決めるのは、
夜。
村は、異様な静けさに包まれていた。
誰もが家に籠もり、
誰もが、同じ思考に沈んでいる。
囲炉裏の火だけが、小さく揺れていた。
その淡い光が、三人の顔を不安定に照らす。
早霧も、清乃も、言葉を持たない。
沈黙は重く、空気は沈みきっていた。
やがて、清乃が口を開く。
「……お父さん」
安八太夫が、顔を上げる。
「今日、誰かに会った?」
その瞬間、空気が凍る。
手が、止まる。
ゆっくりと、娘を見る。
「……なぜ、そう思う」
清乃は、ためらわない。
「私も、会ったから」
「……は?」
理解が、追いつかない。
「若い武士の格好」
「雨を降らせるって言った」
「その代わりに――」
そこで、言葉が途切れる。
安八太夫は、静かに目を閉じた。
「……同じだ」
立ち上がる。
「ちょっと待ってよ、それって――」
早霧の声を遮るように、外が騒がしくなる。
村人たちが、集まっていた。
「お前もか!?」
「見たのか、あの男!」
「俺もだ……!」
一人ではない。
二人でもない。
ほぼ全員が、同じ提案を受けていた。
幻ではない。
偶然でもない。
「……選ばせる気だ」
清乃が、低く呟く。
外では、声が荒れていく。
「このままじゃ全滅だ!」
「一人で済むなら……!」
「でも、誰を――」
その言葉で、皆が止まる。
「……決めないといけない」
その一言が、流れを変えた。
「村のためだ」
「仕方ない」
「誰かが犠牲になるしか――」
“仕方ない”が、
いつの間にか“当然”へと変わる。
早霧は、耳を塞ぐ。
「やめて……」
清乃は動かない。
だが、その表情は強張っていた。
(これは……)
(選択じゃない)
(圧力だ)
安八太夫は立ち上がり、外へ出る。
人が、集まっている。
誰もが、誰かを見ている。
自分ではない、誰か。
それを探す視線。
「公平に決めよう」
誰かが言った。
「くじか……?」
「順番か……?」
合理の顔をした、残酷。
清乃が、小さく呟く。
「……違う」
早霧が震える声で問う。
「何が……?」
清乃は答える。
「これは、“選ぶための仕組み”じゃない」
「“納得するための仕組み”」
誰も、反論できない。
ふと、視線が揃う。
三姉妹へと。
家族構成。
年齢。
性格。
言葉にはならない。
だが、確かにそこにある。
“選ばれやすさ”
早霧が、一歩下がる。
(やばい)
清乃が、唇を噛む。
(来る)
そのとき。
静かな声が、落ちた。
「……いいよ」
雨音だった。
いつもと変わらぬ、穏やかな顔。
空気が、止まる。
すべての視線が、
一人に集まる。
(これ……止まらない)
誰かが名乗り出るまで、終わらない。
二人が壊れる未来が、見える。
(怖くないわけじゃない)
(でも……)
(みんなが壊れるのを見る方が、嫌だ)
(このまま、誰かが泣くくらいなら)
(最初から、決まっていたことにしよう)
雨音は、俯かない。
逃げもしない。
ただ、そこに立つ。
その選択は、押しつけられたものではない。
選ばされたのではない。
――自ら、選んだ。




