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第14話 灯された狩場

 □タルランタ8区


 ブイモン時間21時。

 タルランタ8区の裏路地をエンは歩いていた。


 場末の占い師こと神楽のアドバイス通り、複数のアイテムを持ちながら裏路地を歩く。


(ううっ……怖いよぅ)


 昼間は晴れていたこともあり、裏路地も暗くはなかったが、今は日も落ちている。


 裏路地はメインストリートから差す明かりくらいしか照らすものもなく。

 人通りも少ないことから、エンは言いようのない心細さを感じていた。


(でも、進まなきゃ)


 エンは足を止めずに裏路地を進んでいく。

 タルランタのメインストリートを避けて、8区の裏路地をひたすら彷徨うように歩く。


(進まなきゃ、兄さんに会えない)


 占い師の発言を鵜呑みにするのもどうかと思いつつ、エンは神楽の助言に縋るしかなかった。

 シンがゲームを始めたと知ってからリアル時間で3か月以上、エンはシンを探し続けてきたのだ。


(裏路地が少しくらい不気味だからって……今さら退かない!)


 そう覚悟を持って一歩足を踏み出した時だった。


 ――空気が変わる。


 裏路地の温度が一気に数度下がったのではないかと錯覚するほどに。

 エンの中で裏路地が一瞬にして死地に変わってしまったのだという確信が生まれる。


「っっあ……」


 エンを襲った強烈な寒気によって反射的に声が漏れてしまう。


 そして間髪入れず、エンの隣に2人の人物が降り立った。


「うぐはぁッ……!」


 1人は地面に叩きつけられ、そのまま体を光の塵に変える。


 そしてもう一方は――


「女の前でカッコつけたかったかぁ? 残念だったな、守れなくてさぁ! お前も、お前の女も雑魚! 死んで当然なんだよッ!」


 刺々しい言葉を吐きながら、赤い髪と瞳をした少年はブーツの底で地面に倒されたプレイヤーの頭蓋を踏み砕いた。


「あああああああ、雑魚どもの蹂躙気持ちいいいいいい!!!」


 愉悦に顔を歪めるプレイヤー・キラーの名はレオ。

 タルランタに集うルーキーをメインにPKしている“ルーキー狩り”。


(いや……やめて……)


 レオは隠そうともせず殺気を溢れさせ。

 エンは感受性の高さから、その殺気をダイレクトに受け取る。


 エンは今朝『注目のアスリート特集』で優谷渚の心境に涙していたように感受性・共感性が高い。

 今、エンには圧倒的強者からの殺気がダイレクトに突き刺さっている。


「あ……や、やだ……」


 エンは震える足で後ずさる。


「ん?」


 既にレオもエンに狙いを定めていた。


「……っ」


 レオと目が合った瞬間、エンは恐怖からその場に尻餅を突いてしまった。

 エンの身体は完全にすくんでしまっている。


「おいおい……始めたてのルーキーかよ?」


 エンはこれまでモンスターと戦闘を行ったことがない。

 この世界にはシンを探すためにやって来たからだ。

 戦闘の心得もなければ、身につけているものも初期装備だ。


 レオは怯え切ったエンを見て、舌なめずりをする。


(ああ……めちゃくちゃ興奮する……!)


 エンはレオに抗えない。

 恐怖で身体が竦んでしまっているからだ。


 対するレオは嗜虐心のままにエンで遊びたかった。


「おい、そんな泣きそうな顔すんなよ? そんなに俺が怖いか?」


 レオはエンの顔に自らの顔を近づけ、震えるエンをあざける。

 怯え、震え、涙を浮かべる同年代の顔が整った女子――それはレオの嗜虐心と劣情をこの上なく煽る。


「ほら、逃げてみろよ」


 レオはエンの腕を折らぬよう加減しながら引き、逃走を促す。

 自分から逃げる女子を追い詰めてから狩りたいのだ。


「い、いやっ……!」


 エンは咄嗟にレオの腕を振り払った。

 兄以外の男に体を触れられるのは気持ちが悪かったのだ。

 体が竦んでいても、それだけは抵抗できた。


(逃げなきゃ……早く……!)


