表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜叉姫は龍神の花嫁になりましたが、実は最強の水属性魔法使いでした  作者: 水鏡 季夜里
夜叉ヶ池伝説(改)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/25

聞いてしまったもの

その村では、雨が止んで三年の歳月が流れていた。

田はひび割れ、川は底を晒し、空はただ、残酷なまでに青かった。


そして――

「今年こそ、“夜叉ヶ池”に捧げねばならぬ」

村の長、安八太夫は、静かにそう言った。

その声音には、決意よりも、すでに諦念の色が濃く滲んでいた。


昼。

空は、どこまでも青い。

雲ひとつない。


畑の土は乾ききり、触れれば砂のごとく崩れ落ちる。

命を孕むはずの大地は、もはや何も拒むことなく、ただ崩れるばかりであった。


安八太夫は、ひとり、そこにしゃがみ込む。

手に取った土が、指の隙間から、さらさらと零れ落ちていく。


「……終わりか」

それは、誰に向けた言葉でもなかった。

ただ、地に吸い込まれるように、消えた。


そのときである。

足元で、何かが動いた。


白蛇であった。

細く、白い体。

陽光を受けて、かすかに光を帯びている。

逃げるでもなく、ただ、そこに在る。

ありふれた生き物であるはずなのに、なぜか目が離せない。

視線が、絡め取られる。


安八太夫は、かすかに笑った。

「……お前も、水を探しているのか」

白蛇は動かない。


「ないよな……」

空を仰ぐ。

どこまでも続く青。

それはもはや、救いではなかった。


「どうすりゃいいんだろうな」

「このままじゃ、村はもたん」

その言葉は、乾いた空気の中に溶けるはずであった。

しかし。

白蛇が、ゆっくりと一歩、近づいた。

音もなく。

安八太夫は気づかぬまま、言葉を続ける。


「誰か一人で済むなら……」

言ってしまう。


その瞬間、時がわずかに歪んだ。

自らの言葉に、自らが気づく。

風が、止まる。


「……違う」

首を振る。

だが、言葉はすでに外へ出ていた。


白蛇は、すぐそばにいた。

じっと、見ている。

黒い目。

底知れぬ深さ。

まるで――

聞かれている。


安八太夫は、わずかに目を逸らした。

「そんなこと、できるわけない」

その声は、かすかに震えていた。


白蛇が、舌を一度、出す。

空気を味わうように。

――理解した。

そうとしか思えぬ気配があった。


安八太夫の背筋を、冷たいものが走る。

もう、遅い。


白蛇は、ゆっくりと向きを変える。

山の方へ。

進みかけて――止まる。

ほんの一瞬。

振り返る。

その目は、まるで――

報告する者のそれであった。

やがて草むらへと消える。

空気が、変わった。


(今のは……)

(言ってはいけないものだ)

口に出した瞬間、

それは単なる言葉ではなくなる。

――願いになる。


空は、依然として晴れている。

何ひとつ変わらぬように見える。

だが。

見えぬどこかで、確かに何かが動き出していた。


運ばれるのは、命令ではない。

ただ、気配と――選択肢。


龍神は、なお水底に在る。

再び、静止へと沈みながら。

完全なる無関心ではない。


あの男の言葉。

その中に含まれていた、揺らぎ。

さらに――

その家に宿る、三つの気配。

とりわけ、ひとつ。

まだ名も定まらぬ、小さき存在。

水との距離が、あまりにも近い。

「……面白い」


声ともつかぬ何かが、水の奥底で揺らぐ。

水面は、やがて再び静まり返る。

何も変わっていないように見える。


だが――

すでに流れは変わっていた。

誰ひとり気づかぬままに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