第13話 夕刻、曇天は涙する
□フィアドラング:ロインタワー13階フロア
フィアドラングのランドマークである高層複合施設――ロインタワー。
施設内にはレストランやバーといった飲食店や、スポーツ施設や賭博場、ライブハウスと言った娯楽施設に加え、図書館もあり、武具店、衣類品店なども数多く出店されている。
そんなロインタワーの13階で、マッマはギャンブルをしていた。
参加しているのは『ルーレット』。
ルーレットとは、ディーラーが転がした玉がルーレット上のどの位置に転がり込むかを当てるというギャンブルである。
「うふふ。また勝っちゃったわ」
ワイングラスを片手に先ほどから連勝を続けるマッマ。
少し酔いが回っているのか頬が赤みを帯びているものの、意識は鮮明なようだ。
「すげえな、あの美女。10連勝かよ……」
「勝ち金もかなりのもんじゃないか?」
「それより、美女の後ろにいるの〈ライフ〉の“狂剣”だよな? なんでギャンブルの見物なんかしてんだ……?」
賭博場に集った者たちの視線は現在、マッマとキョースケに集中していた。
シンとキョースケはと言えば、周囲の視線を気にせず自然体でマッマを見守っている。
「マッマさん、すごいなー! ずっと勝ち続けちゃってるよ!」
「そうだね……って、それよりもマッマさん、あんなにお酒飲んで大丈夫なのかな……?」
フィアドラングを訪れてからゲーム内時間で2週間。
シンとキョースケは随分とマッマと仲良くなっていた。
ちなみにロインタワーに赴く際、マッマにも『ロインタワーにいると思われる悪者を倒しに行きたい』と伝えてある。
もちろん、マッマへの情報の共有についてはハゲ先生に承諾を貰っている。
(さて、ロインタワー自体は誰でも利用できるんだけど……潜入となると難しいな)
分かりやすく潜入しているムーブを見せれば、ロインタワーの従業員だけでなく客にも怪しまれる。
そのため3人は自然体でロインタワーを楽しんでいるというわけである。
なお、現在3人は周囲に怪しまれてはいないものの、目立ちまくっている……。
主にマッマがギャンブルで勝ち続けていることと、有名人であるキョースケの登場によって。
「――ギャンブルはこれくらいにして、次はシンくんとキョースケくんの行きたい場所へ行きましょ?」
しばらくしてルーレットを終えたマッマがシンとキョースケに呼びかけた。
「結局、負けなしのままでしたね」
「マッマさんには幸運の女神様がついてるのかも!」
息子ほどの年齢であるシンとキョースケを見てマッマは微笑みつつ、ロインタワー内部を歩く。
「キョースケは何か遊びたいのある?」
マッマから行きたい場所を尋ねられたこともあり、シンはキョースケへと質問する。
シン自身はキョースケやマッマの行きたい場所についていこうという心持ちだ。
質問されたキョースケは腕を組みながら「むむむ」と悩んでいる様子だった。
「うーん、美味しいもの食べたいかも!」
キョースケがそう言うと、マッマがすかさず提案をする。
「ギャンブルでたくさん勝っちゃったから御馳走するわ。どうせなら上の階に行ってみましょ? 絶景を見ながら食べるのは素敵なはずよ」
マッマの言葉にシンとキョースケが目を見合わせる。
これはマッマから寄越されたパスだ。
自然な流れでロインタワー高階層へ行くための巧みなパス。
ロインタワーには一般人の立ち入れない高階層フロアが存在する。
巨悪Xはその階層にいる可能性が高いのだ。
その情報は当然マッマも共有されている。
マッマはギャンブルの賞金を使って御馳走したいという名目で、シン達を高階層に連れて行こうとしてくれているのだろう。
3人の第一目標は徐々に階層を上り、立ち入り禁止一歩手前のフロアまで行くこととなる。
「お店って言っても色々あるんだろうし、キョースケはどんなのが食べたいの?」
「うーん、お肉!」
「ざっくりしてるなあ。まあ、キョースケらしいけど」
そんなことを話しつつ、3人はエレベーターへと向かって行く。
ロインタワーはエレベーターを用いて各階層を移動するのが主だ。
もちろん、立ち入り禁止エリアにはエレベーターでは行けない。
何らかの移動手段で立ち入り禁止エリアへと踏み込む必要があるわけだ。
「――“新星”のシン様、“狂剣”のキョースケ様、そしてお連れの方。少しお時間よろしいでしょうか?」
不意に、エレベーターを目指して歩き始めた3人を呼び止める声。
シン達は当然、声の主を見やる。
声の主はロインタワーで働いているらしく、黒を基調とした制服を着た壮年の男性であった。
「そうですが……何か用でしょうか?」
