どき政略結婚なんて時代錯誤もいい所。彼のような見目麗しい方には、互いに釣り合いが取れる女性が似合うと思わない?」
「それがあなただというの?」
私は震えながら両手を握り締めた。
イスクがデュボアと文通していたことも
イスクがデュボアに贈り物をしていた事も
イスクがデュボアと会っていた事も
私は何も…何も知らなかった…!
「ええ、そうよ。あなただって気づいているはずよ。あなた程度の女性がイスクール様にふさわしいわけがないってことを」
「……友達だと…思っていたのに…」
「あなたはイスクール様に近づくための橋渡しでしかなかったわ。じゃあ、賢明な判断を願うわ」
そういうとデュボアは席を立ち、去って行った。
パタ…
パタ…パタ…ッ
あとからあとから涙が零れた。
言い返す事が出来なかった事が悔しくて。
だけど、デュボアに言われた事にどこかで納得していた自分が情けなくて。
街で並んで歩いていた二人を見かけた時、お似合いだと思ったのは確かだから…
子供の頃はただ『好き』という気持ちだけで良かった。
けど…成長し、いろいろな人との交流の中で生まれた不安。
それにイスクは優秀だ。
なのに、彼は私のために中等学院を退学した。
あの頃おじい様が亡くなって、私は塞ぎがちになっていた。
そんな私の傍にいるために中等学院を辞め、一緒に家庭教師の下で学び、中等過程を終えたイスク。
高等学院だって、イスクの能力なら有名な進学校へ行ける。
なのに私に合わせて、男子高等学院へ。
これって、イスクの可能性を狭めていない?
私の存在がイスクの足を引っ張っていない?
私は彼にふさわしいのだろうか。
もう…自分に自信が持てなくなっていた……
「…あの…お嬢様…」
侍女が心配そうに声を掛けてきた。
「………人を雇うにはどうすれがいいのかしら?」
私は涙を拭いて、侍女に問いかけた。
「はい?」
侍女を通じ、人材派遣所で一人の男性を雇った。
私の婚約者のふりをして、横で立っているだけでいいと依頼する。
そうして、後日イスクを公園へ呼び出した。
他の男と腕を組んで現れた私に驚いているイスク。
当然の反応よね。
けど…
他に好きな人が出来たと言っても、
婚約破棄すると言っても、
デュボアの事を仄めかしても、
イスクは何も言ってくれなかった…
それがあなたの答えなのね。
◇
イスクに婚約破棄宣言はしたものの、両親には言えずにいた。
だって…婚約破棄なんて大変なこと…私、勝手に言っちゃって…お父様とお母様になんて話せばいいのか…
後になって事の重大さに気づいて、結局婚約の事は宙ぶらりん状態。
自分で自分が嫌になるわ…
あれからイスクは毎日来てくれた。
けれど、私は会わずにいた。
すると今度は、イスクから手紙が何通も届くようになった。
『本当に彼の事が好きなのか?』
『僕に君以外に好きな女性などいない』
『きちんと話をしたいから会って欲しい』
そんな内容だった。
そして、最後には必ず書き添えられていた言葉。
『僕の愛する女性はコニファーただひとりだよ』
「私……何やっていたのかしら…デュボアからの話を真に受けて。…イスクに何も聞いていないのに…」
イスクからの手紙を抱き締める。
涙が流れる度に、あなたと過ごした時間が胸の中を過る。
馬鹿だ、私。
何年イスクと一緒にいたの!?
デュボアと会っていた事も、ハンカチーフを贈った事も、何か理由があるはずよっ
それに本当にデュボアに心を移したのなら、こんな風に手紙を送ってくれるはずがないし、二股するような人じゃないわ!
イスクの話を何も聞かずに、デュボアの言葉を鵜呑みにしてしまった…!
自分に自信がなくて、イスクから離れられる事が怖くて自分から離れた。
でも……イスクは私を愛してくれている。
その事実だけで、十分私の自信になるのではないの?
そう思った瞬間、私は居ても立ってもいられず、彼の元へと向かった。




