届かない位置
同じ朝。
わずかに離れた場所。
木々の陰に、ひとり。
清乃が、立っている。
見えている。
山道。
その先に――二つの影。
早霧と、雨音。
声を張れば届く。
駆ければ追いつく。
それほどの距離。
なのに。
動かない。
否――動けない。
(止めても、意味がない)
冷静な判断。
それは、正しい。
村は、限界にある。
他に術はない。
誰かが、要る。
結論は、すでに出ている。
(では、止める意味は?)
問いは、空しく巡る。
答えは、とうにある。
それでも、目が離せない。
早霧が叫ぶ。
雨音が応じる。
声までは届かない。
だが――わかる。
(ああ……)
(あの子、全部わかってる)
胸が、軋む。
痛みが、遅れてくる。
(ずるい)
そう、思ってしまう。
(どうして、あんたが“正しい側”にいるの)
自分こそ、正しいはずだった。
理で考えれば、誤りはない。
だが――
(違う……)
小さく、首を振る。
「正しさ」と「正解」は、同じではない。
それを、理解してしまう。
一歩。
足が、前に出る。
止めるなら、今。
まだ、間に合う。
もし止めたなら――
雨音は、残る。
だが、村は救われないかもしれない。
代わりに、別の誰かが選ばれる。
そして、その“誰か”は――
視線が、早霧へ向く。
(ああ……)
足が、止まる。
(私は……)
(選んだ)
止めないことを。
その意味を、知りながら。
罪の重さを、理解したまま。
そのとき。
雨音が、ふと振り返る。
ほんの一瞬。
こちらを見る。
目が、合う。
距離など、関係なかった。
確かに――通じた。
どくり、と心臓が鳴る。
言葉はない。
だが、すべてが伝わる。
雨音の目は、責めていない。
怒りもない。
ただ――理解している。
それが、何よりも重い。
清乃の唇が、かすかに動く。
「……ごめん」
届かぬ距離での、告白。
だが、それでよかった。
届かなくていい。
雨音は、再び前を向く。
そして、歩き出す。
清乃は、動かない。
動かぬまま、見送る。
(これが――)
(私の選択)
風が、ひとすじ吹く。
木々が揺れる。
だが、清乃は動かない。
その場に、立ち尽くしたまま。




