ある教授の元に、差出人不明の恋文が届いた理由。(2/5)
四人は本校舎を出て、研究棟に向かった。
幸い、雨は完全に止んで、雲の隙間からまぶしい日の光が差している。
オディロンが歩きながら、顎に手を当てた。
「差出人不明。つまり、返事を求めているわけではない。しかし、連日、熱い恋文が届く、か……。面白がっていたけれど、よくよく考えてみれば、かなり妙な事件だな」
「やはり面白がっていたのではありませんか、殿下……」
「授業中など、先生の不在を見計らって扉の隙間から手紙を投函している、というのも不思議な点でございます」
ジルベール先生のぼやきはさておいて、ミネットも不審な点を挙げた。
「誰からの手紙か、徹底的に隠したいのでございましょう。……ならば、投函した人物は、本人か、本人に近しい方であると愚考いたします。関わる人間の数を減らそうとするでしょうから」
「でも、ミネット? そんな人間が、現場になにか証拠を残していくかしら」
カロルが疑問を口にする。
「わたくしなら、落とし物をしないよう、入念にチェックして帰るけれど」
「カロルさん、昨日は雨でございました。幸運にも」
ジルベール先生の研究室は、研究棟一階の一番端にあった。
床には足跡が入り乱れて残っている。
「学生の出入りが少ない研究棟は、学園付きメイドの皆様も常駐してはおられないのでございます。が、そのおかげで足跡が残っております。さて……」
ミネットは研究室の扉の前で屈んで、足跡の観察を始めた。
オディロンも楽しそうにミネットの横で屈み込む。カロルはちらりと横目でジルベールを見た。
「……ジルベール先生。先ほどの話の続きですけれど、教員と生徒の恋愛なんて珍しくもないですし、婚姻に至った例だっていくつもありますわ。貴族同士の婚姻ならば、年の差なんて、女性が若いぶんには大した問題にはなりません。そうでしょう? なにか、厄介な思い出がお有りですの?」
貴族にとって、結婚は『血を残せるかどうか』、『それによって家同士の結束を強められるかどうか』が重要であり、すなわち出産適齢期での結婚と出産は、いっそ義務ですらある。もちろん、そこに愛があればなお良いが、ジルベールほど忌避感を示す人は珍しい。
ジルベールは小さく嘆息した。
「……何十年も前、まだ私が教鞭を執り始めたばかりのころです。一人の女子生徒が、私に愛を告げ……まあ、よい結果にならなかったのです」
カロルはもっと詳しく話を掘り下げたい欲求に駆られたが、ジルベールの哀愁に満ちた表情を見て、自重した。それくらいの分別はある。
ややあって、屈んでいたミネットが「ジルベール先生」と言って、立ち上がった。
「本日、小生たち以外の客人はいらっしゃいませんでしたね? つまり、廊下の端にあるこの研究室の前に来た人間は、この部屋に用事のある人だけだったはずでございます」
「なにかわかりましたの、ミネット」
「靴跡が二種類ございます。一つ目は仕立ての良い男性用の革靴。ジルベール先生のものでございますね。ですので、二つ目のこちらが“恋文の生徒”のものだと愚考いたしますが――」
ミネットは振り返った。真新しい泥の靴跡がいくつかある。自分達のものだ。
中には同じ靴跡で、しかしサイズの違うものがある。
「――ご覧くださいませ、小生達の足跡を」
「……ミネットは足が小さいんだね」
と、オディロンが床を見て楽しそうに言った。
カロルとミネットは真顔で一歩ずつオディロンから離れた。オディロンは気づいていないが。
「……恋文の生徒の靴跡は、カロル君、ミネット君と同じものですな」
「なるほど。学園指定の靴か」
オディロンは肩をすくめた。
「ひとつ前進だね、ミネット。先生に恋文を送ったのが男子生徒ではないとわかった。……で、次はどうするんだい?」
ミネットは“恋文の女生徒の足跡”を指差した。
「泥に赤土が含まれております。次は、学園都市内のどこに赤土があるのか、調べるといたしましょう」
「それはまた、ずいぶんと手間がかかりそうだな……。地道な調査が必要だ。あと人手も。ジルベール先生には申し訳ないが、事情を説明して、頭数を増やすしかないだろう」
ジルベールが眉間を指で揉んだ。
「……仕方ありませんな。ええ、仕方ありません。この老骨の悩みを開陳するしかなさそうです」
「大丈夫だよ、ジルベール先生。この貴族学園に、他人の恋文を見て楽しむ悪趣味な奴はいないさ。な、カロル嬢」
「ええ、本当にその通りでございますわ、オディロン様」
二人揃って爽やかな笑顔である。ジルベールはもう一度、強く、眉間を揉んだ。
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ミネットもオディロンも他のみんなもとても可愛いのです。
是非お読みくださいませ!




