第11話 生活指導を始めます
□タルランタ8区の裏路地
「クソガキ相手にやってらんね~」
「とか言いつつ、いつも通りキレキレじゃん!」
ケンケンとキョースケは仄明るいオーラを纏いながら、レオと戦っていた。
2人の保有スキル【ガーディアンズ・スラッシュ】はレオの防御を破ってダメージを与え、【ガーディアンズ・リフレクト】は受けたダメージの一部を跳ね返す。
2人は似ても似つかない性格ながらも、抜群の相性を見せて連携を取っていく。
本来ならば、ケンケンとキョースケの猛攻を食い止めるのは困難だが……。
「乱入してくるタイミングが悪すぎなんだよ、ハゲの犬ども」
〈ライフ〉のギルマスであるハゲ先生。
その懐刀である“番剣”と“狂剣”――それを『ハゲの犬』と揶揄してレオは笑う。
レオの保有するスキル【タイム・ストレングス】【タイム・アジリティ】は戦闘時間が延びるほどに、レオのSTRとAGIを上昇させていく。
先ほどレオがPKを終えたと同時に、ケンケンとキョースケは8区裏路地に到着した。
ゆえにレオは1つ前の戦闘から【タイム・ストレングス】と【タイム・アジリティ】の恩恵を受け継いだまま戦っているのだ。
とはいえ、ケンケンとキョースケの到着がほんの少しでも遅れていれば、レオを取り逃がしていただろう。
到着のタイミングは変えようがなかった。
「STRとAGIが高いね……。オレとケンケンを同時に捌くなんてなかなかできることじゃないと思うんだけど……! ま、コレも問題なんだけどさ」
キョースケはそう言って、自らを苛む状態異常に気を向けた。
レオは【カース・エリア】なるスキルを発動している。
【カース・エリア】はスキル発動地点から、半径100メートル以内にいるプレイヤーにランダムな状態異常を付与するのだ。
ちなみに、スキル使用者に状態異常は付与されない。
レオは【カース・エリア】の発動地点から務めて動かず。
ケンケンに『毒』を、キョースケに『衰弱』を付与し続ける。
『毒』状態はスリップダメージを与える状態異常であり、『衰弱』は身体に力が入りづらくなる状態異常だ。
(前の戦闘から7~8分ってとこか……)
レオはふと思考する。
【タイム・ストレングス】と【タイム・アジリティ】の強化を受けつつ、【時流伸長】の体感時間の伸長も受けて。
レオがこの戦闘で初めて、攻勢に出る。
「はッ……!」
【カース・エリア】の発動地点から少しだけ動き、レオがキョースケに肉薄。
暗いオーラを纏った剣を上段から振り下ろす。
「チッ!」
キョースケは思わず舌打ちをする。
戦闘時間が延びるほどに、AGIに差が開いていたことをキョースケも見て取っていた。
その上で自身が『衰弱』状態に陥っていることも。
咄嗟に回避しようとするが間に合わない。
「ったく……ガキのお守りは面倒だってのによ……!」
しかしレオの攻撃はキョースケに届かなかった。
レオの攻撃をケンケンが自身の剣で受け止めているからだ。
『ガキのお守りは面倒』というおよそ教師らしくない発言には目を瞑ろう。
だが息つく間もなく――
「ぐッ……!」
レオの蹴りがケンケンの腹部に突き刺さる。
もろに入った蹴りはケンケンに少なくないダメージを与え、ケンケンの口元から少しの出血が見られた。
それを見て、レオは笑う。
レオは【カース・ブラッド】というスキルを発動している。
当該スキル発動中に出血を見せた者は、その場から半径100メートル以内に出られなくなるのだ。
「【カース・エリア】!」
そこでレオは再度、【カース・エリア】を再発動。
前回の【カース・エリア】の発動座標を新しいものへと入れ替える。
つまりケンケンが動くことのできるエリアと、【カース・エリア】の範囲がピタリと重なったということだ。
【カース・ブラッド】と【カース・エリア】のシナジーが完成。
ケンケンは出血地点から半径100メートルより外に出られず、状態異常からも逃れられない。
