第15話 被害と加害のスパイラル
□タルランタ8区
メイクはタルランタ8区の裏路地を走っていた。
目指すはシンとレオが戦っているであろう主戦場だ。
メイクの周囲には数名の〈ニート〉のギルメンの姿もある。
「レオの出没地点は予想通りだったな~」
事前にメイクは〈ニート〉からレオに関する情報を聞き、レオの出没地点を推理していた。
推理に使った情報は様々。
まずPKが起こる時間帯はいずれもブイモン時間で夜に限定されていた。
これは単純にレオが夜闇に紛れて戦うことができ、撤退もしやすいからだろう。
そしてレオの出没地点にも特徴があった。
メイクは『レオがPKをした地点』と『〈ライフ〉の夜間の治安維持活動エリア』を照らし合わせた。
そこで見えてきたのは、レオが〈ライフ〉の治安維持活動エリアを避ける形でPKを行っていることだ。
〈ライフ〉側の動きをレオが把握できているのは、レオに協力しているエナメルコートの青年が手を回したのだろう。
レオのPK時刻およびPK地点、そして〈ライフ〉の治安維持活動エリアの照らし合わせの結果、次にPKが起こるであろう地点は30か所に絞られた。
もちろん、その場所のいずれも裏路地に限定してピックアップしている。
後は〈ニート〉のギルメンをその30か所に配し、レオが現れたらシンに通達するだけでいいというわけだ。
また、レオは〈ライフ〉本部がある8区でPKを起こしている。
普通のプレイヤー・キラーならば正義のシンボルである〈ライフ〉本部近くでPKなどしないだろう。
そのため、レオは意図的に〈ライフ〉本部のある8区でPKをして自身の強さを誇示している可能性が高い。
反面、〈ライフ〉の治安維持活動エリアはギリギリ避ける形でPKを行っているのが何とも小賢しい感じもするが……。
そこはエナメルコートの青年がレオに助言しているのだろうとメイクは見ている。
自分の強さを疑わない独りよがりな性格。
ルーキーをメインターゲットとしてPKしている辺りからも、メイクはレオの性格をそう評している。
結果、レオが今さらPKする地点を変える可能性は限りなく低いとメイクは推測した。
次にレオによるPKが起こるとすれば、ピックアップされた8区裏路地のいずれかで起こるはずだと。
(メイク……シンはレオと……交戦状態に陥った……)
シンの元へと向かっているメイクの脳内にニートからの思念が届いた。
(そのままレオの……討伐を頼む……)
ニートからの【テレパシー】は受信できても応答はできない。
ゆえにメイクはニートには応答せず、そのままシンの元へ向かう。
シンには先ほど【バフ・アジリティ】を施している。
【真の覚醒者】もあることから、レオを圧倒できることは間違いない。
レオは問題なく倒せるはずだ。
(でも……)
メイクには1つ懸念点があった。
それはレオに協力していたというエナメルコートの青年の狙いだ。
(確定情報ではないらしいけど、青年の名前はキリング・タイムだったっけ?)
メイクは走りながら、頭を回す。
そう、メイクがそこに疑問を抱くのは正しい。
レオは自らの快感――つまりルーキーを蹂躙するのが楽しいからPKをしている。
それならレオに協力するエナメルコートの青年――通称キリングはなぜPKに手を貸しているのか?
もちろん、レオとキリングの目的が『ルーキーを殺して刹那的な快感を得る』ことで共通している可能性もあるが……。
(ほんの少し話を聞いただけだけど、キリングは表立って行動を起こすタイプじゃないと思うんだよね)
〈ニート〉からの報告で、キリングは黒い仮面を目元に着用していたとされている。
つまり、キリングには衆目に顔を晒したくないという何らかの理由があるはずだ。
表立って行動を起こすレオとは異なるタイプと見た方がいい。
(もしもウチがキリングなら…………レオを利用するかもしれない)
不意にそこまで考えた時、メイクは背筋が冷えるのを感じた。
言うなれば、とんでもなく大きな見落としをしていた気分だった。
(ウチがキリングなら、レオを目立たせてそっちに人手を割かせる。
レオが8区裏路地でPKをしていることを周知の事実として浸透させれば〈ライフ〉や〈ニート〉の人手を8区裏路地に集中させられる……!)
