雨の日の三人
雨が、降っていた。
しとしとと、音もなく染み入るような雨であった。
まだ、何も壊れていない頃のことである。
縁側に、三人の幼子が並んで座していた。
足をぶらぶらと揺らしながら、ただ外を眺めている。
その姿は、いかにも無垢で、世界の重みなど知らぬ者の静けさを帯びていた。
早霧が、頬をわずかに膨らませて言う。
「また雨か……」
その声音には、幼い不満が滲んでいた。
清乃は、姿勢を崩さぬまま、淡々と答える。
「この時期は、降水量が多いから」
「そういうの、いいって」
早霧は軽くその肩を叩いた。
そのやりとりを見て、雨音は、くすりと笑った。
それだけで、場の空気がわずかにほどける。
理由の要らぬ和らぎであった。
そのとき、
ぽつ、と。
一滴、やや強く雨が落ちる。
次いで、もう一つ。
雨脚は、ほんのわずかに、しかし確かに強まった。
清乃が、ふと空を見上げる。
「……今、急に強くなった?」
「気のせいでしょ」
早霧は、さして気にも留めない。
雨音は、何も言わなかった。
ただ、じっと雨を見つめていた。
「外、行こうよ!」
早霧が勢いよく立ち上がる。
清乃は、わずかに眉を寄せる。
「風邪をひくよ」
「ちょっとだけ!」
その手が、強引に引く。
雨音は、一瞬だけ逡巡し、やがて小さく頷いた。
庭へ出る。
土の匂いが、湿りを帯びて立ち上る。
足元に、冷たい感触が広がる。
早霧は、すぐさまはしゃぎ始めた。
くるくると回りながら、声を上げる。
「気持ちいい!」
清乃は、少し離れたところでそれを見ている。
止めることはしない。ただ、観察している。
雨音が、そっと手を伸ばす。
掌に、雨粒が落ちる。
その一粒一粒を、食い入るように見つめる。
その周囲だけ、
ほんのわずかに――
雨が、寄る。
清乃の視線が、鋭くなる。
「……今の」
だが早霧は、気づかない。
無邪気に走り回っている。
雨音は、はっとして手を引いた。
途端に、雨は元の調子へと戻る。
清乃は、何も言わなかった。
ただ、静かに見ている。
雨音は、どこか不安げに笑う。
清乃は、その笑みに応じることなく、言葉を胸の内へ沈めた。
(今は、いい)
まだ、それは問題と呼ぶには早すぎた。
夕刻。
三人は濡れたまま、家へ戻る。
玄関には、安八太夫が立っていた。
腕を組み、厳しい顔で。
「こら、何をしている!」
早霧は、からりと笑って駆け抜ける。
「ごめんなさーい!」
清乃は、小声で言う。
「予測はしていました」
雨音は、黙って頭を下げた。
父は、深く息を吐く。
叱責の形を取りながら、その顔には、かすかな安堵が浮かんでいた。
その夜。
三人は一つの布団に並んで入る。川の字である。
「今日さ、雨ちょっと強くなったよね」
早霧が言う。
清乃は、わずかに間を置いて答える。
「……気のせい」
雨音は、何も言わない。
「まあ、いっか!」
早霧は、ほどなく寝息を立て始めた。
しばらくして。
小さな声が、闇の中に落ちる。
「……ねえ」
「なに」
「雨って……好き?」
清乃は、少し考えた。
「嫌いじゃない」
「ちゃんと降れば、困らないから」
その答えは、いかにも彼女らしかった。
雨音は、ほんの少しだけ笑った。
「……晴れのほうがいい……」
早霧の寝言に、二人は思わず顔を見合わせ、かすかに笑う。
外では、雨が降り続いている。
それは、まだ優しい雨であった。
まだ――
誰ひとり、傷つけることのない雨であった。
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