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夜叉姫は龍神の花嫁になりましたが、実は最強の水属性魔法使いでした  作者: 水鏡 季夜里
夜叉ヶ池伝説(改)

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14/25

龍神、登場

「村を救うために来ました。でも――死ぬ気はありません」


声音は静かであったが、その内に秘めるものは、決して柔らかではない。

自らに課した覚悟と、揺るがぬ確信が、そこにはあった。

(我ながら、強く出たものだ)

心中で、わずかに苦笑する。

だが退く気はない。


見えている。

己が内に宿るものが。

水の理。

流れの核。

常の人の器に収まるはずのない、それ。

(……向こうも、気づいているはずだ)

だからこそ、言う。


「話をしに来た」

水面に落ちた一滴は、

ただの雨粒に過ぎぬはずであった。

しかし――

波紋は消えない。

広がらず、

逃げず、

ただひたすらに、

池の中心へと吸い寄せられてゆく。


静寂。

音が、断たれる。

完全なる無音。

そして――

沈んだ。


その瞬間。

池の底が、動いた。

否。

底など、初めより存在していなかった。

深淵そのものが、

こちらへと向き直ったのである。


ごぽり、と。

低く、湿った音。

水面が、膨らむ。

内より押し上げられるかのごとく、

ゆるやかに、しかし抗い難く、隆起する。

本来ならば、波は外へ逃げる。

だが違う。

水は逃げぬ。

中心へ、集まる。

圧され、

凝り、

やがてそれは、ひとつの形を成した。


柱。

水の柱。

透明であるはずのそれは、

奥を見通すことを許さぬ。

その内部で、何かが蠢く。


長く。

うねり。

絡み合い。


やがて輪郭が、浮かび上がる。

龍。

しかし、完全ではない。


頭が現れ、

胴が続き、

尾が遅れて形を結ぶ。

まるで、忘れていた姿を、

思い出すかのように。

最後に、目が開いた。

深き青。

底なき色。

その視線が、

まっすぐに雨音を射抜く。


空気が、沈む。

呼吸が浅くなる。

重力が増したかのように、

足が地へ沈み込む。

それでも――

退きたいとは、思わぬ。


(……美しい)

その感覚が、先に立った。

声ではない。

されど、確かに響く。

水が震え、

空気がそれを運ぶ。

「……人の子よ」


低く、遠い声。

「なぜ、我を起こす」

龍の形が、ほどける。

水へと還り、

再び、別の姿を取る。

今度は――人。


長き髪は、水のごとく揺れ、

衣は流れに従うようにまとわりつく。

足は地に触れぬ。

その姿は、あまりに整い、

あまりに異質であった。

顔は定まらない。

見るたびに、変わる。


少女にも見え、

女にも見え、

老いた影すら重なる。

時に縛られぬ存在。

それが、雨音を見下ろす。


「……久しい」

「この“形”を取るのは」

一歩、近づく。

足音はない。

水が、それを運ぶ。


「お前は、違うな」

「他の者とは」

雨音は、一歩も退かぬ。


水面の上。

境の上。

人と神との、狭間に立つ。

龍神は、わずかに目を細めた。

「名を言え」


一瞬の逡巡。

だが、すぐに。

「……雨音」


空気が震える。

水面が、かすかに応じる。

「……やはりか」


応答は、あまりにも自然であった。

(思ったより、話が通じるな)

内心で、わずかに構えを緩める。

もっと無言のまま呑み込まれるものと、

そう思っていた。

だが違う。

ならば――

言うべきことは、一つ。

雨音は、まっすぐに告げた。


「生贄にはならない」

世界が、止まる。

一瞬。

確かに、止まった。

だが、視線は逸らさぬ。

続ける。

「その代わり――」

手を、かざす。

空気が、応じる。

湿りが集まり、

形を帯びる。

ぽつり。

水面に、一滴。

波紋が、広がる。

「雨を、降らせる」

短く。

断言。

沈黙。

やがて――


「……なるほど」

低く、深い声。

「ようやく、来たか」


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