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第9話 Mr.借金まみれ、店番をする

 □フィアドラング


 厚い雲がかかるフィアドラングの街路。

 シンとマッマは2人で並んで歩きつつ、会話を重ねていた。


「なるほど。マッマさんはご家族の影響でゲームを始められたんですね」


「そうよ~。夫や息子たちが楽しそうにしてるものだから。でも、まだ分からないことも多くてね」


 マッマは困り顔をする。

 ブイモンは連日メディアで取り上げられていることもあり、ゲームに触れたことのない層にまでリーチし、新規ユーザーを増やしている。

 ゲームの趣旨も『モンスター100種を攻略すればいい』という分かりやすいものなので、敷居が低いのだ。


「ブイモンを始められてから、どれくらい経つんですか?」


「そうね~。大体半年くらいかしら?」


(俺よりも2カ月早い……さっきのセクハラ男を無力化したところを見るに、マッマさんって実はかなり強いんじゃ?)


 眉間に皺を寄せて考えているシンを見て、マッマは微笑みつつ提案する。


「シンくんが良ければなんだけど、色々教えてくれない? 装備のこととかアイテムのこととか」


「もちろんです。あ……」


 そこでシンは喉を詰まらせた。

 マッマの実力は先述の通り、高そうではある。

 しかし、インベントリの整理などは満足に行えているのだろうかと心配になった。


 ついこの間、シンとメイクもインベントリの大整理(プー爺に丸投げ)をしたばかりである。


「少し相方に連絡してもいいですか?」


「ええ、もちろんよ」


 マッマに断りを入れてから、シンはフレンド欄を開きキョースケにメッセージを打ち込んでいく。


『少しタルランタに行ってくるよ』


 すると、すぐさまキョースケから返答が返ってくる。


『りょーかい! ゆっくりデート楽しんできてねー! まだ夜は長いし、また後でPKKしようぜ!』


『うん。また』


 そうしてやり取りを終え、シンはマッマに提案した。


「少し場所を移しましょう。連れていきたいところがあるんです」


「?」


 不思議そうな顔をするマッマに詳しい転移先を伝え、2人は〖転移の翼〗でタルランタへと移動した。

 ちなみに、はぐれた時のためにフレンド交換を済ませた2人なのだった。



 □“始まりの都市”タルランタ


 〈フィクション〉および〈百鬼夜行〉の連合が起こした暴動。

 タルランタ3区を中心に被害が大きかった場所では、日夜プレイヤー及びNPCたちの手で復興が進められていた。


 さて、シンとマッマがやって来たのはタルランタ2区だ。

 カフェ・スカイや〈ライフ〉の支部がある2区も暴動の結果、少しばかり倒壊している建物が見られる。


 そんな2区の路地裏をシンとマッマは歩いている。


「すっ、すみません。こんな薄暗い所に連れてきて……」


「いいのよ~。シンくんのことは信頼してるもの」


(初対面なのに、なんでこんなに信頼されてるんだろう……)


 フィアドラングとは違い、タルランタは快晴だ。

 しかし、路地裏は少しばかり薄暗く、じめじめとした湿気がある。


 わざわざ説明する必要もないかとは思うが、マッマを裏路地に連れてきたシンに下心はない。

 ただ目当ての場所が、タルランタのメインストリートからは離れた位置にあるというだけだ。


 シンはわざわざ裏路地に連れてきてしまい申し訳ないと思いつつ身を縮こまらせる。

 一方、そんなシンを見てマッマは「ふふっ」と微笑んだ。


「シンくんって、やっぱり分かりやすい」


「え……そうですか?」


「うん。かわいい」


「っ、からかわないでくださいよ」


 シンの頬が少し赤くなる。


(そういえば、さっき夕飯の席で母さんと円にも可愛い顔してるって言われたな。確かに俺の顔ってどこか中性的な感じはするけど……)


 自分の容姿について考えをめぐらしつつ歩いているとシンの目の前に見知った看板が目に入った。


「あ……着きました……!」


 シンの声を聞いた後、マッマはシンの視線の先を目で追う。

 その先にはボロボロの立て看板――シュガー武具店の文字が。


「ええと、シュガー武具店……? 装備が売ってるところかしら?」


 立て看板に書かれた文字を呼んで、マッマは店の外観を見た。

 窓1つない怪しげな廃屋と言った外観だが、マッマにそこまで驚いた様子はない。


 先日、シンはシュガー武具店を初めて訪れた時、入店に二の足を踏んだのだが……。

 反面、同伴していたメイクはビビっている様子がなかった。


 メイクといい、マッマといい、肝が据わっているらしい。


 マッマの問いに、シンが完結に店の紹介をする。


「そうですね。この武具店では装備以外にアイテムも幅広く取り扱っているんです。ちなみに紹介制のお店ですね」


「わぁ、紹介制だなんて特別感あるわね~! 私まだNPCショップしか利用したことなくて!」


「俺も最近までそうでしたよ。それじゃ、早速行きましょう」


 そして、シンはシュガー武具店の扉を開けた。

 そうして2人とも店内に一歩足を踏み入れる。

 瞬間、店の天井に下がっていたランプに自動的に火がつき、店内が照らされる。


 シンとマッマを迎えたのは数々の武具たちだった。

 中には一品物――強力なスミス装備やイレギュラー装備もある。


「シンです。プー爺さんはいらっしゃいませんか?」


 声をかけるも応答がない。


「あのー、プー爺さん?」


 再度呼びかけてみる。

 が、返答がない。


(おかしいな……)


