触れられない温度
読者サービス回です。
雨上がり。
空気が、少しだけ湿っている。
村の外れ。
人の気配はない。
夜叉姫が、一人、立っている。
髪が、まだ濡れている。
水滴が、首筋を伝う。
背後から、足音。
「……やっぱり、ここにいた」
早霧は、
少し息を切らしている。
言葉が続かない。
距離だけが、ある。
一歩、早霧が、近づく。
「……触っていい?」
冗談みたいな言い方。
でも、声は本気。
夜叉姫は、
少しだけ、目を細める。
「……どうかな」
曖昧な返事。
早霧が、ゆっくり手を伸ばす。
指先が、近づく。
あと少しで――
触れた、はずなのに。
水の膜のようなものが、
間にある。
早霧
「……なに、これ」
夜叉姫
小さく笑う。
「わかんない」
でも、嘘じゃない。
触れられない。
完全には。
早霧が少しだけ、顔をしかめる。
「やだな、それ」
一歩
さらに近づく。
距離が、ほとんどゼロになる。
夜叉姫
動かない。
逃げない。
視線
目が合う。
近すぎる距離。
呼吸が
わずかに、感じる。
でも――
完全には、重ならない。
早霧が小さく呟く。
「……あったかいのに」
夜叉姫
「うん」
「でも、届かない」
その言葉が、
すべてを表している。
早霧がふっと笑う。
少しだけ、寂しそうに。
「なにそれ……ずるいじゃん」
夜叉姫は、何も言わない。
ただ
ほんの少しだけ、
距離を縮める。
奇跡的にほんの一瞬だけ、
水の膜が薄くなる。
接触
指先が、
触れる。
温度は、
確かに、ある。
早霧は、
息を止める。
でも
次の瞬間、
また離れる。
元通り
触れられない距離。
夜叉姫
「……これが限界」
早霧
少し黙って、
そして――
「じゃあさ」
「その一瞬、増やせばいいじゃん」
夜叉姫
驚いたように、目を開く。
早霧
笑う。
「諦める理由、ないでしょ」
風が、吹く。
湿った空気が、流れる。
触れられないはずの距離に、
ほんの少しだけ、
希望が残る。