シンが警戒を露わにしつつ問う。
ただ、シンが警戒するのも無理はない。
というのも、この男性はシンの異名を知っているからだ。
〈ライフ〉の幹部として活動するキョースケは異名と共に、容姿も広く知られている。
なにより純白の騎士服も目を引くことから、ロインタワー内で目立ってしまったことも不思議ではない。
しかし、シンの異名はまだ広まり始めたばかりだ。
加えて、シンの異名が広まっているのは専らタルランタを中心としたものであり、フィアドラングでシンの異名および容姿を把握している者などそう多くないはずなのである。
壮年の男性はシン達に一礼してから、3人に声をかけた理由を説明していく。
「当施設のオーナーより言伝を預かっております」
それを聞いて、シンの顔色が険しくなる。
ロインタワーのオーナーこそがムガミの右腕――巨悪Xであるという可能性も高いのだ。
巨悪Xがロインタワーのオーナーであれば、一般人を高階層に立ち入れないように取り締まるのも容易となる。
(こっちの動きはやっぱり筒抜けか……やっぱりニートさんの言ってたことは本当みたいだね……)
壮年の男性の発言を受けて、シンはニートから聞いた情報を思い出していた。
ニートは、巨悪Xがフィアドラング全域を監視しているのではないかと推測していたのだ。
シン達の動向を把握していたからこそ、シン達がロインタワーに出向いたタイミングでコンタクトを取ってきたと見ることもできる。
もちろんロインタワーのオーナーが巨悪Xではなく、単にシンとキョースケに興味を抱いている人である可能性もなくはないが……。
生憎、シンはその可能性を考えていない。
常に最悪のケースを考えておいて損はないからだ。
(どうする……このオーナーの使者の接近は罠である可能性が高い……でも誘いに乗れば、立ち入り禁止エリアに行ける糸口になるかもしれない……)
思い悩むシンの肩にポンポンと手が置かれる。
シンが肩口を振り向くと、2週間に渡って冒険し、もはや見慣れた悪戯げな笑みがあった。
「シンってば顔怖いよー! もっと笑って笑って!」
「笑う……?」
敵の術中に嵌っているかもしれない状況。
とてもじゃないが、シンは笑えなかった。
そんなシンを見て「むむむ」と少し膨れてから、キョースケはシンの目の前へと回り、その頬に手を伸ばした。
そして、むにーっとシンの頬を伸ばした。
「あはは! シンめっちゃ変な顔してるー! マッマさんも見てー!」
「ふふっ。シンくんはほっぺを伸ばされても可愛い顔してるのね」
(2人とも……能天気すぎるんじゃ……)
シンがジト目をキョースケに向けると、キョースケはシンの頬を伸ばしたまま少し真面目な顔つきをした。
「状況は分かってるつもりだよー。でも、こんな時こそ肩の力抜かないと。余裕がないと視野が狭くなるし、気疲れした隙を狙われかねない。
常に最高のパフォーマンスを発揮したいなら、バランスのいい精神状態を心掛けた方がいい――なーんて、シンより弱いオレが言っても説得力ないんだけどさ!」
(キョースケ……)
おどけてみせるキョースケに、しかしシンは感謝した。
キョースケの言う通り、シン自身巨悪Xの術中に嵌っているのではないかと焦っていた。
しかし、その焦りこそ巨悪Xの狙いかもしれないのだ。
「ひゃふはっはひょ。ひゃひはほう」
シンは頬を引っ張られたままキョースケに感謝を告げた。
当然、何て言ってるかは分かりにくい。
「え? 何て?」
「キョースケくん、手を離してあげなきゃシンくんが喋りにくそうよ」
「あ、そっか!」
そんなやり取りを経つつ、頬から手を離してもらい、シンはオーナーの使者を名乗る男性に返答をする。
「――ロインタワーのオーナーさんの言伝とやらを聞かせてもらってもよろしいですか?」
十中八九、巨悪Xからの言伝であろうと予想しつつ、シンは敵の術中に嵌っていく。
ロインタワーに立ち入ったことも即座にバレている現状を考えれば、敵の策に乗る以外、巨悪Xに近づく手段が見当たらない。
ここは敵の策に乗って、巨悪Xに関する情報を1つでも得られれば及第点だろう。
シンの意思表示に壮年の男性は「かしこまりました」と告げて、クルリと背を向けた。
「場所を変えましょう。他のお客様がいらっしゃる場では話しにくいこともあるでしょうから」
そう言って使者の男性は3人を先導し始めた。
エレベーターに乗り込み、階層を移動。
エレベーターはガラス張りであり、どんどんと地表が遠ざかっていく。
ブイモン時間は夕刻。
遠くの空は夕焼けによりオレンジ色をしているが、フィアドラングの上空には厚い雲があるばかりだ。