メイクの頭に浮かんだのは仮説にすぎない。
しかし、メイクはその仮説を無視できない。
その仮説が外れてくれればいいのだ。
レオとキリングが一枚岩ならば、メイクの心配は杞憂に終わる。
しかし、メイクは自身の仮説が当たっているのだろうことを直感していた。
悪い予感は得てして当たる。
直感が警鐘を鳴らすというべきか。
(レオと〈ライフ〉におそらく因縁はない。それでも強さを誇示したいレオなら8区でPKをすることに執着を見せても驚きはなかった。
でも、その推理は間違ってたんだ……レオにPKの場所を指定しているのはキリングで、キリングの狙いは8区に人手を割かせること。
なら、逆説的にキリングの狙いは8区以外にある……!)
正しくは、メイクは推理を間違ったのではない。
キリングが用意した推理ゲームを完璧に遂行してみせたのだ。
つまりメイクはキリングの掌の上で踊らされていたと言える。
「ニートに連絡する! ちょっと止まって!」
メイクは足を止めた。
それに釣られてメイクに同行していた〈ニート〉のギルメンも足を止める。
メイクは後悔していた。
彼女自身“ルーキー狩り”騒動を甘く見ていたのだ。
プレイヤー・キラーの取り締まりに協力するくらいの軽い気持ちで臨んでいたとでも言えばいいか。
G3モンスターを一気に4種攻略したり、オレンジ・プレイヤーを相手に勝利したり……。
そして急激に強くなったシンがいれば、どんな敵を前にしても勝てると思っていた。
気が抜けていたのだと自覚する。
キリングの狙いについて、もっと早い段階で疑問を覚えておくべきだった。
(ニートに伝えなきゃ……シンが危ないかもしれない……)
立ち止まりフレンドチャットを開いて、メイクがニートに向けてメッセージを打とうとした時だった。
――立て続けに銃声が鳴り響く。
銃声が空気を伝わる速度よりも、銃弾の速度の方が速く。
銃声を音として処理する前に、メイクのこめかみに銃弾が突き刺さる。
そして、そのままメイクの頭部は木端微塵に吹き飛ばされた。
〈ニート〉のギルメンも同様に頭部を撃ち抜かれ、一斉に光の塵へと姿を変えた。
「――まあ、気づく人も出てくるよね。不可思議な点にさ」
エナメルコートのフードを被りながら、家屋の中に佇むのはレオに協力する赤眼の青年――キリングだった。
彼はハンドガンをホルスターにしまい、悠然と家屋の一室を後にする。
ちなみに、家屋の主は先ほどキリングによりPKされている。
「最初はレオのPKに介入する気はなかったんだけど。〈ライフ〉の“番剣”と“狂剣”が出てから雲行きが怪しくなったかな。
〈ライフ〉や〈ニート〉には最後までレオの独断によるPK騒動って誤解しておいてほしかったんだけど」
キリングは独り言ちつつ、家屋の裏手から路地へ出て、目当ての場所へ向かった。
◇
場面が切り替わり、シンとレオによる戦いは続いていた。
2人を取り囲むように〈ニート〉や〈ライフ〉のギルメンが明かり役を担っている。
下手にシンの戦闘を邪魔しないよう、シンの戦いやすいフィールドを作り上げることに注力している形だ。
「――フッ!」
シンが地を蹴る。
事前の話し合いで、最善の筋書きは『レオを投降させ〖誓約書〗による縛りを課すこと』だと言われている。
〖誓約書〗によって行動を制限すれば、ゲームルールによってレオのPKを封じることができる。
それが最も理想的であるため、シンが真っ先に狙うのはレオの降伏となる。
しかし、レオが降伏する姿勢を見せない場合は容赦なくPKする。
レッド・プレイヤーがPKされた時のデスぺナは重い。
『所持ゴールドを全ロスト』した上で『所持アイテムおよび装備の1~20%をロスト』、更に『レベルを1~10%ダウン』する。
レオにデスぺナを与えれば戦力を大きく削げる可能性が高い。
「フッ……」
「くそがッ……!」
さて、言うまでもなくシンはレオを圧倒している。
シンはレオのステータスを【真の覚醒者】でコピー。
そこから更に【エンハンス・ストレングス】と【エンハンス・アジリティⅡ】を発動。
メイクの【バフ・アジリティ】も込みでステータスを超強化している。
シンはレオのSTRを2倍上回り、AGIを8倍上回っている。
レオの【カース・エリア】でシンには状態異常『凍結』が付与されているが、その弱体化も今のシンにとっては誤差でしかなく。
大幅な弱体化は見込めなかった。
降伏を狙って動いていることもあり、シンは未だ全力ではない。
しかし、シンの動きについていけているレオの技量も大したものだった。
――しかし、ここで戦局が動く。
「ッ!」
シンの動きが一段鈍ったのだ。
その原因はメイクがエナメルコートの青年にPKされたことによる【バフ・アジリティ】の解除。
(まさか……!)
