第14話 黎明を生きた怪物たち
□ロインタワー100階フロア
「……Jokerって」
シン達のいる方へと歩いてくる男の名をシンも聞いたことがあった。
流浪のプレイヤーキラー集団〈百鬼夜行〉の頭目。
鎌を手にしつつ、シンと一定の距離を空けてJokerは歩を止める。
「俺はPKギルド〈百鬼夜行〉のギルマスをやっとる。お三方も知ってるかもしれへんが」
「すみません……私、存じ上げないです……」
マッマがおずおずとそう返す。
対するJokerは少し困ったような表情を浮かべた。
「要は悪者集団のリーダーってことや」
Jokerの説明に、マッマは気まずそうにしつつも納得。
そしてマッマの納得を見て取ったシンが切り出す。
「PKギルドのギルマスがなぜこんなところに?」
「簡単や。シンくん――君に興味がある」
Jokerから向けられる興味。
その時、シンが思い出したのはブイモンに初ログインした日のこと。
あの日、シンはムガミに接近され、優男と楽団の介入によって難を逃れている。
Jokerもムガミも一方的にシンに興味を抱いているという時点で共通しているのだ。
シンの背を冷たい汗が伝う。
「なんで俺に興味を……?」
「俺の大切な人がシンくんをえらい気に入っとってな。一度、手合わせしてみとうなった」
Jokerが大切に思っている人とはシャルのことである。
Jokerはシャルを守るために世界を造り変えようとしているのだ。
想い人であるシャルが大切にしているシンを、Jokerは見ておきたかった。
“全知”のムガミ曰く、シャルを巡る戦争にはシンも参戦することが予測されている。
「大切な人……?」
シンが不思議そうに問い、Jokerは首を横に振る。
「知らんでええ。俺の心も、俺の願いも」
まるでシンと自身とでは交じり合わないことが分かっているように、Jokerは宣う。
しかし、ここぞとばかりにシンが反論を口にする。
「話がしたいんでしょう? 聞かせてくださいよ、あなたの気持ちを」
先ほど、Jokerはシン達に『少し話をしようか』と言いながら近づいてきている。
シンはその言葉を借り、会話を促しているのだ。
それにシンの本能が告げている。
Jokerは危険であると。
それは何もステータスやスキルによる力だけを指して危険だと言っているのではなく、Jokerの精神性をも指している。
どこかネジが外れているような危うさがJokerにはある。
「せやな。それじゃ、戦いながら喋ろか?」
そこで初めてJokerが殺意を露わにする。
シンが殺意を知覚し、【真の覚醒者】が発動。
「キョースケ、マッマさん、Jokerは俺に任せて」
シンは務めて冷静に告げる。
Jokerを一人で相手取ると。
この2週間PKKを繰り返し、シンも対人戦の経験は少なからず積めたのは事実だ。
プレイヤー・キラー相手にも落ち着いて立ち回れるはずだと考えた。
何よりシンはあの時と同じ感覚に陥っている。
シン自身が本気で戦ったインフィニット・バラエティ・スライム戦の時と同じ感覚を。
――遥か格上に位置する者への挑戦。
――仲間を危機から守りたいという想い。
その2つの気持ちが、シンの脳に刷り込まれた“凡人”という枷を外していく。
シンから発される殺気は研がれ、鋭くJokerに突き刺さった。
(へえ。やるやないか)
殺気を受けたJokerは今一度気を引き締めて、鎌を握る。
そしてシンの様子を見たキョースケとマッマもシンの申し出を承諾する。
「……わかった! オレはもう一人の敵を相手取るよ! Jokerもそうだけど、もう一人もオレの知り合いみたいだしさ」
「私はキョースケくんをサポートするわね。こんなにドキドキするの何年振りかしら……!」
キョースケは何やら意味深なことを言い、マッマはどこか血が騒いでいるかのように微笑を浮かべている。
「ほな、行くで? シンくん」
「ええ。受けて立ちます」
両者、同時に地を蹴る。
命を刈り取らんとする“死神”の鎌と、空を切り裂く閃光のごとき“新星”の剣。
それらの激突は機械の大地を激震させる。
ここに最強のプレイヤー・キラーと、世界で唯一のオリジナル・スキル所持者の戦いが始まった。
□ロインタワー某所
「――始めやがったナ。Jokerのヤロー」
ロインタワーの一室で、巨悪Xことビカルタンはモニターを注視していた。
先ほど、シン達をロインタワー最上階へと誘導したビカルタンは自身の部屋に戻ってきたのである。
「いきなりムガミ伝手にJokerから依頼が来たときはビビったけどナ」
そもそもJokerがこの場にいる理由は何なのか?
