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第6話 苦戦の後にまた苦戦

 □豚巨人の集落近辺


 (面倒なことになった……)


 シンは呆然とした表情のまま、そう思った。

 これでは昨日EBMを探していたパーティに絡まれた時と同じではないかと。


「あんたが“新星”のシンか! 戦ってみたかったぜ~! ラッキー!」

「ワーム、トレント、グリフォンを一気に倒すところも見せてもらったし、G4相当のEBMを倒しちまったのも嘘じゃないらしい!」


 シンとメイクの前には嬉々として話す2人のプレイヤー。

 一方は短剣を持ち、一方は杖を持っている。


 この2人はシンとメイクが休憩を取っていたところ突如現れたのだ。

 どうやら先ほどのワーム・トレント・グリフォンとの戦闘も見られていたらしい。


 いや、それよりも大きな問題は――


「オレンジ・プレイヤーか……」


 彼らに聞こえぬようシンは小さく呟いた。


 彼らの頭上には本来表示されないはずのプレイヤーネームが表示されている。

 そして、そのプレイヤーネームはオレンジ色で表記されているのだ。


 それが意味するところは非常にシンプル。

 彼ら2人が一般プレイヤーではなく、プレイヤー・キラーであるという証明だ。


 ちなみに【真の覚醒者】は発動済み。

 戦闘には移行していないが、相手方はシンを殺すつもりらしい。


「シン……お姫様抱っこ」


 シンが場を切り抜ける方法を考えていると、メイクがポツリと言う。


 ――メイクの『お姫様抱っこ』という発言から連想されることは1つ。


 昨日、シンよりもAGIが低いメイクは『もしも敵から逃げる際はお姫様抱っこをしてほしい』と頼んだのだ。


 つまり、このシンへのメッセージは2つの意味を持つ。


 1つはシンに逃走を促す意味。

 そして逃げる際の方法の指定だ。


 このダブルミーニングの指示を受けて、シンもすぐに動く。


「【バフ・アジリティ】!」


 シンの動き出しから、1秒後にはメイクがスキルを詠唱。

 シンのAGIが倍となり、秒速130メートルの移動が可能となる。


 シンとメイクの動きは今日も抜群に合っている。


 しかし――


「【エンハンス・アジリティ】!」

「【バフ・アジリティ】!」


 敵2人――短剣使いと杖使いが同時にスキルを詠唱。

 短剣使いのAGIが高まると同時に【真の覚醒者】が発動。


 シンのAGIは攻勢に出た敵のAGIをコピーする。

 しかし【真の覚醒者】の発動タイミングがシンにとってあまりにも急すぎた。


 全力疾走を開始した自分。

 予想だにしていなかったAGIの急上昇。

 メイクを抱えていることによって、平時とは微妙に異なる平衡感覚。

 肉薄する殺人者。


 シンは一瞬で体勢を崩されることを悟る。


「――くッッ!」


 シンは敵の振るう短剣をギリギリで躱した。


 しかし、予想通りバランスを崩してしまう。


 (マズい。体勢を立て直さないと……!)