再発動された【カース・エリア】によってケンケンに『酩酊』が、キョースケに『麻痺』が付与される。
「くそッ……面倒だな、まったくよ~」
ケンケンはグラつく視界の中、レオに剣を向け――
「だね~。でも、いつも通りっていえば……いつも通りだよね!」
キョースケは痺れる手で必死に剣を握り込む。
彼らが経験してきた死地は数知れない。
劣勢に立たされても、焦りはなかった。
「――おい、クソガキ」
ケンケンはレオに話しかける。
それは【自動HP回復Ⅱ】によるHP回復のための時間を稼ぐため。
HPが充分にあれば【ガーディアンズ・リフレクト】によるダメージ反射でレオを打倒できるからだ。
それにレオは防御無視ダメージと反射ダメージに気づいている様子がない。
本来ならばプレイヤーは感覚補助システムによって、自身のHP減少を直感的に理解できる。
レオがHPの減少に気づけていないのは、ダメージの1つ1つが小さいためだろう。
しかし、1回1回のダメージ量は少なくとも確実に蓄積している。
加えて自身が優位に立っている状況に、レオ自身が冷静さを欠いているのか。
「なんだよ、犬のおっさん」
レオも会話に乗る。
レオには【タイム・ストレングス】と【タイム・アジリティ】がある。
戦闘時間が延びるのは彼にとっても望むところだった。
レオは圧倒的な力をもって、相手に恐怖と無力感を味わわせるのが好きだ。
敵が〈ライフ〉の懐刀ともなれば猶更。
彼らを地に伏せさせ、ブーツの底で頭蓋を砕いた時はさぞ気分がいいのだろうと想像している。
勝ちを確信したレオの笑みを見て、ケンケンは苦しげに笑う。
「クソガキなんざ、どうだっていい……って言いたいんだがな。そうもいかねえ。だから、あの人の代わりに俺が指導してやる」
ケンケンは自らの上司であり、この世界の“守護者”たるプレイヤーを思い浮かべる。
「はぁ?」
対するレオはと言えば、疑念を抱くほかない。
自らが圧倒的優勢に立っている状況で、この騎士は何を言っているのかと。
グラつく視界の中。
レオが気分悪そうに首を傾げる様子を見て、ケンケンは笑う。
そしてキョースケもそんなケンケンを見て笑った。
(まったく……ケンケンは面倒事が嫌いなんて言いつつ、誰のことも放っておけないんだからさ~)
ケンケンは『のらりくらり』人生を惰性で生きるというのがモットーだ。
だから面倒事に巻き込まれるのは嫌いである。
ケンケンが面倒事を嫌うのは、面倒事を放っておけないから。
面倒事を見てしまえば首を突っ込まずにはいられない『お節介体質』なのだ。
疲れるから面倒事は避けたいのに、どうしようもなく首を突っ込んでしまうというわけである。
そのため、本来ならばブイモンなどやらずにリアルをのらりくらり生きていたいというのが本音なのだが……。
ハゲ先生との“契約”もあって仕方なくブイモンをプレイしているのだ。
――しかし、ハゲ先生とキョースケは確信している。
――ケンケンの心に根差す正義の心に。
ケンケンは3本の剣が交叉する刺繍が入ったマントをなびかせながら、宣言する。
「――生活指導を執行する。レオ・アンブレイカブル」
レオの頭上に表示されたプレイヤーネームを見て、ケンケンはそう呼ばわった。
その言葉を皮切りに、3者は呪いによって閉ざされた直径200メートルの円系フィールドを疾駆する。
「ッ!」
「くぅッ!」
「はぁッ!」
依然、ケンケンとキョースケは劣勢。
【カース・ブラッド】はほどなくキョースケにも適応され、2人は呪いの壁によって移動を制限される。
そして戦闘時間が経過するごとに、レオの力と速さが増していく。
「威勢のいいこと言ってもさぁ……!」
レオが笑みを浮かべながら2人を追い詰めていく。
「実力が伴わないんじゃさぁ……!」
剣を振るい、ケンケンとキョースケのHPは着実に削れていく。
「誰も救えないし、誰も守れねぇんだよッ! 正義を騙って悪人を取り締まる……? バカバカしいんだよッ!