今にも泣きだしそうな曇天が――
その後、エレベーターは90階にて停止。
この90階と言うのが一般人が立ち入り可能な限界階層である。
「こちらへ」
壮年の男性の指示に従い、シン達は彼を追いかけていく。
人払いをしているのか90階に人はほとんどおらず。
(なんだ……これ……)
徐々にシンの顔色が悪くなっていく。
それは何もシンだけに限った話ではなく、キョースケもマッマも顔色を悪くしている。
一歩一歩、壮年の男性の後を付いていくだけで空気が重くなっていく。
禍々しい成分を含んだような空気が体にまとわりつき、呼吸を阻害してくるような感覚。
それでも3人は歩を止めず。
途中、隠し通路のような場所を通って、再度エレベーターに乗った。
そのエレベーターによって階層は91階以上へ。
空気はさらに重くなり、否応なく体が緊張を強いられる。
そしてエレベーターが停止。
エレベーターから降りた4人は殺風景な空間に出る。
そこで壮年の男性が歩を止めた。
「到着です。こちらロインタワーの最高階にて、オーナーからの言伝を伝えさせていただきます」
ロインタワー最高階層、100階フロア。
一切のものがない殺風景なフロアには2つの人影がいた。
「――ッ」
瞬時に理解する。
離れた位置に立つ2人がただならぬ雰囲気を纏っていることを。
そして壮年の男性は告げた。
僅かに口元を吊り上げて。
「言伝の内容はこうです――そいつらと存分に殺し合えヨ。お前らはどうせ俺のところまで辿りつくことなんざ出来ねえんだからナ」
壮年の男性の口調が切り替わる。
雰囲気もガラリと変わり――
瞬間、【真の覚醒者】が発動する。
【真の覚醒者】は『敵意』と『殺意』を区別している。
壮年の男性――巨悪Xこと〈フィクション〉幹部のビカルタンが殺しの意思を露わにしたことで【真の覚醒者】の発動タイミングは今となったのだ。
「【エンハン――」
ビカルタンのメッセージと笑みを見た瞬間、反射的にシンの身体は動いていた。
AGIを上げるために【エンハンス・アジリティⅡ】を発動しようとするが――
「遅いナ」
壮年の男性をどういうわけか操っているビカルタンは【マシン・コントロール】を無詠唱で発動している。
ビカルタンやニートのように、スキルを無詠唱で発動する方法は大きく2つ。
――1つ、グリモワールを装備すること。
魔法使いの装備は杖だけではない。
グリモワールの装備効果はスキルの詠唱を棄却することだ。
しかし、杖と異なりMP等へのステータス補正は得られない。
ニートの周囲にグリモワールが浮いていたのは、ニートが無詠唱で種々のスキルを発動するためだったというわけだ。
――そしてもう1つの方法は、スミス・スキルやイレギュラー・スキルに頼ること。
無詠唱でスキルを発動できるようにするスキルも世界を探せばあることだろう。
さて、ビカルタンはニートと同じくグリモワール持ち。
いくらシンが速かろうと、後手に回った状態でビカルタンの思考速度を上回れはしない。
「シン! ストップ!」
シンをキョースケが呼び止める。
既にビカルタンは【マシン・コントロール】によって100階フロアの地形を大きく変えてしまっている。
空は開け、窓ガラスは排され、ロインタワーの最高階層には幾層からなる機械による大地が誕生していた。
その様はさながら天に浮かぶ機械の島と言ったところか。
空からはポツポツと雨が降り出し、拓けた機械仕掛けの大地にビカルタンの姿は既にない。
「さっきの男の人はひとまず忘れよー。今はもっとヤバそうなやつが相手らしいからねー」
キョースケがシンとマッマにそう呟く。
「……OK。口ぶりからして、さっきの男が巨悪Xだったんだろうけど、切り替えるよ」
「私も頑張るわ。それにしても、すごい雰囲気ね……」
いつもおっとりしているマッマでさえ、敵2人が発するオーラに顔を青ざめさせている。
機械の大地に立つ敵2人。
2人ともが目元に黒い仮面を付けている。
その一方がシン達へと歩み出し、声をかけた。
「――突然すまへんな。お三方」
殺意をむき出しにしているわけでもないというのに、その男の発する威圧感は凄まじい。
「あなたは……?」
シンの問いかけに男は背に携えていた巨大な鎌を手に取った。
黒いボロボロのマントを羽織った男の頭上には血に濡れたような赤いネーム表記。
その男は暗く、冷たい口調で言い放つ。
「――俺の名はJoker。少し話でもしよか」
PKギルド〈百鬼夜行〉のギルマスにして“死神”の異名を冠される最強のプレイヤーキラー。
ロインタワーの最高階層にて、Jokerが立ちはだかる。




