残された者たち
雨の音が、やまない。
それは救いのはずだった。
それなのに――
どうして、こんなにも苦しいのか。
早霧は、手の震えを止められなかった。
濡れているのが雨のせいなのか、
それとも自分のせいなのか、
もう、わからない。
視界の先に、立っている。
あの子が。
「……あれが、本当に……」
喉が詰まる。
名前を呼ぼうとして、止まる。
呼んでいいのか、わからない。
記憶が、戻る。
――なんで私なのよ。
――死ぬなんて無理。
――他の家から出せばいいじゃない。
自分の声。
はっきりと、残っている。
「……私のせいだ」
膝が崩れる。
泥に手をつく。
雨が、容赦なく顔を打つ。
だが、それよりも――
「……私が、行けばよかった」
ようやく出た、本音。
遅すぎる、本音。
清乃は、少し離れて立っていた。
動けない。
計算が、合わない。
(生贄は非効率)
(他に方法がある)
(犠牲は最小限に)
そう考えていた。
それが、正しいはずだった。
だが――
「……間違えた」
小さく、呟く。
「全部……間違えた」
合理は、結果を保証しない。
むしろ、最も守るべきものを、
切り捨てる。
視線の先。
夜叉姫。
あれはもう、妹ではない。
守る対象でもない。
触れてはならないもの。
一歩、踏み出しかけて――
止まる。
(怖い)
その感情に、自分で息を呑む。
「……最低ね、私」
守るべき相手を、恐れた。
それが、何よりも許せなかった。
雨の中。
早霧と清乃は、並んで立つ。
言葉はない。
ただ、前を見ている。
だが――進めない。
遠くで、声がする。
「……雨音」
父の声。
その一言で、胸が締めつけられる。
周りは言う。
「夜叉姫様」と。
だが、自分たちは――違う。
違ってしまった。
早霧が、震える声で言う。
「……戻ってきてよ」
届かないと知りながら、
それでも言う。
夜叉姫は、答えない。
ただ、見ている。
その距離が、すべてだった。
やがて、清乃が口を開く。
「……償う」
誰に向けた言葉か、わからない。
「何をしても、足りないけど」
それでも。
「それでも――やる」
雨は、やさしく降り続く。
かつては奪うだけだった水が、
今は、すべてを包み込む。
それでも――
消えないものがある。
(あの子は、もう――)
(届かない場所にいる)
雨音だけが、
静かに、すべてを知っていた。