 エンはレオから逃げるために裏路地を駆けようとするも足が絡まる。

 そしてすぐに転倒した。


「ビビりすぎだろ」


 呆れつつも、それを上回る興奮を覚えながらレオがエンへと近づき――


 唐突にエンの身体が煙に包まれた。


「なッ!?」


 レオは一瞬目を見張り、それが視覚阻害アイテム〖煙玉〗によるものであることを悟る。

 そのアイテムは神楽がエンに授けていたものだった。

 〖煙玉〗は強い衝撃が加わることで発動する。

 エンが地面に倒れた衝撃で、携帯していた〖煙玉〗が発動したのだ。


(いや、好都合だ)


 しかし煙で視界を阻害しようと意味はないとレオは思った。

 むしろ煙のどこから自分が現れるか分からないシチュエーションの方が、エンを怯えさせることができるとまで思った。


 だから、すぐにエンを拘束しようとはせず。


 ――エンの携帯していた2つ目のアイテムが倒れた衝撃で発動する。


 エンの直上10メートルほどの位置に火球が打ち出され、まるで花火のように炸裂したのだ。

 マジック・アイテム〖幻影花火〗。

 熱を伴わず、ただ上空に飛来し、眩い光と音を炸裂させるアイテム。


「ッ……! 救難信号だとッ!?」


 レオは頭が切れるタイプではない。

 むしろ自分の強さに酔ってしまい、冷静な判断ができなくなるタイプだ。


 レオはエンが〖煙玉〗で身を隠した時に、次なる一手を警戒すべきだったのだ。

『自分が最も強く、狩る側にいる』という先入観が油断を生んでしまった形だ。


「チィッ!」


 レオは舌打ちをしながら、煙をかき分ける。

 幸い、エンはその場から動いてはいなかった。

 いや、レオの本気の殺気を受けて動ける方がおかしいか。


「逃がすかッ……!」


 レオはエンの腕を再度掴もうとする。

 しかし――


「やあっ!」


 エンはレオ目掛けて〖麻痺網〗を投げつけた。

 そのアイテムもまた神楽によって授けられていたものだった。


 エンの手元を離れた瞬間に、手の中に収まっていた〖麻痺網〗は獲物を捕縛するように急速に広がり、レオに絡みついた。


「なッ!?」


 レオは再度驚愕する。

 弱者だと思っていたエンに裏をかかれたからだ。


 本来、レオはAGI差でエンの挙動を見てからでも〖麻痺網〗を躱せただろう。


 しかし、負けるはずがないという油断と、後手に回ったことによる焦燥感、そして体が竦んでいたはずのエンからの反撃という予想外が重なった。

 結果、レオは〖麻痺網〗を躱すことができなかったのだ。


 なおエンは〖煙玉〗が発動するまでは体が竦んでしまっていた。

 〖麻痺網〗をレオにぶつけるなどと言う行動もできないほどに。


 しかし、〖煙玉〗が作動してエンは思い出したのだ。

 願いを叶えるためには代償が必要なのだと。

 シンに会うためには、目の前のプレイヤー・キラーを退ける必要があるのだと。


 だから勇気を振り絞って〖麻痺網〗を投げ、完全に意表を突かれたレオは網に捕まった訳だ。


(逃げられる……急がないと!)


 エンは煙をかき分けるように走り出す。

 先ほど同様、足が絡まりそうになっても何とか踏ん張って前に進む。


「がぁああああッ!」


 後方よりレオの怒号が伝わる。

 レオから放たれる殺気は先ほどよりもなお強くなり、エンの背中を冷や汗が伝う。


 それでもエンは煙の中を進む。

 好きな人の元へ辿り着くために。


(兄さん……)