それはJoker自身が言っていた通り、『シンへの興味』からである。
加えて戦争に参加してくるであろう『シンの実力や手の内の把握』も含まれているが……。
ただ、シンの実力の把握についてはムガミやビカルタンでも可能なのでJokerが出張る必要はない。
それでもJokerなりにシンの力を体感してみたかったのだろう。
それにJokerからすればシンは恋敵だ。
Jokerはシャルを好いており、シャルはシンを好いているのだから。
恋愛感情を含め、Jokerはシンと会って戦ってみたかった。
シャルが好きな男がどういう人物か知りたかったのだ。
シンがフィアドラングへ赴くという情報は〈フィクション〉幹部のルルが〈百鬼夜行〉側へも流していた。
Jokerはその情報を聞き、ロインタワーを牛耳るビカルタンに声をかけた。
声をかけられたビカルタンは、シンとJokerが戦う舞台を整えたのである。
「さてと画質は良好。録画も問題ナシ。この戦闘映像リアルでupしたらバズ間違いなしだろうナァ」
ビカルタンは「カカカ」と笑いつつ、ふと背後に立つ雰囲気に気づいた。
その独特な雰囲気を受けて、ビカルタンは無詠唱で【マシン・コントロール】を発動。
即席の機械椅子を作り出し、振り返らぬまま手招きする。
「やっぱ“全知”って言っても勝負は直接その眼で見たいのカ? ムガミ」
ビカルタンの背後――話しかけられたムガミはクスリと笑いながら、ビカルタンの作り出した機械椅子に座した。
「ルルには座り心地の良い椅子を使わせてあげていましたよね? 僕には使わせてくれないのですか?」
“全知”ゆえ、ムガミは先日のビカルタンとルルのやり取りも知っているらしい。
「ルルは女の子だからナ。硬い椅子に座らせるのは憚られるんだヨ」
「僕もリアルでは女の子なんですけど?」
「嘘だよナ?」
「嘘です」
「分かりにくい嘘つくなヨ」
ビカルタンは呆れ顔をし、ムガミはその様子を見て笑う。
「それにしても今日はお肉もワインもお休みですか?」
ムガミが素朴な疑問を投げかける。
ビカルタンの好物が肉とワインであることはムガミも知っている。
対するビカルタンは溜め息をついた。
「それ分かってて聞いてるダロ? この身体じゃ肉食ってもワイン飲んでも味しねえんだヨ」
そう言ってビカルタンは自身の身体を見た。
その身体はシン達を先導した壮年男性のまま。
服装もロインタワーの職員のものだ。
以前、ルルと会話していた時のビカルタンは20代ほどの容姿だったというのに。
「そうでしたね。忘れてました」
「お前、本当にそれでも“全知”なのカ?」
「いやー、僕これでも結構忘れっぽくて」
「自慢げに言うナ」
後ろ頭に手をやって微笑を浮かべるムガミと、ムガミのどこか抜けた様子にまたも呆れるビカルタン。
ムガミと言えば、世間では恐ろしい犯罪者であり、テロリストというイメージだ。
しかし、ギルド内では意外にも親しみやすい雰囲気の少年である。
特に、〈フィクション〉の幹部を任せているビカルタンとルル相手には砕けた印象だ。
「それでビカルタンはこの勝負をどう見ますか?」
ムガミはモニター上で戦う5人の様子を見つつ尋ねる。
「ア? 興味なさ過ぎて真面目に考えてねえナ」
「そうなんですね。てっきり感慨深いと思われているのかと」
「…………まあ、その気持ちは分からなくもないナ」
少しの沈黙の後、ビカルタンはムガミの言葉を認めた。
なぜ感慨深いと思うかは分からないが……。
その返答を聞いて、ムガミはまたも微笑を浮かべる。
「突然ですが、僕から助言があります」
「何だヨ、改まっテ」
ビカルタンは訝しみつつ、隣に座るムガミに視線を向ける。
視線の先――ムガミは目を閉じ、椅子に背を預けてリラックスしていた。
「ロインタワー最上階で行われている戦いにJokerさんが出向いている以上、Jokerさんに対抗するための追加戦力がこの地に投入されるでしょう」
「追加戦力……?」
ビカルタンは瞬時に思考する。
最強のプレイヤー・キラーであるJokerに張り合える追加戦力など多くはない。
「その追加戦力とは誰のことを指していると思います?」
目を閉じたままムガミが問う。
対してビカルタンはとある存在を――昔に解散してしまった伝説のギルドを思い出す。
Jokerへの対抗戦力となりうるプレイヤーやNPCは他にも存在するが、その上でビカルタンの脳裏に伝説のギルドの名が浮かぶのだ。
「「――〈Unknown・Frontier〉」」
ムガミとビカルタンの声が重なる。
〈Unknown・Frontier〉――通称〈アンフロ〉。
もしも〈アンフロ〉が解散せず、ゲーム攻略に邁進していたならば、当の昔にゲームは攻略されていたかもしれない。
それほどに強いギルドであった。
ただし、Unknown・Frontierという名前通り、ギルドを構成していたプレイヤーはいずれも有名になっていない。
強いて言えば、巷で『物凄く強い5人組がいるらしい』と噂になったくらいのものだ。
そしてJokerを食い止める戦力として、ビカルタンが〈アンフロ〉を思い浮かべたのにも理由がある。
プレイヤー・NPC問わず多くの人が知らないことだが、ビカルタンは〈アンフロ〉のメンバーを知っているのだ。
ビカルタン自身、彼らと昔に相まみえたことがある。
――全ての技に通ずる天才にして、歴史に埋もれた最強のプレイヤー『Ace』。
――ギルドの精神的支柱にして、戦場を思いのままに操る知略家『Staff』。
――ゲームルールをも塗り替えるディーラーにして博徒『Gambler』。
――あらゆる音色を操り、精神干渉までも可能とする演奏家『Musician』。
――逆境を一手にしてひっくり返す、切り札にして鬼札『Joker』。
そう……Jokerは過去に〈アンフロ〉に所属していた。
だからこそJokerを食い止める追加戦力が誰なのかと考えて、ビカルタンは〈アンフロ〉を最初に思い浮かべたのだ。
「――来ますよ。黎明を生きた怪物たちが……」
“全知”は告げる。
――これより幕を開ける激戦を。
差し迫った戦争の前哨戦の始まりを。