これはゲームだ……MMOだ! 仲良しこよしのゲームじゃねぇ! プレイヤーが敵対者を殺すゲームなんだよッ!」
レオは叫び、徐々に速まる剣速にケンケンとキョースケも攻撃を受けることしかできない。
しかし、そこで身体の端々から血を流したケンケンが言う。
「違うぜ、クソガキ」
「あぁ?」
「仲良しこよしするために正義の味方面してるわけじゃねぇ。
困ってる奴らの助けになりたいって物好きに巻き込まれて、仕方なく治安維持してんだ」
その物好きはもちろん〈ライフ〉のギルマス、ハゲ先生であり。
ハゲ先生の理念に賛同し、〈ライフ〉に属するプレイヤーのことを指している。
「ケンケンもその物好きに含まれるくせに」
「うるせぇぞ、悪ガキ」
ケンケンはキョースケのからかいを一蹴。
そしてレオの動きをあやふやな視界で何とか捉え、追いすがる。
「偉そうに説教とかキメェんだよ! 言ったろ!? 雑魚に……負け犬には何も変えられない! 俺の考え方もなッ!」
その声とともに、振るわれた横薙ぎの一閃はケンケンとキョースケの2人を吹き飛ばした。
2人は【カース・ブラッド】によって仕切られた見えない壁にぶつかり、そのまま動きを止める。
2人は既に立ち上がれる状況になかった。
「――終わりだ、負け犬ども」
その声とともに振るわれたレオの剣はケンケンとキョースケに迫り――
突如、何かに弾かれた。
「は?」
レオが素っ頓狂な声をあげる。
剣が何者かによって無理やりに軌道を変えられた感覚。
しかし、ケンケンとキョースケは何もしていない。
まったく異なる何者かが、この戦場に介入してきたことは明白だった。
そしてレオは目の端に捕らえる。
自らの剣の軌道を逸らした原因――地面に落ちて軽い音を鳴らす1つの銃弾を。
「――やぁ、レオ。悪いけど、その2人に止めを刺すのはオススメしないかな」
その介入者はいつの間にやらレオの背後に立っており、柔らかな口調で話しかけた。
話しかけたのはグレーのエナメルコートを着た赤眼の青年。
レオのPKに協力していながら、レオでさえ名を知らぬ人物。
その人物は今、エナメルコートのフードを被って、目元を黒い仮面で覆っていた。
「止めを刺すなって……どういうことだよ?」
レオが不思議そうに問えば、コートの青年は微笑をたたえたまま答える。
「自分のHPを確認してごらん? その間は俺が〈ライフ〉の2人を監視しておこう」
促されるまま、レオは自身のHPを確認した。
そして驚愕する。
自身のHPが残り1割を切っていることを。
これは主に【ガーディアンズ・リフレクト】による反射ダメージの影響だ。
1回1回の反射ダメージは少なくとも、塵も積もれば山となる。
【自動HP回復Ⅱ】を持ったケンケンとキョースケにとって長期戦は絶好のシチュエーションと言える。
「“番剣”と“狂剣”はダメージを反射するスキルを持ってる。言わなかったっけ?」
「言われてないけど……? お前はただ『“番剣”と“狂剣”が現れた場合は駆けつけるかもしれない』って言っただけだ」
「あれ? そうだっけ? ごめんごめん、伝達ミスだ!」
おどけるように言う青年にレオは溜め息をついた。
青年のこうした抜けた言動は今に始まったことではない。
とはいえ、レオが青年に牙を向けることはない。
青年の力なしには〈ライフ〉本部と〈ライフ〉支部が3つあるタルランタでPKなどできないからだ。
「ともかく、この2人に止めを刺せば反射ダメージでレオが死んじゃうかもしれないんだ。それは困るでしょ?」
「それならHPを回復してから――」
「いいや、ダメだよ。敵方の増援が来る。いくらレオと言えど果てしない物量の前には確実に負ける」
咄嗟に何か言い返したくなったレオだったが、青年に何を言っても無駄そうなことは学習していた。
結果、おとなしく従うことにした。
ケンケンとキョースケを殺すことができなかったのは不本意だったが……。
「まぁ、もう少しゆっくりして行けよ……」
そこでレオと青年の会話に割り込んだのはケンケンだった。
【自動HP回復Ⅱ】の恩恵で身体の傷も治っている。
隣には同様にキョースケも立ち上がっていた。
2人は未だ戦闘を継続するつもりだ。
ここでレオと赤眼の青年を引き留めることができれば、駆けつけた増援で2人を確保できるのは間違いないからだ。
そこで、青年が微笑をたたえたまま宣う。
「うーん。同性とはいえイケメンさんに言い寄られると断りづらいんだけど、今日はパスかな」
青年はまたもおどけるように言って、レオに退却を促す。
「またな、犬ども」
レオは一足早くに現場を離れ、その後を追うように青年も駆け出そうとする。
