ある王子様が、ふわふわのスイーツを食べた理由。(1/3)
学園都市の石畳の道を、馬車が走っている。
貴族学園生徒会が使う豪華な馬車だ。
御者席にはじいやと御者が座り、馬車の前後には騎士の乗った馬もいる。
馬車内のクッションの敷かれた座席には、オディロンとミネットが向かい合って座っていた。
「デートみたいだね、ミネット」
オディロンが楽しげに微笑んだ。
対するミネットはにこりともせずに、
「違います。近隣の貴族や豪商の皆様との会合の帰り道でございます」
と言った。それから、少しだけ俯く。会合は、あまり上手くいかなかった。
オディロンは苦笑した。
「……貴族も豪商も、金銭的な損得だけでは動かない。奴らはメンツの生き物で……ミネットはどうしても舐められやすい。ま、そのあたりは副会長の専門だ。カロル・ド・ラ・カッサータにかかればあっという間さ。適材適所、任せてしまえばいい」
「オディロン様もお得意でございましょう」
「俺、王子の中では一番舐められているからなぁ。折衝とか無理無理」
「……カロルさんが『オディロン様は嘘つきだ』と仰る理由がよく分かります。本当はできるくせに――」
そのとき、馬車が、がたん、と揺れて、止まった。
「おっと。大丈夫かい?」
「はい、小生は問題ございません」
御者台の小窓からじいやが顔を覗かせて「馬車の車軸に異変があったようです」と言った。
「すぐに直るか?」
「護衛に詳しいものがおりまして、この場で直せるから待っていてほしい、と。二十分ほどかかるとか」
オディロンが視線を上げて、馬車の窓から外を見る。石畳の敷かれた広めの道にガス灯と、両脇にはアパルトメントや商店が建ち並ぶ。学園都市のよくある通りだ。
「学園まで歩くには少し遠いな」
「小生は徒歩でもかまいませんが」
「直るのを待ってから馬車で向かった方が早いだろ? ……お、あの店」
オディロンが道沿いの店を指差した。
少し格式の高そうな、学生貴族向けのカフェがある。
「たしか、新作スイーツが話題の店だよな。『ふわふわ』だったか?」
「カロルさんが絶品だったと仰っていました。フィーリクス様とご一緒されたとか」
「そう、それ。ヴィクトルもアリス嬢と食べに行ったそうだよ。甘くてふわふわしていたらしい」
何の説明にもならない感想である。
「せっかくだ。馬車が直るのを待つ間、紅茶と『ふわふわ』を楽しもうじゃないか」
「小生にそのような余裕はございません」
「もちろん、俺が奢るから心配しなくていい。なにかが上手くいかなかったとき、甘味は心に効くぞ」
オディロンがにやりと笑う。
「それに、ミネットも気になっているんじゃないか? 噂の『ふわふわ』の正体が。卵を使ったスイーツだと聞いているが、実際にそれがどのようなものなのか、いくら話を聞いても分からなかった。きみの知識欲を刺激していないわけがない」
ミネットが視線を逸らす。図星であった。
カフェに入ると、衝立で区切られた半個室のテーブル席に通された。
部屋の端にじいやが立って控える。学園都市内の店は基本的に安全だ。……表通りの店であれば。
オディロンが店員に注文して、ミネットに向き直る。さて、何を話そうか――と口を開きかけたところで、衝立の向こうから少し大きな笑い声が響いた。
隣席だ。何やら姦しく話し込んでいる。
「『ふわふわ』は何度食べても美味しいわね、バルバラ!」
「そうね、アナ。この美味しさを求めて、高名な方々も通っているのよ。ね、カミーユ、一緒に見たわよね」
「剛剣の学生騎士様とかね。ほら、ヴィクトル・ド・ヴァシュラン様」
どうやら、三人の学生貴族令嬢が『ふわふわ』に舌鼓を打っているらしい。
「ええ、メイドと一緒にいらしたわ。あと、あの方もお見かけしましたわよね? カッサータ侯爵家のカロル様」
「カロル様、素敵よね! 最近、副会長になられたのよ。例の婚約破棄の一件から見事な返り咲き!」
「派閥に入っておけばよかったかしら」
声が大きくて、会話が筒抜けである。
「あら、あの方は今、特定の派閥は作っていないようですけれど」
「元々あった派閥も、婚約破棄の一件で全部吹き飛んでしまったのよ。だから今は、フォレ・ノワールの留学生様と……つまり、元々の婚約者の方と、思うがままに逢瀬をお楽しみなのですって」
「羨ましいー。貴族のしがらみから解き放たれて、愛する殿方とデート三昧なんて」
「フォレ・ノワールのしがらみがあるようだけれどね。……そういえば、王子様もお見かけしたわよね、カミーユ」
「え、そうだったかしら。私がいないときに見たの?」
ミネットがオディロンを見た。オディロンは怪訝そうに首を傾げる。
「俺は初めて来たんだが……」
「では……ご兄弟でございますか?」
「あり得なくはない。二番目の兄上は、大変な甘いもの好きだから。いつも、しかめっ面をしているんだが、甘いものを食べる時は――やっぱり、しかめっ面なんだ。変な人だろ?」
「前々代の生徒会長様でもあらせられますね? その方が、弟君であり、現在の貴族学園生徒会長でもあらせられるオディロン様に一報もなく、学園都市を訪れるものでございましょうか」
「王子がお忍びで行動することは、そう珍しいことじゃない。……けど、さすがの兄上も、俺に黙って学園都市に来ることはないだろうな。隣のお嬢さんの見間違いじゃないか?」
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