 シンはすぐさま態勢を立て直し、慌てて敵2人に目を向ける。


 しかし、彼らは追撃をしてこないようだった。


 そして敵2人は純粋な闘争心を声音に乗せる。


「安心しろよ! 俺達が戦いたいのはEBMを倒しちまった“新星”だ。

 尻尾巻いて逃げるG2制覇したばかりのルーキーなんかに用はない」


 杖使いがそう言い放ち――


「そういうことだ。分かったら武器を構えろ! 言っとくが、こっちはPvPに慣れてる。

 背を見せたプレイヤーほど狩りやすい獲物はいないぜ?」


 短剣使いもまた獰猛に笑った。


 彼らの笑みを見て、シンは悟る。

 彼らに背中を見せるのは危険だと。


「――メイク戦おう」


 以前までのシンならば、ここでメイクにPvPをするか判断を仰いだだろう。


 しかし逃げられる見込みが薄いなら、シンとしては全力で戦いたかった。

 “期待のルーキー”あるいは“新星”という異名が浸透していくうちに、トラブルにも巻き込まれるかもしれない。

 PvPに慣れておいて損はないのだ。


 それに敵はオレンジ・プレイヤーで、勝負を挑まれているのはシン達だ。

 仮にシン達が敵をPKしてもオレンジ・プレイヤーに認定されることはないだろう。


 正当防衛ゆえのPKというやつだ。

 PKに悪意がなければ、管理AIエーダブはオレンジ認定やレッド認定をしない。


「OK! PvPは慣れてないし、ガッツリ頭回そっかな~。こいつら手強そうだしさ~」


 メイクの言う通り、敵2人は強い。


 短剣使いはガーゴイルの素材を基に作られた“彫刻魔獣シリーズ”を。

 杖使いはリッチの素材を基に作られた“死霊術師シリーズ”を身に着けている。


 どちらもG3装備であり、素材となっているモンスターの討伐適正レベルは400を超えている。


 装備のグレード1つとっても、彼らは強プレイヤーであることが分かる。


「無理しないでね」


 『頭を回す』と聞いて、シンはメイクを心配した。

 メイクは頭を使い過ぎると、頭痛に悩まされてしまうのだ。

 だから普段は思考のレベルを二段階ほど落としているという。


 ブイモンの世界では、どれだけ頭を使おうと頭痛に襲われることはない。

 しかしリアルに戻った時、メイクは頭痛を覚えることがあるのだ。


 VRゲームのプレイヤーはリアルに身体疲労を持ち越さない。

 ただ、例外として脳疲労や精神疲労は持ち越すのだ。


 バーチャルとリアルとで、全てを切り離せるわけではない。


(メイクに無理はさせたくない……なるべく早く勝たないと)


 シンは剣を握る手に力を込めた。


 シンの気合の入った雰囲気を感じ取ってか。

 シンを程よくリラックスさせるため、メイクはひらひらと手を振る。


「シンは難しいこと考えずに短剣使いと戦ってて! ウチは突破口を考えるからさっ!」


「了解、メイク」


 シン達のやり取りを見届けて、短剣使いがブーツでジリと地面を踏んだ。


「行くぞッ! “新星”!」


「ああ、受けて立つ!」


 そうしてシンと短剣使いが同時に地を蹴る。


【真の覚醒者】と【バフ・アジリティ】の恩恵を受けて、シンのAGIは今までに体感したことのない領域に踏み入っていた。


 発揮されるスピードは超音速。


「はぁッ!」


「ッッッ!」


 シンと短剣使いの攻撃が刹那に繰り返される。

 剣を一合打ち合い、首を狩られることを直感した短剣使いはシンから距離を取る。


「おいおい……! バフ込みの俺のAGIに付いてくるってか!? 流石、G4相当のEBMを倒しただけはある!」


 短剣使いは少し勘違いをしている。


 シンが短剣使いの動きに合わせて動けるのは【真の覚醒者】の恩恵によるところが大きい。

 更にコピーされたAGIをメイクの【バフ・アジリティ】で強化しているのだから、シンが短剣使いに速度で劣ることはない。


 対して、短径使いのAGIは【エンハンス・アジリティ】と【バフ・アジリティ】の重ね掛けで4倍化されている。

 現在の短剣使いのAGIは、昨日のインフィニット・バラエティ・スライムよりも高いのだ。


 ――短剣使いが感心していると、突如メイクがシンに向けて叫んだ。


「短剣使いのAGIは概算で1万! STRが1000、VITは600くらいだと思う!

 全部の攻撃を綺麗に受けようとするんじゃなくて、浅い一撃なら食らう覚悟で踏み込んでっ!」


 唐突になされたシンへのアドバイス。


 そのアドバイスを聞いていた短剣使いが目を見開いた。

 その反応で、シンも悟る。

 メイクのアドバイスが的を得ているのだろうことを。


 そこで敵の杖使いがメイクへとじりじりと詰め寄り始める。


「あんたも面白いな! なんでアイツのステータスが分かった?」


 メイクは接近してくる杖使いに【ファイア・コントロール】による火球を打ち出す。

 杖使いは火球を何とか躱しつつ、接近を試みている。


 メイクは杖使いの次なるアクションに備えつつ解説を始めた。


「装備を見れば大体分かるよ。短剣はSTRとAGIの両方に補正がつくことから、短剣使いは得てしてAGI特化ビルドを取りやすい。


 装備は“彫刻魔獣シリーズ”を中心に固めてるから、装備の各種ステータス補正値についてはほぼ完璧に計算できてるはず。


 後は短剣使いのレベルとステ振りが問題だね。


 まず、レベルについて。ワーム・トレント・グリフォンを同時に倒したウチらを見てビビってない感じ、あんた達のレベルは最低でも350レベルを超えてる。

 グリフォンの討伐適正レベルが350だからね。


 そんでスキルね。

 戦闘開始時、短剣使いは【エンハンス・アジリティ】を詠唱した。

 その時点で500ものSSPがスキル獲得に消費されたことは確定。

 AGI特化ビルドを目指しつつ、他のステータスをおざなりにしないためには保有スキルを増やすのは得策じゃない。

 短剣使いのスキルは【エンハンス・アジリティ】のみだと仮定した。


 それらを踏まえて、ステ振りは身内にAGI特化ビルド(シン)がいるから、それを参照して概算したよ。


 他にもあんた達2人パーティが互いにどのような配役を担ってるか、とかも推測・加味した。


 仮説盛り盛りだけど、当たらずとも遠からずの推測になってると思うよ?


