ある王子様が、ふわふわのスイーツを食べた理由。(2/3)
衝立の向こうでは、三人娘がまだまだ姦しく会話を続けている。
「いいえ、アナ。王子様ではなかったわよ」
「え? カミーユ、一緒に見たじゃない。変装していたけれど、きっとお忍びだ、って盛り上がったわよね?」
「よく似た別人だったのかしら……? でも、めざといアナが見間違えるかしら」
「バルバラ、アナだって見間違えることくらいあるわよ」
どういうことだろう、とミネットは少し考えるが、その時、テーブルにウェイターがやってきたので思考を中断する。
テーブルの上に、紅茶のセットと噂の『ふわふわ』が置かれた。
「ほう。これが噂の……」
オディロンが愉快そうに皿を揺らした。ふるふると震える。
「ふわふわしておりますね」
「だな。冷める前に頂こう。冷めるとふわふわが萎んで、美味しさが半減するからな」
ナイフとフォークを構えて、二人は『ふわふわ』に向き直った。
しばらくしてから、衝立の向こうでカタカタと小さな音がした。
三人娘がウェイターにお礼を言って帰っていくところだった。
退席するときも姦しく、
「また来ましょうね、絶対!」
「ええ、もちろん! ……通いすぎかしら? 太っちゃうかも」
「あら、だったら走って帰る? うふふ、冗談よ」
という声が響いてくる。からんからん、とドアベルを鳴らして、三人娘は店を出て行った。
ミネットは『ふわふわ』を小さく切って、少しずつ口に運ぶ。
温かくて、甘くて、口の中でとろけるように消えていく。
染みるような味わいに癒やされていると、ふと、視線を感じた。
顔を上げると、オディロンがミネットを見ている。
「……何か?」
「ミネットは口が小さくて可愛いな、と思ってね」
オディロンが微笑んで言った。隅に立っていたじいやが、ちょっと引いた。
一方で、ミネットはまったく動じていない。
「はあ、そうでございますか。小生は、大きい方が良いと思いますが」
「そうか?」
「食べるのが早くなります。食べるのが早いと、時間を有効に使えると思います。また、少ない時間でたくさん食べられる人間は、極限状態においても生き残る確率が高いのでございます。ゆえに、口は大きい方が良いかと」
「俺は小さい方が好きだけどなぁ……」
また一口『ふわふわ』を食べて、ミネットはじっとオディロンを見た。
「……これは、単なる思考の整理なのでございますが」
「うん?」
「お隣のテーブルにいらした、アナ様、バルバラ様、カミーユ様を、ふたつの箱に仕分けるのでございます。王子様を見た、というアナ様、アナ様が見間違えるわけないと仰ったバルバラ様と、そして王子様ではなかったと言ったカミーユ様。ふたつの箱のうち、どちらかが間違っている――あるいは、嘘を吐いている箱なのでございます」
「ほう」
「そして、誠に失礼ながら、仮に――オディロン様がこちらに来店したことがあるのに、来たことがないと嘘を吐いているならば、オディロン様はカミーユ様と同じ箱に入り、そちらが嘘つきということになります」
アナとバルバラの箱
カミーユとオディロンの箱。
「逆に、オディロン様とカミーユ様の二の箱が本当のことを言っているとすれば、一の箱のアナ様が見間違え、バルバラ様がそれを信じている、という形になるのでございます。どちらが本当なのでございましょうか」
そのどちらかが嘘吐きなのか、あるいは単なる勘違いなのか――。
オディロンは微笑んだ。
「面白い思考実験だな。でも、仮に俺が嘘を吐いているとして……理由はなんだい?」
「わかりません。……が、カロル様は『オディロン様は嘘つきだ』と仰っておられましたね」
「カロル嬢は俺に厳しいよな……」
「加えて、オディロン様が嘘を吐いている場合、カミーユ様はアナ様と一緒にオディロン様を目撃したにも関わらず、見ていないと嘘を吐いている、ということになります。その理由もわかりませんので、これは単なる思いつきだとお考えくださいませ」
ミネットはまた『ふわふわ』を小さく切り分けて、口に運ぶ。
しばらく、無言の時間が流れる。
……二人の会話を隅で見ていたじいやが、額に冷や汗を掻いた。
(まずいですな……このままでは……)
焦りを隠しつつ、内心でこう思う。
(オディロン殿下が、カロル様やヴィクトル様のデートに触発され、事前にお忍びでしっかり下見をした上で、倹約家のミネット様に断られないよう馬車が故障したふりまでさせて、この店の前で止まったことがバレてしまいかねませぬ……!)
つまり、そういうことであった。
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