ある王子様が、ふわふわのスイーツを食べた理由。(3/3)
オディロンが――平静を装いつつ――ゆったりと口を開く。
「では、ミネット。どんな理由があったら、彼女――カミーユ嬢が嘘を吐くと思う?」
「オディロン様をかばっている……などでございましょうか。カミーユ様には、オディロン様のご発言――」
『俺は初めて来たんだが』
「――が、聞こえたのではないかと愚考いたします」
「なるほどなぁ。じゃあ、あとは俺が嘘を吐く理由があれば、綺麗に収まるのか」
見事な嘘つきっぷりであると、じいやは思う。しかし。
(中等部の頃は遊び歩いていた殿下ですが、あれは単に様々な茶会や夜会をフラフラ渡り歩いていただけで、ご自分からレディを誘うのは初めてのこと。きちんと計画を立てていた、なんてバレたら――)
もし、バレでもしたら……。
(――それは、とてつもなく恥ずかしいですぞ……! ……ちょっと見たいですな)
じいやは面白がり始めていた。
バレてもオディロンが恥ずかしいだけなのである。
そのオディロンは、内心で大いに焦りながら堂々と嘘を貫き通そうとしていた。
「ところが、俺は嘘を吐いていない。この思考実験の真相は、単なる見間違いの連鎖だった、ということさ」
「そうでございますか。大変失礼を申し上げました」
「いや、面白かった。それに、嬉しいよ」
オディロンは爽やかに笑って、ティーカップを持ち上げた。ミネットは首を傾げる。
「ミネットが、いつも、頭の中でどんなことを考えているのか。それを知ることができるのは、嬉しい」
「……そうでございますか」
ミネットは小さな口で『ふわふわ』を食べる。それ以上の追及はおこなわなかった。
……ただ。
オディロンの『冷めるとふわふわが萎んで、美味しさが半減するからな』という発言を思い出して、ほんの少しだけ微笑んだ。
●
さて。
オディロンたちが店を出てしばらくしてから……。
三人娘がいたのとは反対側の衝立の向こう側で、一人の男が静かにナプキンで口を拭った。
『ふわふわ』を食べ終わったところらしい。
テーブルには彼一人だけが座り、そばに眼鏡をかけた女性の秘書が控えている。
彼は「偶然とは恐ろしいな」と呟く。
「……まさか隣席に入るとは思わなかったが、愚弟め。相変わらず掴みどころのない奴だ。あれで生徒会長としての職務を全うできているのか? 王家の名を貶めなければいいのだがな」
秘書が紅茶を注ぐ。男――第二王子レイモンド・シエールはティーカップを手に取った。
「しかし、隣席の噂話は気になるところだ。市井に私の変装がバレていたのだろうか。もしそうであれば、警戒の度合いを上げねばならんが」
「此度のお忍びの視察は、切り上げなさいますか?」
「……そうしよう。あと、あの平民の書記の情報を、部下に集めさせておいてくれ」
「かしこまりました」
第二王子は紅茶を飲む。
「長兄は継承権の第一位だが、いささか思考が軍閥に寄りすぎていていかん。双子の妹たちは権力には興味がなさそうだが、さりとて無視できないほどには優秀で、何を考えているのかまるでわからん。愚弟は……やる気はないが、ないだけだ。やる気を出されたらもっとも厄介……手を打っておきたいが……思考のための甘味が足りんな。もう一つ『ふわふわ』を頼むとしよう」
「駄目でございます。甘いものは控えるようにと、お医者様に言われておりますので」
「……半分だけでも、駄目か」
「駄目でございます」
●
オディロンとミネットを乗せた馬車が、学園に向かって走る。
ミネットは会合の反省や、帰ってからやるべき仕事をいくつか脳内で整理して……、ふと口を開いた。
「……オディロン様」
「なんだい?」
「甘味が心に効く、というのは本当でございますね」
「だろう?」
オディロンに一礼して、感謝を示す。
ずいぶんと、気持ちが切り替わっていた。
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