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第13話 願いと代償⇦これテストに出ます

 □タルランタ8区


 タルランタ北北西8区を騒がせる“ルーキー狩り”騒動。


 その騒動をルーキー・熟練者問わず、耳にしている中。

 そんな騒動など露ほども知らずにタルランタ1番街を歩く少女がいた。


 ちなみに1番街とは1区と8区に挟まれたメインストリートの1つである。


「はぁ……兄さんはまた昼間から楓ちゃんとイチャイチャしてるし……最悪だよぅ……」


 リアルと同じく、ブイモン世界も午前中。

 空は晴れているが、少女の声は沈んでいた。


 少女の名は『エン』。

 身長は152センチ、体つきも華奢で。

 紫がかった艶のあるロングヘアと瞳をした少女である。


 そして先ほどの呟きからもお分かりの通り、エンはシンの妹の円である。

 リアルとは違い、眼鏡は掛けていないようだ。


「兄さん……どこにいるんだろ……」


 シンがメイクに誘われてブイモンを始めてからというもの。

 エンもブイモンの世界でシンに出会うためにブイモンを始めていた。


 シンを探すだけの日々を送っていたので、戦闘経験もなく、装備も初期装備から変わっていないが……。


「いっそのこと一緒に遊びたいとか言ってみる……? いやいやいや、それはダメ! 恥ずかしすぎるし、それに――」


 エンは独り言を呟きながら1番街を歩く。

 シンに一緒に遊びたいことを伝えれば二つ返事でOKしてくれるだろう。


 しかし、エンはシンを前にすると緊張で上手く話せなくなってしまうのだ。

 幼い頃は気づかなかったが、エンは中学生になった頃から兄に好意を寄せている自分に気づいた。

 家族に向ける親愛とは別の、恋愛感情を。


(兄さんと仲良くしたら、絶対にもっと好きになっちゃう……)


 エンは自らの気持ちに歯止めをかけることがままならなくなっていた。

 しかし、兄に恋愛感情を持ってはいけないという自制心も残っている。


 兄に冷たい態度を取っていたのも、兄をこれ以上好きにならないようにというエンなりの努力である。

 当のシンは妹に嫌われたと思ってショックを受けているが……。


(でも、この世界でなら――)


 エンがブイモンを始めたのには理由がある。

 それはブイモンの世界で()()()()()()()()()()()()()()()

 そうすればシンと自然な形で仲良くなることができ、果てには自分の気持ちを伝えることができるかもしれないと考えた。


 シンは鈍感かつ人間関係も希薄。


 ゆえに『円』が『エン』としてシンに近づいても、シンはエンが妹だと気づかない可能性が高い。

 流石にメイクは気づくだろうが……。


 ともかくエンは他人の振りをしてシンと友達になりたいのだ。

 兄と妹ではなく、まずは友達から。


「でも、当てがない……どうしよう」


 しかし、エンはシンの場所など知らない。

 そもそもシンのアバターがどのような格好をしているかさえも知らない。


「って、ちょっと待って……ここどこ……?」


 エンはぽつりと呟いた。

 どうやらシンのことに意識を向けるあまり1番街から逸れて、8区の裏路地に侵入していたらしい。


(なんだか人気がないなぁ。ちょっと怖いかも……)


 ブイモン世界は午前9時ほど。

 空から降り注ぐ陽光で、明るさは担保されているものの、裏路地の静まり返った雰囲気は少しだけ気味が悪かった。


「戻らないと」


 来た道を引き返そうと、エンは身を翻す。

 しかし、そこで気が付く。


 裏路地に机と椅子の簡易的なセットで店をやっている人がいることを。

 立て看板には『迷える人へ』と書かれている。


(店名とか書かないんだ)


