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夜叉姫は龍神の花嫁になりましたが、実は最強の水属性魔法使いでした  作者: 水鏡 季夜里
夜叉ヶ池伝説(改)

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9/25

前夜

その夜、家の中は重く沈んでいた。


囲炉裏の火が、かすかに揺れる。

その赤い光だけが、沈黙の輪郭を照らしていた。


やがて、堪えきれぬように、早霧が口を開く。

「……なんで私なのよ」

吐き捨てるような声。

「死ぬくらいなら逃げるわよ、当たり前でしょ」

それは、正直であるがゆえに、鋭かった。


続いて、清乃。

「冗談じゃない。死ぬなんて無理」

「生贄なんて非効率よ。他の方法を探すべき」

「他の家から出せばいいじゃない」

冷静な言葉。

だが、その内にあるのは、やはり拒絶であった。


部屋は、再び沈黙する。

誰ひとりとして、「やる」とは言わない。

安八太夫は、ただ黙っていた。

言えなかった。


村を救うためには、誰かが差し出されねばならぬこと。

そして、その「誰か」が、自らの娘であり得るということを。


父が娘を差し出すなど――

本来あってはならぬ。

だが現実は、すでにそこにあった。

そのとき。


「……わたしが行くよ」

声が、静かに落ちた。

二人が、振り向く。

「は?」

「ちょっと、何言って――」

雨音だった。

その顔には、不思議な落ち着きがあった。


(……まあ、そうなるよな)

心の奥で、もう一つの声が呟く。

この世界の理不尽。

この村の限界。

そして――自分が、普通ではないという事実。

記憶は、途切れていない。


雨とともにあった日々。

意識すれば、空気が湿る。

祈れば、雲が寄る。

感情が揺れれば――雨になる。

(たぶん、これが原因だ)


干ばつは、偶然ではない。

呼ばぬから、来ない。

ただ、それだけのこと。

(なら――)

小さく、息を吐く。

「どうせなら、有効活用しないとな」

それは諦めではなかった。

生贄でもない。

――交渉。

その一語が、静かに形を取る。


安八太夫が、ようやく口を開いた。

「……本当に、いいのか」

その声は、震えていた。

初めて、父としての声であった。


雨音は、頷く。

「うん」

そして、一歩、近づく。

微笑む。


「でもね、お父さん」

「ちゃんと帰ってくるから」

それは、根拠のない言葉であった。

だが、不思議と、嘘には聞こえなかった。


早霧は、視線を逸らした。

何も言えない。


清乃は、唇を噛みしめ、拳を握る。

止める言葉は、出てこない。

否。

出せない。

その選択が、あまりにも“正しすぎた”から。

夜は、更ける。


やがて眠りが訪れる。

だが――

夢の中で、声が響いた。


「よくぞ、決意した」

それは、水の奥底から響くような声であった。

続いて、見えぬ文字が流れる。


《水属性魔法 Lv.∞ を獲得しました》

《龍神の加護を取得しました》

――は?

思考が、止まる。


(ちょっと待て)

(いきなり、何だこれは)

荘厳さも、緊張も、その一瞬で吹き飛ぶ。

(いや、待て待て待て)

(チート来たんだが?)

静寂の中に、ただ一人。

困惑だけが、妙に現実的に残っていた。


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