【カース・ブラッド】は未だ発動中。
ゆえに移動制限が解除されない限り、ケンケンとキョースケは彼らを追えない。
青年だけでも【カース・ブラッド】の有効範囲外に逃げるまでに引き留める必要がある。
だからこそ、キョースケが直感に頼って問う。
「なあ、オレはお前に会ったことがあるんじゃないか?」
ケンケンが目を丸くし、青年は肩をピクリと震わせた。
あまりに突拍子のない質問だ。
2人が驚くのも無理はないだろう。
「どうしてそう思うの?」
エナメルコートの青年は半身で振り返りながら、キョースケに問う。
「勘だね。お前の喋り方や雰囲気に近いやつを知ってるんだよ」
「へぇ? その知り合いって?」
青年の頭上にはネームプレートがない。
キョースケが彼と知り合いでなければ、彼の名前を当てることはできないだろう。
「――キリング・タイム。『暇つぶし』と『殺し』のダブルミーニングらしい」
「そうなんだ。初耳だなあ」
「そうやって、すぐおどける所もオレの知ってるリグそっくりだよ。別人だって言うなら、その真っ黒な仮面を取れば?」
『リグ』と呼ばれて、青年が何を思ったかは分からない。
しかし、依然として微笑を浮かべたまま青年は告げた。
「俺は顔を見せたくないから仮面を付けてるんだ。俺が君の言うキリングじゃなかったとして、君に顔を見せるメリットがない」
それは正論だった。
ゆえにキョースケもそれ以上の追及ができない。
話の終わりを見て取った青年はその場を駆けだした。
「――話は終わり。俺は行くよ。〈ライフ〉の騎士さん達」
その速さは未だ状態異常が残ったケンケンとキョースケが終える速さではなかった。
青年は一瞬にして、ケンケンとキョースケが追随できる【カース・ブラッド】の範囲を抜けてしまった。
レオは青年の無事が確認できるまで【カース・ブラッド】を解除しないだろう。
〖MPポーション〗を飲みつつ、スキルを維持しているはずだ。
――戦いを終えて。
2人の騎士はその場に倒れ込んだ。
「ああ……二日酔いみてえだ。目が回る……頭痛がないだけマシだな~」
ケンケンが獲物に逃げられたことを悔やみつつ、呟いた。
「強かったね~。正直、タルランタにあのレベルのPKが現れるのは珍しいし、驚きだったよ~」
困り顔でキョースケが言う。
両者【自動HP回復Ⅱ】の恩恵でHPも体の負傷も回復している。
「早くこのスキル解除してくれないかな~。それか【ディスペル】とか状態異常治せる人が来て欲しい!
『カースなんちゃら~』とか言ってたし、これ絶対呪いの類じゃん……!」
そんなことを言いつつ、笑うキョースケにケンケンは率直に聞いた。
「そういえば聞いたことなかったな~。お前が〈ライフ〉に入る前のこと」
〈ライフ〉の設立時期は、ゲームリリースからゲーム内時間で3か月ほどが経過した時のことだった。
〈ライフ〉のギルマスであるハゲ先生やケンケンは設立当初からのギルメンだが、キョースケは違う。
キョースケはハゲ先生とケンケンが務める学校に入学し、そこで彼らと接点を持ったのだ。
つまりキョースケは長い間〈ライフ〉以外のところで動いてきた。
「色々あった。一言じゃ言い表せないな~」
キョースケは仰向けの体勢で笑いながら裏路地から夜空を見上げる。
「俺が何をしてきたか聞きたい? ケンケン」
「いや、興味ねえ」
嘘だ。
ケンケンはキョースケという人間に興味がある。
ゲーム内時間で1年もの間、相棒を組んできたプレイヤーに興味がないはずがない。
ただ、キョースケが過去を話したがっていないことをケンケンは何となく察した。
いつもと違い、キョースケの声に張りがなかったからだ。
「1つ言っておく」
「?」
ケンケンは横に大の字で寝転がる相棒に言う。
「お前が悪ガキってことは知ってる。今まで何をしてきたかも、ま~何となくは分かる。
その上で俺は今のお前が気に入ってんだ。変な気使うんじゃねえぞ、ガキんちょの分際でよ~」
その言葉を受けて、キョースケは分かりやすく顔を綻ばせた。
それはいつもの彼の笑顔。
悪戯げで、人の心までもを綻ばせるような。
「ツンデレなの? ケンケンって」
「もう死語だろ~、その言葉。俺がガキの頃に流行った言葉だぞ」
「否定はしないのかよ」
「お前相手に否定しても、おちょくられるのは目に見えてんだよ……。悪ガキのだる絡みとか相手にしたくねぇ」
「うおおい、急に辛辣!」
――その後、2人は〈ライフ〉のギルマスであるハゲ先生に事の次第を報告。
レオや青年の使うだろう武器や予想されるビルドなどを〈ニート〉へ伝達した。
それがゲーム内時間で数週間の後、シンとメイクの元へ伝わることとなる。