 シンは少し首を傾げた。

 応答がないということはプー爺は店にいないのだろう。

 ということは外に出かけたのか、と考えるのが普通だろうがそれもおかしい。

 プー爺が店を開ける場合、店の戸締りをするはずだからだ。

 装備に所有権があり、盗まれても取り返せる可能性が高いとはいえ、念には念を入れて戸締りをするはず。


 同様の理由でプー爺がログインしていない可能性も消える。

 プー爺がログインしているからこそ、シュガー武具店は営業中であり、シン達も店内に入れたのだ。


「…………んん、なんだ客かぁ?」


 と、そこでシンとマッマに声がかかった。

 声の主は武具店の奥――休憩スペースらしい場所で上半身を起き上がらせて、シンを見やる。


「お? おお! シンじゃねえか! 何してんだ、こんなところで」


 話しかけてきたのは金髪に血走ったような赤い瞳をした青年。

 身につけたピアスも多く、大柄な身体も相まって威圧感がある。


 しかし、シンもその青年を知っており――


「乞食さん!?」


 シンとマッマを出迎えたのはカフェ・スカイの常連である乞食だった。

 シンとメイクの世話を焼いてくれる4人のお兄さんの内の1人である。

 ちなみに4人のお兄さんとは、優男、空、乞食、楽団の4人だ。


「俺を乞食って呼ぶんじゃねえ!」


 乞食はいつも通り自分の名を気に入っていないようだ。

 シンは乞食の発言にはツッコまずに話を進めていく。


「なぜ乞食さんがシュガー武具店に?」


「ん、ああ、バイトだな」


「バイト……それはまたなぜ?」


「……理由は2つあるが、片一方しか話せねえ」


 そう前置きして、乞食はぽつりとつぶやいた。


「借金返済だよ……空の野郎に駆り出されたんだ。借金返済のためもあるが、プー爺を手伝ってこいってな」


「またギャンブルで負けたんですか?」


 シンの率直な物言いに乞食が肩を震わせた。


「っ、ああ、負けたよ! そりゃもうド派手になァ!」


 目に涙を浮かべながら天を仰ぐ乞食を憐れみつつ、シンは当初の目的を思い出した。


「それはそうと、そろそろ接客お願いしてもいいですか?」


「それはそうと、で片付けられた……」


 乞食は威圧感が強く、古参プレイヤーとして実力もあるはずなのだが何故だか皆にいじられる性分である。

 今のようにシンもナチュラルに乞食をいじったりすることがある。


「まあ、仕事はしっかりやるさ。んで、その美女誰よ?」


 乞食は休憩スペースから立ち上がり、2つ分の座椅子を運びながら問う。

 対するマッマは蠱惑こわく的な笑みを浮かべて挨拶をした。


「初めまして。シンくんの友人のマッマです」


 その美貌から放たれる笑みと色香に、乞食は一瞬で胸打たれてしまった。

 乞食の視線がマッマの顔から胸へ、胸から腰回りへ、腰回りから足へ、そして再び顔へと戻る。


「あ、ど、どどどどどうも、こ、こここここっ、乞食っす」


 乞食はめちゃくちゃに緊張している様子だ。

 乞食は大人な女性がタイプなのかもしれない。


「乞食さんって面白い名前ですね。よろしくお願いします」


「あ、は、はいぃ」


 なにやら阿保面を晒している乞食にシンはツッコミを入れる。


「乞食って名前嫌いなんじゃないんですか?」


 対する乞食は目をトロンとさせながら、普段の彼からは想像もできないような緩い口調で言った。


「え~? 乞食って面白くていい名前だろ~。いや~、この名前で良かったって初めて思えたわ~。あのクソ脳筋に初めて感謝したかも~」


「何を言ってるんですか……」


 シンは乞食の変化に呆然としつつ、とりあえず乞食の対応を後回しにする。


「マッマさんはこういうゲーム始めてって言ってましたよね?」


「そうよ~。分からないことだらけだし、慣れないことだらけ」


 そこで乞食が会話に割り込む。


「そ、そそそそそそ、それじゃあ、俺とシンが説明するっすよ! マジ何でも聞いてくださいっす!」


「あらあら~。ありがとうね。それじゃ2人にたくさん甘えちゃおうかしら」


 そうしてマッマはシンと乞食の頭を優しく撫でた。

 その手には人の心を解してしまうようなリラックス成分が含まれているようで。


 シンは目を細めて癒しを堪能し、乞食は昇天一歩手前まで行き――


 しかし、何とか意識を保ちつつ、2人はマッマに基本的なゲーム知識から教えていくのだった。

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