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夜叉姫は龍神の花嫁になりましたが、実は最強の水属性魔法使いでした  作者: 水鏡 季夜里
夜叉ヶ池伝説(改)

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2/25

当たり前だった日々

安八太夫には三人の娘があった。


長女、早霧。

気性は烈しく、その容貌は村の評判に上った。

彼女は、朝まだき、白き靄の地を這う刻に生を享けたという。

ゆえにか、彼女の魂は常に現実の手触りを嫌い、ひとたび不条理に触れれば、まず拒絶する。

凡庸なる人間の、最も誠実な逃避である。


次女、清乃。

聡明にして冷静、物事を損得の秤にかけては寸分違わぬ判断を下す。

彼女の拒絶は、感情にあらず、理に依る。

ゆえに、その否は、いっそう動かし難い。


そして末娘、雨音。

――これが、転生した私である。


雨音の生まれし日、空は晴朗であった。

しかるに、産声とともに、雲は忽ちにして裂け、激しき雨が地を打ったという。

静かに降り始めた雨は、やがて屋根を叩き、村中に響き渡った。

その折、母は言った。

「この子は、雨の音と一緒に来たのね」

かくして、名は「雨音」と定まった。

――どうやら、私の負うた呪いは、この身に継がれているらしい。


朝。

空気はいまだ冷たく、肺の奥に刺さるようである。

台所には、包丁の音が規則正しく響く。

トントン、と。

その音は、生活の律動そのものであった。

父、安八太夫は、慣れた手つきで野菜を刻む。

その所作には、いささかの無駄もない。


背後より、眠気を帯びた声が落ちる。

「おはよー……」

振り返ることなく、父は言う。

「顔を洗ってこい」


「はーい……」

早霧は、覚束ぬ足取りで去っていく。髪は乱れ、瞼は半ば閉じていた。


やがて、きちんとした足音。

清乃は既に身支度を整えている。

「おはようございます」


「ああ」

短い応答。だが、それで足りる。

「今日は、水の配分を少し減らす」


清乃は即座に理解する。

「上流の流れが弱いのですか」

「昨日よりな」


言葉は少ない。されど、意思は通じている。


最後に、小さな足音。

雨音――すなわち私が、静かに入ってくる。

「……おはよう」

そのとき、父の表情は、ほんのわずかに和らいだ。

「ああ」


四人は席に着く。

いつもと変わらぬ配置。


湯気の立つ朝餉は、質素ながら温かい。

それは、貧しさの中にある、ささやかな充足であった。

「今日、畑手伝う?」

早霧が問う。


「無理はするな」


「ちょっとだけ!」

彼女は笑う。その笑みには、どこか無邪気な強さがある。


「作業効率は上がります」

清乃が淡々と補足する。


父は小さく溜息をつく。

だが、拒まぬ。


「私も行く」

雨音――私が、静かに言う。

一瞬、時が止まる。


父の視線が、私に向く。何かを言いかけて――やめる。

やがて、ただ一言。

「……足元に気をつけろ」


畑。

土は乾いている。

このときは、まだ“わずかに”であった。


早霧は先に動く。

「こうやるんでしょ?」


「違う、そこは――」

父はその手を取り、教える。厳しくも、どこか優しい。


清乃は傍らで観察する。

「水の量、減らしてますね」


「ああ」


私は土に触れる。

目を閉じる。

ほんの一瞬。

――湿る。


だが、それに気づく者はいない。

やがて休息。

木陰に座ると、風が心地よい。


「ねえ、今度町行きたい!」

早霧が言う。


「余裕があればな」


「計画を立てれば可能です」

清乃が即答する。


「堅い!」

早霧は笑う。

私は、その様子を見て、微かに笑った。


三人の娘。

その姿を見つめながら、父は目を細める。

(守らねばならぬ)

その思いは、言葉にはならない。


夕刻。

家路につく頃、日は傾き、影は長く伸びる。


台所では、今度は早霧が手伝っている。

「これでいい?」


「ああ、上出来だ」


「でしょ!」

彼女は得意げに胸を張る。


「再現性がありますね」

清乃が冷ややかに言う。


「だから言い方!」

早霧が抗議し、笑いが起こる。

三人の声が重なる。

それは、どこか儚い調和であった。

私は静かに皿を並べる。

その手つきは、誰よりも自然であった。


夜。

食事を囲み、今日の出来事を語る。

些細なことばかりである。だが――それでよい。

食後、外へ出る。

風がわずかに吹いている。

空には星。

珍しく、晴れている。


「たまには晴れもいいね」

早霧が言う。


「バランスが大事です」

清乃が応じる。


私は空を見上げる。

その胸に、かすかな寂しさを抱きながら。

父は、それに気づいている。

だが、何も言わない。


この日もまた、特別なことは何もない。

けれど――

確かに、そこに在った。

守るべきものが、静かに息づいていた。

全面的に修正しました。

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