シンは直感した。
メイクが何者かに殺された可能性を。
メイクは【バフ・アジリティ】を長らく使い、MP管理もしっかりしている。
だからこそシンは相方の死を直感したのだ。
とはいえ、シンのAGIは依然レオの4倍。
本来ならレオの攻撃を躱すのは容易いだろう。
しかし【カース・エリア】によって付与された『凍結』と、メイクへの心配で精彩を欠いた結果――
「らあッ!」
レオの振るった剣がシンの右肘から下を切り落とした。
集中の欠如がシンに痛手を負わせる。
――と同時、裏路地に響いたのは銃声。
一瞬にして裏路地を照らしていた明かりが消える。
それが意味するところは炎魔法や雷魔法で明かり役を担っていた〈ライフ〉や〈ニート〉のギルメンがPKされたことに他ならず。
「目的地に向かうついでだ。少し助力してあげるよ、レオ」
そう言いつつ、キリングは路地にへたり込むエンと彼女を守る〈ニート〉のギルメンに照準を合わせる。
そして、すぐさまハンドガンの引き金を引いた。
「っ!」
何が起こっているのか分からないエンはただ目を瞑って耐えるしかなく。
その横ではエンを守っていた〈ニート〉のギルメンの頭が弾け飛んだ。
そしてエンが迫りくる銃弾の気配を感じた時。
「――ッ!」
エンの代わりに銃弾を受けたのはシンだった。
シンはエンを抱き締めたまま地面を転がった。
数秒後、裏路地の地面の冷たさを感じつつエンだけが起き上がる。
「兄さん……兄さんっ……!」
エンは当初、シンに妹と悟られないように近づこうとしていた。
しかし、今はそんな目的も忘れて、ただただ好きな人を心配していた。
その頬には涙が流れている。
「だい……じょうぶ……」
めまぐるしく変わる戦場、その渦中に飛び込んでしまった恐怖。
それらから妹を守るべくシンは立ち上がる。
「大丈夫……だよ。円……」
本来はリアルネームを呼ぶことはマナー違反だろうが、そう呼ぶほかなかった。
シンは妹のプレイヤーネームを知らない。
シンは斬られていない方の左手でエンの頭を撫でる。
「っ……兄さん……」
シンには右肘から先がなく、断面からは多量の出血が見られる。
そしてハンドガンから放たれた銃弾によって、シンの脇腹には穴が穿たれていた。
キリングは既にその場を立ち去っており、裏路地にはたった3人。
手負いのシンと、ルーキーのエンと、ほぼ無傷のレオ。
「ははっ……お前もう負け確じゃん! その出血量、1分持たねえだろ!」
レオはシンの頭蓋を溜まらなく砕いてやりたかった。
――かつてチュートリアルの場で受けた屈辱を晴らすために。
――自らがリアルで虐めを受けてきたように。
もちろんレオは頭蓋まで砕かれてはいないが、土下座させられ頭を踏みつけられ、嘲笑されてきた。
誰にも相談できず、幾度となく嘲笑われてきた。
だからレオの心は歪んだ。
――今度は俺が虐める側になるんだ。
――俺は弱くない。誰より強いんだから。
レオの歪んだ価値観を生み出したのは劣等感と屈辱、無力感で。
「負けないよ」
レオの言葉にシンが一言返す。
見れば、出血を止めるように〖千変万化のアーマー〗が流動し、腹部の出血を止めている。
そして右肘より先を〖千変万化のアーマー〗のジェルで代用し、シンは即席の義手を作り出している。
