第16話 『一緒に頑張ろう』って言えたなら
□タルランタ:〈ニート〉本部
〈ニート〉本部である巨大洋館の一室。
ニートは千里眼スキル【クレアボヤンス】を発動し、タルランタで起きている事態の全容を把握していた。
(そういうことだったか……マズいな……)
そしてニートは今しがた事態の悪化を見て取っていた。
時間としては、シンがレオを倒した直後のこと。
普通ならば“ルーキー狩り”のレオが討たれて事態は収束するタイミングだが……。
(〈ニート〉〈ライフ〉各員へ通達する……今すぐタルランタ3区に向かってくれ……)
ニートは【テレパシー】を用いて、〈ニート〉および〈ライフ〉の仲間へと思念を飛ばす。
しかし、ニートはなぜ味方を3区に向かわせるのか?
それはニートが【クレアボヤンス】で見ている光景によるものである。
ニートの青い右目に映し出される光景。
シンの決着を見たニートはとある少女の無事を確認する為に【クレアボヤンス】を使用していた。
その少女がシンの追っかけをやっていることはニートも知っており、今日この時もタルランタにいるであろうことは分かっていたのだ。
結論から言えば、その少女はタルランタにいた。
しかし、8区ではなく3区に。
そして少女が3区にいる理由をニートもすぐに理解した。
千里眼で3区の路地を俯瞰するニート。
その眼には、少女を取り囲むように黒い仮面を付けた者たちが映っている。
黒い仮面が示すのは、彼らが“最悪のギルド”と呼ばれるギルドの一員であることに他ならず。
周囲では既に小規模ではあるが“最悪のギルド”と〈ライフ〉による抗争が始まっている。
(8区の“ルーキー狩り”騒動は……囮だった……。3区で暴動が……起きている……)
ニートは味方に思念を送っていく。
レオによるPK騒動は“最悪”のギルドが仕掛けた策謀である。
〈ライフ〉本部のある8区でPK騒動を起こし、レオの鎮圧に人手を割かせた。
しかし、8区のPK騒動は囮――いや“最悪のギルド”にとってレオは目当てのプレイヤーを釣るための撒き餌とも言えるか。
ともかく本命は3区にある。
3区には〈ライフ〉の支部がなく、〈ライフ〉本部のある8区とはほぼ反対に位置している。
8区に人手を割かせた今、3区で暴動の鎮圧にあたる人員は必然的に手薄になるのだ。
(至急……事態を収拾せねば……)
ニートは“最悪のギルド”として名を轟かせる2つのギルドを知っている。
彼らの望みを知っている。
ゲーム内時間で3年近く前。
イスタ大陸を舞台に行われた大規模戦闘――黎明大戦にて。
Aceやナギがその場にいたように、ニートもその惨状を目撃し――
そして戦いの発端を知ってしまっている。
冷えた頭でニートは【テレパシー】を再発動。
連絡相手はシンに限定している。
(シン……タルランタ3区に向かってくれ……)
そしてニートは本来ならば、このタイミングで伝えるべきでなかったメッセージを伝える。
(そこにシンの探している……仮面の少女がいる……その少女を守ってくれ……)
後手に回った時点で、仮面の少女を守れる可能性が低いことはニートも悟っている。
それでもシンならば仮面の少女を救えるかもしれないと考え、ニートは思念を飛ばした。
◇
タルランタ2区、カフェ・スカイにて。
シンは空の回復アイテムによって治療を受けていた。
「ひどい怪我でしたが問題なく治りました。そして今度は3区に赴かれると?」
「はい」
空に聞かれ、シンは少し険しい面持ちで応える。
シンはパーティ欄を確認しており、メイクの死亡を知ってしまったのだ。
しかし、今しがたニートから通達された情報も無視できない。
(俺の探していた女の子が3区にいる……)
主戦場に移り変わっているという3区。
恩人である少女を助けないという選択肢はもちろんなく。
そして暴動を鎮圧しないという選択肢もない。
タルランタと言う街がこれからも多くのプレイヤーにとって心安らげる場所であり続けるために。
「行ってきます。この騒動を終わらせるために」
騒動の全容をシンは知らない。
しかし何か大きなことが起きているのだろうことは分かっていた。
でなければ〈ライフ〉本部があり、8大都市で最も平和とされるタルランタで大規模な暴動など起こらないだろうからだ。
シンの返答を聞いた空は、シンの緊張を解くように柔らかく笑いかける。
