ある教授の元に、差出人不明の恋文が届いた理由。(3/5)
翌日。
オディロンは信頼できる知り合いに声をかけた。
カロルの婚約者であるフィーリクス、生徒会に借りがあるヴィクトルとアリス、それから事件に協力的な――つまり刺激を求める学園付きメイドのうち、手の空いている者達である。
学園都市内に散らばって、赤土を探すのだ。
街中に、色とりどりの花が満載の屋台がある。
そこでは糸目の男が、せっせと花束を作って働いていた。
屋台の前では、少し緊張した面持ちの男子生徒が「女の子に贈る花束なんだ、綺麗に頼む」なんて注文をつけている。
一人、屋台に近づく女子生徒がいた。ミネットだ。
男子生徒に花束を渡してすぐに、糸目の男はミネットに気づいて会釈した。
「これはこれは、姫さん――いや、生徒会書記殿じゃあないか」
「今日は花屋ですか、コルボ」
コルボと呼ばれた男はにやりと笑う。
「明日は肉屋さ。……それで、花は入り用かい? 姫さんの好きな青い花もあるよ」
「不要です。……学園都市内で、赤土を使っているところに心当たりは?」
「赤土かぁ。山ほどあるぜ、そんなところ」
「女子生徒が通るところでは、どうです。靴に赤土がつくようなところでございます」
コルボは顎を撫でて、少し考えた。
「赤土と言えば陶器の工房だが、女子生徒が出入りするとは考えにくいねぇ。あとは……、植物を育てるのにも使えるとかなんとか聞いたことがあるなぁ。水をたっぷりやると、いい花が咲くんだって、こないだ庭師の手伝いをやったときに聞いたよ」
二人は屋台を埋め尽くす、色とりどりの花を見た。
「……なるほど。では、庭園が併設された貴族学生向けの女子寮を教えてください。全部です」
「西区に二つ、南区に一つ。大きいから行けばわかるよ」
「ありがとうございます。……それと、王から連絡は?」
「ないよ。次は花を買ってくれると嬉しいねぇ」
「次会うときは、花屋ではないくせに」
ミネットは屋台から離れて、足早に道を歩いて行った。
……ややあって、花屋の屋台の前に、一人の男子生徒が立った。老齢の侍従と、老齢の教授と、護衛の衛士を連れている。
コルボは少しだけ目を見張って驚いた。
「やあ、花屋さん。調子はどうかな」
「……これはこれは、学園都市を統括する偉大なる生徒会長様にして、光り輝く高貴なるお方、オディロン・シエール王子殿下ではございやせんか。このような場末の花屋に、如何なる御用でございましょうや」
「花束を。今ここで喋っていた女の子が好きそうな花で頼む」
笑顔でそう言う。コルボは口をへの字にした。
「書記殿は平民でございやすよねぇ」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「下々の者に花を贈って弄ぶのは、高貴なるお方のたしなみというやつですかい」
じいが「無礼な……!」と前に出ようとして、しかし、笑顔のオディロンに片手で制された。
「もしかして、ミネットの友達なのかな?」
コルボは手早く花束を作りつつ、笑顔で応じる。
「この街に住む平民で、書記殿のことを知らない者はいませんや。出世頭ですからねぇ。……はい、どうぞ。書記殿が好きそうな花で作った花束でございます。ああ、お代は結構。生徒会様にはお世話になっておりますので」
「そういうわけにはいかない。じい、払っておいてくれ」
オディロンは、全体的に赤い花でまとめられた花束を受け取って、にっこりと微笑んだ。
「ミネットは青い花のほうが好きだと思うけどなぁ。それは知らなかった?」
「はっはっは。ええ、存じませんでした。俺ァ、愚かで物知らずの平民なもんですから」
●
オディロン達は屋台から離れて、また赤土を探して街を歩き始めた。
……共にいたジルベールは少し躊躇してから、オディロンに問いかける。
「殿下は、ミネット君のことを想っておられるのですかな」
「まさか。私は王子ですよ、ジルベール先生。まあ……面白い平民だとは思いますが」
気になってはいるし、ちょっかいもかけるが、愛を認めるにはほど遠い……といったところだろうか。
ジルベールは微笑む。己を自覚し、感情に名前をつけることは、難しいものだ。特に、若い男にとっては。
「……殿下、私の昔話をお聞きくださいますかな」
「是非頼む」
「では。……その昔、私は嫡子ではないことをいいことに、貴族学園を卒業した後もギモーヴの領地に戻らず、学問に傾倒しておりました。なんとか教職の見習いに就き、安いアパルトメントを借りて、人類の歴史や、哲学や……思想を研究しておりました」
「なんと。独り立ちを試みたのですか。……その思想とやらは、つまり、自由主義だったのですね? それが、いまでは学園随一の伝統派貴族になっている。どういう変遷を?」
「その話は、また後日に。……ともあれ、そんな若き私に、ある貴族の女子生徒が愛を告げてくれました。穏やかで、詩を好むひとでした。……正直に申しまして、私達は惹かれ合っておりました」
ジルベールは「しかし」と言葉を繋いだ。
「当時の私は、貴族の責務から離れ、市井の一人として生きようともがく最中でした。私と一緒になるならば、彼女にもそれを強いることになる――」
貴族にとって、結婚は『血を残せるかどうか』『それによって家同士の結束を強められるかどうか』が重要なのだ。
そこから逸脱しようとしている当時の尖ったジルベール・ド・ラ・ギモーヴが、若い貴族の結婚相手として、相手の家に認められる可能性は、万に一つもなかっただろう。
「――彼女はそれでもよいと。家から離れて市井に骨を埋める覚悟だと言ってくれました。なのに、私は……返事を濁したのです。そう焦らなくてもいい、と。まだ時間はあるから、なんて言って。……とどのつまり、覚悟がなかったのですよ、私には」
ジルベールは嘆息した。
「愛を告げられてから、ほんの数日後のことです。彼女は突然、学園を去りました。結婚が決まって、退学したのです。どこかの貴族にもらわれて、二度と会うことはありませんでした」
「……その結婚が決まっていたから、あなたに愛を告げたのかもしれませんね。その女子生徒は」
「かもしれません。……殿下、私は今でも思うのです。あのとき、覚悟を決めて彼女を連れて逃げれば、どうなっていただろうか、と。それが無理でも、せめて、きちんと断っておくべきだったのではないか、と。『私にはあなたの人生を背負うことができない、私にそこまでの覚悟はない』と、情けない己を晒せばよかったと、そう思うのです」
ジルベールは歩きながら、視線を少し下に向けて、話を締めくくった。
「こんな老骨の、くだらない後悔の話でございました。昔と今では時勢が違いますが……殿下は、悔いのなきようになさいませ」
「……忠告、痛み入る」
オディロンは抱えた花束に視線を落とした。真っ赤な花束に。
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