義手の扱いは初めてだが、装備やスキルの使用を直感的にアシストする感覚補助システムは適応範囲内。
感覚補助によりシンは地に落ちていた剣を拾い上げた。
「俺には守るものがある。だから負けない」
シンが真っ直ぐにレオを見据え、レオは顔を怒りで赤くする。
それではまるで『レオ自身には守るものがないみたいではないか』と。
ただ、それは図星で。
図星を突かれたからこそ、レオは激昂する。
「クソ野郎がぁあああああッ! ぶっ殺してやらあああああッ!」
レオの激昂を受けて、シンの頭は冷えていた。
先ほどはメイクの死の可能性を考えて隙を作ったが、もうミスはしない。
終わったことを気にしても仕方がない。
今はとにかくエンを守るのだと思考をシフトする。
「――フッ」
レオの横を颯爽と通り過ぎ、シンは背後を振り返る。
振り返った先、レオの身体は上半身と下半身とで分かたれていくところだった。
シンの目にも止まらぬ剣がレオの身体を二分したのだ。
油断をしなければ【真の覚醒者】【エンハンス・ストレングス】【エンハンス・アジリティⅡ】の掛け合わせでシンが負けることは基本ないのだ。
シンは絶対に敵のステータスを上回り、そこにシンの超絶技巧が合わさるのだから。
シンは地面に崩れていくレオの元に歩み寄り、言葉を掛ける。
「この街には俺も俺の仲間もいる。今後、身の振り方は弁えた方がいいと思うよ」
「おま……え……!」
シンは死に体のレオを見下して。
レオは見下されて。
シンはレオに刃を振り下ろす。
確実に止めを刺すためだ。
死に際に、レオがスミス・スキルやイレギュラー・スキルを発動する可能性も0ではない。
「……ぁぁ」
ただ、レオは虐められていた時の光景を思い出していた。
瞬時にトラウマが去来し、目の前の光景とトラウマが重なる。
――同級生の靴底が顔に迫る。
――シンの振り下ろされた刃が顔に迫る。
2つの光景が重なる。
(やめ……て……)
最後にレオは弱々しく心中で呟いて。
シンはレオの心の内など知らず、その顔に刃を突き刺した。
そこでようやくレオは光の塵へと身体を変えていった。
レオのHPが全損したのだ。
これにて“ルーキー狩り”のレオは打倒されたこととなる。
「っはあ…‥円、大丈夫?」
シンは少し離れたところに立っていたエンに話しかけた。
シンの声には覇気がなく、立っているのもやっとのようだった。
そんなシンを見て、エンは我に返ったのか夢中でシンの元へ走り出した。
そしてシンの胸に飛び込む。
エンの華奢な身体を受け止めるのも難しく、シンは尻餅をついた。
「っ……ひぐっ……わた、わたしのせいで……ごめんなさいっ……」
エンはシンに会いたいと願っていた。
しかし、その代償としてシンを戦いに巻き込み、シンに酷い怪我を負わせてしまったと思いこんでいるのだ。
泣きじゃくる妹を宥めるように、シンはエンを抱きしめる。
「円は関係ないよ……俺は個人的にレオを追ってたんだ。そこにたまたま円がいただけ……って、いつの間に円ブイモン始めてたの?」
「そ、それは……」
「あ、今それどころじゃないよね……。とりあえず場所を移そう」
シンは手持ちの〖ポーション〗でHPを回復。
そうしてシンとエンは共に〖転移の翼〗を使って、カフェ・スカイを目指すのだった。