「エンさんは僕にお任せください。必ずお守りします。それと優男くんや乞食くん、楽団くんを一緒に向かわせてあげられず申し訳ありません」
リアル時間は15時30分。
優男や乞食、楽団は皆リアルでの用事があり、ブイモンにログインしていない。
「リアルの用事があるなら仕方ないですよ。お三方が次にログインした時、勝利報告ができたらいいんです」
隣にメイクがいないことに少なくない違和感を抱きながら、それでもシンは笑って見せる。
シンの言葉に空もまた笑い返す。
そして空の隣にちょこんと立つエンが心細そうにシンに言葉を掛ける。
「兄さん……あの…………頑張って」
何というべきか分からず、エンはか細い声でそう口にする。
アバターの身体とは言え、こうしてシンと面と向かって話すのはやはり緊張するのだ。
先ほどはレオとの戦いの渦中と言うこともあって、恥じらいの気持ちなど感じる暇もなかっただろうが……。
シンはそんなエンの頭を撫でて、カフェ・スカイの扉をあけ放つ。
メイクはおらず、エンも空に預け、たった一人で暴動に飛び込んでいく。
迷いは命取りになると心に留めて、シンは一歩を踏み出す。
「空さん。妹を頼みます!」
「ええ。お任せください」
そうしてシンと2人は別れた。
残されたカフェ・スカイで。
空はエンを落ち着けるため、彼女に紅茶を淹れていた。
しかし、エンは紅茶に手を付けず、窓の外を眺めるばかりだ。
膝の上に置いた手には力が入り、時折唇が震えている様子も見られる。
シンを心配しているのだろう。
たとえ、この世界で与えられた命が仮想のものであっても。
「――少し自分語りをしてもよろしいですか?」
空はエンと同じテーブルに就き、柔らかい口調で尋ねた。
そこでエンは我を取り戻したのか、空の方を向いて少ししてからコクリと頷いた。
それを見て微笑みつつ、空は言葉を重ねる。
「今、僕はしがないカフェをやっていますが、昔はゲーム攻略に精を出していました」
空は昔を振り返るように、ぽつりぽつりと呟いていく。
その声音に含まれるのは、昔を懐かしむ気持ちと悲哀の情か。
「ですが……ある日ゲーム攻略を辞めたんです。仲間との不和が原因の1つでした」
それは空が『空パイセン』を名乗る以前の話。
優男や乞食、楽団もまだ別の名だったブイモン黎明期の話。
4人は同じパーティで、しかしもう1人パーティには仲間がいた。
「仲間の1人と道を違えたあの時、せめて僕にもっと力があれば……そう思いました。
道を違えた仲間は性根が真っ直ぐで嘘が吐けないような、とにかくいい人だったんです」
空や優男、乞食、楽団の心に存在する正義と。
4人の元を去ってしまったプレイヤーの持った正義の形は異なった。
どちらの正義が正しいかという問題ではない。
どちらの正義を信じるかという問題だった。
「分かったような口を利くことをお許しください。おそらく……僕はエンさんの気持ちが少しだけ分かります」
その言葉と共に空が横を見れば、そこにはポロポロと涙を零すエンの姿があった。
空が過去を振り返るたびに、空の感情がエンに伝わって。
そしてエン自身のやるせない気持ちが彼女を涙させている。
「先ほどシンさんを送り出す時、エンさんはシンさんに『頑張って』とは言いたくなかったんじゃないですか?」
空はエンを見てどこか自分に似ていると思った。
無力であるがゆえに、仲間のために動けない自分が嫌になっているというところが。
そこでエンが声を震わせながら、口を開いた。
空の言いたいことが伝わったのだろう。
「わたしはっ……兄さんの力に……なりたかった……っ」
それがエンの本音だった。
エンはシンを送り出したかったのではない。
レオという脅威から、自らを守ってくれたシンの力に。
いいや、好きな人の一番近くでただ力になりたかったのだ。
だから『頑張って』などとは言いたくはなかった。
しかし、エンが付いていってもシンの足手まといになるのは確実。
ゆえにエンは付いていくとは言わなかった。
「大丈夫です。エンさんは強くなれますから」
空の言葉に根拠はない。
しかし、その柔らかい声音が胸にしみて、エンは一度大きく頷いた。
空はエンにハンカチを手渡し、エンは涙を拭う。
今この時より、エンがブイモンをプレイする新たな理由が決まった。
――シンの近くにあり続け、彼の力となること。
既にエンの顔に涙はなく、その表情を見た空は一際優しげな笑みを浮かべた。