 そもそもイレギュラー装備とか、希少なスキルが付随したスミス装備を持ってる人でもなければ、ビルドなんて固定化するもんだし」


 めちゃくちゃな早口で説明を終えたメイクに対し、杖使いは目を丸くする。

 しかし、すぐに気を取り直してメイクに接近していく。


「なんだかよく分からねぇけど、頭が良いのは分かったぜ! じゃあ、これはどうだ? 【デバフ・アジリティ】!」


【デバフ・アジリティ】は対象のAGIを0.75倍するスキルだ。

 AGIが100なら75に落ちるといった具合に。


 10秒でMPを1消費する仕様であり、現在メイクのAGIは25%低下している。


 しかし、シンには影響がなかった。

【真の覚醒者】が発動しているので、シンは短剣使いのAGIをコピーし続ける。

 ステータスの弱体化はシンに意味を成さないのだ。


「ははぁ……!」


「ッああ!」


 シンと短剣使いもまた戦っていた。

 シンはメイクのアドバイス通り、短剣使いの一撃を恐れず踏み込んでいく。


 剣が打ち合わされるたび、傷が増えていくのは短剣使いで。

 シンは無傷のまま戦局が移行していく。


「やるじゃねぇか――ッ」


 そこで短剣使いの言葉が途切れる。


 短剣使いの握っていた短剣を、シンの剣が弾いたのだ。

 短剣はそのまま茂みへと消える。


 シンが短剣を弾けた理由は簡単だ。


 シンは短剣使いが攻撃を受ける瞬間に細工をした。

 槍状に伸ばした〖千変万化のアーマー〗で短剣使いの手首を穿ったのだ。


 これもメイクの助言にあった通りだが、短剣使いのVITは600程だ。


 VITが3000あるワームにさえ〖千変万化のアーマー〗の槍は刺さった。

 VIT600の短剣使いに効かない道理がない。


 結果、短剣使いの手首には穴が開き、力の抜けた手から短剣が弾かれたのだ。


 そして、そのままシンの剣は短剣使いの顔面を叩き切った。


 顔面を二分された短剣使いは笑ったまま、地面へと倒れ伏す。

 “新星”と冠された天才ルーキーと短時間ながら立ち会えたのだ。

 彼にとっては嬉しい敗北だったらしい。


「まだ……!」


 しかし、シンは短剣使いの死に顔など気も留めない。

 未だメイクが交戦中だからだ。


 シンはメイクの方を振り返り、駆け出そうとして――


「お疲れ~、シン!」


 どうやら既に勝利していたらしいメイクがシン目掛けて手を振っていた。


 頭をフル回転させるのは既に辞めているらしく、その顔にはいつも通りの快活な笑顔がある。


「えっと……さっきまで苦戦してなかった?」


 メイクは杖使いに【デバフ・アジリティ】をかけられて弱体化されていたはずだ。

 それに杖使いが接近を試みていた理由も何かあったはず。


 シンの質問にメイクは「何にも難しいことはしてないよ~」と言って説明を始める。


「杖使いの動きを先読みして、絶対避けきれないタイミングで【ファイア・コントロール】を打ち込んだら当たっちゃった感じかな!

 最悪【クイック・リトリーブ】で〖特級MPポーション〗と〖煙玉〗引き出して、煙で見えない中、敵の位置を予測してから火球を当てるつもりだったけど!


 それと杖使いの方は支援職の振りをしてただけかなとも思ってたよ~。

 わざわざ接近してくるのも怪しかったし、魔法使いって勘違いさせてから意表をついてPKするのがやり口だったのかもね~」


 奥の手を隠していたらしい杖使いは、メイクに接近する前に呆気なくPKされたらしかった。


 今回の戦いで改めてシンはメイクのことを凄いと思った。

 シンへ支援を行いながら、的確なアドバイスを行い、格上である敵プレイヤーをPKする。

 それは生半可なプレイヤーでは成せないことのはずだ。


「やっぱりメイクはすごいね。敵の動きを完璧に読んじゃうなんてさ」


 シンは自分を卑下せずに、メイクを絶賛する。

 対するメイクは頬を赤らめつつ、ニマニマと笑みを浮かべた。


「えへへ! そ~? 嬉しいなぁ! シンみたいに超人めいた動きができない分、頭使わないとね!

 頭痛嫌いだから、あんまり頭回したくないんだけどさ~!」


 そう言ってメイクは〖MPポーション〗をコクコクと飲んでいる。

 喉を鳴らす音までも可愛らしいとシンは思った。


「なんだかんだ1時間くらい経っちゃったね~。プー爺、素材の鑑定終わったかな~?」


「チャットで確認してもいいけど、戦い疲れたしタルランタに戻ろっか?」


「賛成~! ゆっくり腰を下ろしたい気分~」


 そうして2人は〖転移の翼〗を使ってタルランタへと帰還し、シュガー武具店を目指すのだった。

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