 エンは少し疑問に思いながら、自然とその店に近づいていた。


 元来、エンは引っ込み思案な気質だ。

 裏路地で店をやっている怪しい人物に話しかけられるほど肝も据わっていない。


 しかし、この時ばかりは自然とその店に足が進んだ。


 立て看板に書かれていた『迷える人へ』というメッセージに釣られたこともあるのだろうが。

 それと店をやっているプレイヤーが可愛らしい女性プレイヤーだったこともあるか。


「――こんにちは。いや、この世界の時間軸に照らせば、おはようの方が合ってるかな?」


 店の椅子に座っていた女性がおどけるように言ってみせる。


 女性は紫と水色の入り混じったような珍しい髪色をしていた。

 瞳も発光しているのではないかと見まがうほどの輝きを放つ水色をしている。


 どこか超然としている人だと、エンは思った。


「あ、えっと……おはよう、ございます」


 エンは遅ればせながら、小声で挨拶を返した。

 幸い、裏路地は人がいない。

 静まり返っていたため、エンの小声も女性にはしっかりと聞こえた。


「迷ってるんでしょ?」


 突如、女性はそう尋ねる。

 唐突にこんなことを聞かれれば、普段のエンならばテンパるだろう。

 しかし、エンは不思議と思いを吐露してしまう。


「あ、はい……」


「恋愛関係だよね? 好きになっちゃいけない人を好きになってるみたいな。気持ちが板挟みになってるんじゃない?」


「――! はい……!」


 女性が何をもってそう言ったのかは分からない。

 しかし、その指摘はエンの心を適切に言い表していた。


「あなたはその板挟みを解消したくて……いえ、少しでも紛らわせたくてブイモンの世界に来た。違う?」


「いえ、合ってます……!」


 エンはまるで超能力を使うような女性に興奮し、つい尋ねる。


「あなたは……! あなたは何者なんですか!?」


 珍しく頬を紅潮させてエンが問うと、女性は笑う。


「場末の占い師とでも言っておこうかな。名前は神楽かぐら


 プレイヤーネームを隠すこともなく、不思議な女性は神楽と名乗った。


「神楽さん……」


 一つ間を置いてから、エンは店の机に手を付いた。

 彼女にしてはやはり珍しく、勢いが良かった。

 それも直面している難題を解決したいという想いが強いからだろう。


「わたしはどうすればいいですか? わたしは好きな人と結ばれなくたっていい。

 ただ彼と兄妹じゃない形で出会いたい。自然と友達になって、好意を伝えることができたらそれで満足なんです……!」


 リアルで想いを告げることはできない。

 思いを告げて、兄に拒絶されるのが怖いからだ。


 しかし、この世界ならば――エンはシンに想いを伝えられる。

 シンはエンを妹だとは思わないはずだから。


 エンの想いを聞いて、神楽は超然とした様子を少し崩す。

 そして薄く笑みを浮かべて、尋ね人の願いを叶えんと助言を施す。


「今日のリアル時間15時頃――ブイモン時間は21時くらいかな。その時間にここ8区の裏路地を散歩してごらん。

 思うままに歩いていれば、想い人は向こうから会いに来てくれる」


「――!」


 エンはその言葉に息をのんだ。

 ついさっき自らの気持ちを言い当てられたこともあり、エンは神楽の言うことをすっかり信じている。


「――ただし、()()()()()()()()()だ」


 誰かが笑えば、誰かが泣く。

 いや、世間を見渡せば10人の不幸の上に1人の幸福が成り立っているといっても間違いではないのかもしれない。

 それほどに幸福を手繰り寄せるためには不幸が必要である。

 願いの成就には代償がいる。


「とはいえ、私は幼気な少女から何かを取り上げようとはしない。

 ただ、君がブイモン時間で今夜、8区裏路地を歩くというならそれなりの覚悟をしておいてほしいんだ」


「それなりの覚悟……代償……」


 ぽつりぽつりと呟くエンを見て、神楽は微笑んだ。

 エンの不安そうな様子を少しでも緩和させようとしたのかもしれない。


(丸腰で死地に送り込ませるのも可哀そうかな)


 神楽はエンが今夜8区の裏路地を歩いた場合に起こることを――()()()()()()()()()


「これを持っていくといい」


 そう言ってエンの前に取引画面がポップする。


「これは……?」


 恐る恐ると言った様子でエンが聞くと、神楽は「私からの激励」とだけ言ってエンの手をそっと握った。

 そして取引画面にタッチさせる。


「インベントリの使い方は分かるよね? そこにアイテムをプレゼントしておいた。夜はそれを携帯しながら歩いて」


「分かりました」


 エンもその言葉を信じる。

 願いのための代償。

 シンに出会うために潜り抜けなければならない死線があるのだとエンも直感した。


「アドバイスはこれで終わり」


 神楽に言われ、エンは咄嗟に質問する。


「え、えっと、お代とかは……?」


 高額請求されたらどうしようとエンは怯えていたが――


「言ったでしょ? 幼気な女の子から何かをせびる気はない。そもそも、この店には()()()()()()()()()()しか来れないんだから」


「?」


 エンは神楽の発言の意味を理解しかねて、やはり不思議な人だと思った。


「あの、ありがとう、ございました」


 アドバイスを貰って、なんだか変に冷静になってしまったエンは頭を下げた。

 対する神楽はエンの華奢な肩に手を置いて「応援してるよ。運命に吞まれるな」と言った。


「は、はい」


 運命に呑まれるな、というアドバイスは理解できなかったが、エンはその場を離れる。

 ともかく彼女のやることは決まった。


 ブイモン時間で今夜21時。

 場所は8区の裏路地で。

 エンは神楽によって観測された運命を歩むこととなる。

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