 想い人の名を心中で呼ぶと同時――


「――逃がすかぁッ!」


 エンを一際強い殺気が襲う。


 瞬間、エンは直感する。

 自分は数瞬の後に狩られるのだと。


 ならば自分にできることはと考えて――


「助けて……兄さんっ!」


 か細い声ではなく、大声で叫ぶ。

 その声は裏路地に木霊し――


「助けなんざ来ねえよ!」


 レオの声がエンの声をかき消す。

 未だ軽く麻痺の残る体でレオが追随し――


「――いいや、助けに来た」


 何者かが煙の中でエンを抱き留めた。

 そしてそのまま煙の外へと出るように、何者かはエンを抱えて飛び退る。


 そして煙の外へ出た3者は互いを確認した。


「兄さん……」


 エンは容姿が微妙に異なる――しかし実の兄であろうプレイヤーを呼ばわった。

 容姿は所どころリアルとは異なるが、その身から溢れる雰囲気は兄のものだったのだ。


「兄さんって?」


 一方、エンを助けたプレイヤーであるシンは首を傾げる。

 しかしエンの顔を見た瞬間、合点した。


 エンはゲーム自体初めてなのでアバターメイキングをほとんど凝っていない。

 髪と瞳の色が少し紫がかっているくらいだ。


 そのためシンも自分の助けたプレイヤーが円であることがすぐに分かった。

 抱き留めているプレイヤーの『兄さん』という呼び方や声、顔を見れば、自分が助けた相手が妹だということくらい分かる。


「なるほど」


 抱きかかえていたエンを地面に下ろしつつ、シンは頭を切り替える。

 直面している問題は今なお解決していない。


 シンは静かな夜を思わせるような〖廻拓の剣・黒〗をレオに向ける。


「お前が“ルーキー狩り”のレオだな?」


 問われたレオは不敵に、しかし下卑た笑みを浮かべる。


「だったら?」


「狩人に狩られる屈辱を刻んでやろうかと」


 シンらしくない挑発的な言い回し。

 これはルーキーを狙ってPKするレオをシン自身が好ましく思っていないからだ。


「いいねぇ。面白い」


 シンの自信げな発言にレオが舌なめずりをする。


 この時点で両者、状況をおおよそ把握している。

 先ほどエンから放たれた〖幻影花火〗が目印となり、シンはこの場に駆け付けたのだ。


 それに加え、シンがこの場所に駆け付けるまでにはメイクの推理や〈ニート〉のコネクションも使ったが。


 現在、メイクは遅れてこの戦場を目指している。

 〈ニート〉から貸与されたギルメンはエンのケアに当たっている状態だ。


「――さぁ、始めようか。狩りの時間を」


 シンの発言を皮切りに裏路地が照らされる。

 それは家屋の屋根に上った〈ニート〉や〈ライフ〉のギルメン達の魔法によるもの。

 この戦場を照らし、シンの狩りをサポートするためのものだ。


 ――と、そこでレオが気づく。


「お前は……あの時のッ……!」


 そう、シンとレオには因縁がある。


 シンがブイモンに初ログインした日。

 あのチュートリアルの場でシンはレオを一度下している。

『カップルでゲームスタートするのが気に食わない』という理由で、レオはシンに喧嘩を売り、返り討ちにされたのだ。


 レオはあの時の敗北を今も根に持っている。

 タルランタで“ルーキー狩り”をやっているのも、未だルーキーであろうシンを殺すためだった。

 エナメルコートの青年に協力してもらい、パワーレベリングを行い、急激に力をつけたのもそのため。


 実際は、シンはG2を制覇しルーキーを脱しているのだが……。


「覚えてるか? あの時、俺はお前に言った! 今度会ったら必ず殺すってなぁッ!」


 対するシンは不思議そうに問う。


「君とは初対面のはずじゃ?」


 嘘偽りないシンの発言。

 つまりシンはレオのことなど覚えてはいなかったのだ。

 それがレオの逆鱗に触れた。


「ぶっ殺してやるよ……! リア充がぁッ!」


 自分はリア充なのか、と考えつつシンもレオへと駆けた。


「ああ、受けて立つ……!」


 かくして“新星”と“ルーキー狩り”の戦いが幕を開ける。

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[一言] 全ての作品と更新に感謝を込めて、 既読しましたご縁がありましたらまた会いましょう。
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