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夜叉姫は龍神の花嫁になりましたが、実は最強の水属性魔法使いでした  作者: 水鏡 季夜里
夜叉ヶ池伝説(改)

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15/25

契約、そして夜叉姫へ

村に伝わる龍神とは、こういうものだった。

夜叉ヶ池に棲み、雨を司る存在。

そして、生贄を求める――恐るべき神。


だが、それは“人の側から見た像”に過ぎない。

龍神は、もとは人間だった。

かつて、この地に同じような干ばつがあった。

そのとき、一人の少女が池へと捧げられた。

だが――

彼女は、死ななかった。


「我は龍神にあらず」

その言葉とともに、彼女は水に溶けた。

肉体ではなく、意識のまま。

境界を失い、水そのものへと同化した。


池から地下へ。

地下から川へ。

川から海へ。

そして空へ。

やがて雲となり、雨となり、再び大地へ還る。


――循環。

その全ての中に、彼女は拡散した。

人はそれを、龍神と呼んだ。

だが本質は違う。

それは神ではない。

「水の記憶の残滓」

ただ、それだけのもの。


水は流れる。

留まらない。

形を持たない。

ゆえに――

“個”は、保てない。


広がれば広がるほど、意識は薄れ、やがて消える。

だから龍神は、定期的に“核”を必要とした。

人間の意識。

固定された、自我。

それを取り込み、己を繋ぎ止めるために。

――生贄とは、そのための仕組みに過ぎない。


「待っていた」

龍神の声は、静かに響いた。

神代天音。

雨を呼ぶ者。

水に適合する魂。

すでに半ば、こちら側にある存在。

その転生体――雨音。

この個体は、異なる。

取り込まれる側ではない。

むしろ――

「補完する側」


水面は、完全に静まり返っていた。

波紋ひとつない。

時間すら止まったかのような、絶対の静寂。

その中央に、龍神は立っている。


人の形を取りながら、

その輪郭は、なお揺らいでいる。

「……生贄にはならぬ、と言ったな」


雨音は、迷わず頷いた。

「なるつもりはない」

一歩、踏み出す。

水面に足を置く。

沈まない。

そこは、境界。

人と神の、あわい。


「雨は、俺が降らせる」

「お前は――力を貸せ」

沈黙。

わずかな間。


そして、雨音は続けた。

「お前、消えかけてるだろ」

その一言で、空気が凍りついた。

龍神の瞳が、わずかに揺らぐ。

「……なぜ、それを知る」

「わかる」

短い答え。

「水、まとまってない」

「バラけてる」

「だから、人を取り込んでる」


沈黙。

深い、完全な沈黙。

やがて――

「……面白い」

龍神が、初めて笑った。

「よかろう」


その瞬間。

世界が、沈んだ。

水面が割れる。

上ではなく、下へ。

重力が反転する。

雨音の身体が、水へと引き込まれる。

だが――溺れない。


水は、拒まない。

むしろ迎え入れる。

光が消える。

音が消える。

ただ、意識だけが残る。

流れている。

無数の水。


雨。

川。

海。

霧。

涙。


すべてが、ひとつの循環として繋がっている。

干ばつ。

祈り。

絶望。

沈む少女。

そして――


「受け入れよ」

声が、全方位から響く。

境界が崩れる。

身体がほどける。

“自分”が、水になる。

(……違う)

その中で、雨音は抗った。

(飲まれるな)

流れの中に、“核”を見つける。

龍神の中心。

意識の核。

それを――

掴む。


「……なにを……!」

今度は逆だった。

雨音が、流れ込む。

二つの意識が衝突する。

砕けない。

消えない。

――重なる。

光が、爆ぜた。

水が空へ昇る。

池が逆流する。

雲が瞬時に集結する。

雷光が走る。


「もはや人の名では足りぬ」

声が、世界に響く。

「汝は水を統べ、天を動かす者」

「――夜叉姫」


視界に、見えぬ文字が浮かぶ。

《個体名:雨音》

《再定義》

《龍神契約:成立》

《存在更新》

《名称変更》

雨音 → 夜叉姫


水面が、弾ける。

次の瞬間。

彼女は立っていた。


長い髪は水のように揺れ、

瞳は深い蒼を宿す。

足元には、水が従う。


ぽつり、と。

一滴。

そして――

豪雨。

天が割れたかのような雨が、世界を叩く。


隣に、龍神が立つ。

その輪郭は、もう揺らいでいない。

「……成立だ」


夜叉姫は、空を見上げた。

「――これで、終わりじゃない」

ゆっくりと、手をかざす。

晴天。

雲ひとつない空。

だが――

空気が、変わる。


湿り気が満ちる。

見えない水が、世界中から引き寄せられる。

「……集え」

その一言で、空が歪んだ。

雲が引き裂かれるように動き、

風が逆巻く。

大地の水が蒸気となり、

空へ昇る。


瞳が、蒼く光る。

《大雨召喚》


轟音。

一瞬で、空が黒く覆われる。

そして。

落ちる。

叩きつけるような雨。

それは、ただの雨ではない。

意思だ。

従属だ。

制御された、自然。

雷は走るが落ちない。

風は吹くが荒れない。

すべてが、支配下にある。


夜叉姫は、小さく呟いた。

「……これが、“雨”だ」

雨は止まらない。

止めない。

数年ぶりの雨が、大地を打つ。

遠くで、歓声が上がる。


だがその雨は――

村を救いながら、

同時に、新たな神話の始まりを告げていた。


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