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第1話 夏休み初日の朝って素晴らしい

 ■晋の自宅


「……ん」


 眠りから覚めて時計を確認すると、午前8時。

 高校は徒歩で通える距離にあるとはいえ、普段なら遅刻は免れない時間だ。


 しかし今日は夏休み初日。


 遅刻を気にせず、惰眠を貪るも良し。

 友人と遊びに行くも良し。

 誰の目も気にせず自由を謳歌できるのは素晴らしいと晋は思った。


 学生にとって夢のような時間――それが夏休みである。


「いい天気だなぁ」


 カーテンの隙間から差し込む光は朝だというのに既に熱い。

 天候は昨日に続いて快晴らしい。


「よっと……」


 上体を起こして、パジャマを着たまま洗面台へと向かう。


 そこで晋の脳裏に思い返されるのは、昨日のブイモンにおける死闘だった。


 インフィニット・バラエティ・スライムとの死闘。

 振り返っても、勝利できたのが奇跡のように思えた。


 晋は歯を磨き、顔を洗い、リビングへ。

 そこには既に朝食を食べ終わったらしい妹の円がいた。


「おはよう、円」


「…………」


 円は晋の挨拶をいつも通り無視。

 ついでに晋と顔を合わせまいと、顔を逸らした。


(円に無視されるのは、毎度のことながら辛いな……)


 晋は心を痛めつつ、朝食を食べるためにキッチンへ。


 そこにはラップに包まれた朝食の皿があった。

 母が作り置いてくれたのだろう。


 心中で母に感謝を伝え、晋は皿をもってリビングの椅子に座る。


 円はソファに座り、スマホを見ているようだ。


 晋はテレビへ視線を移すと、ちょうど『注目のアスリート特集』とやらが始まった。

 アナウンサーの女性がスポーツ選手にインタビューするという形式らしい。



『――始まりました、注目のアスリート特集! 本日はスタジオから生放送ということで、お二方紹介させていただきます。

 まずはU(アンダー)19合気道世界チャンプの優谷湊ゆうたにみなと選手!

 そして中学生時代に空手・剣道・弓道のそれぞれで全国大会優勝を果たした優谷(なぎさ)選手です!』


 アナウンサーの紹介と共に、スタジオに2人の男が現れる。


 瞬間、スタジオに黄色い歓声が沸いた。

 その歓声は大人気アイドルが登場した時のような熱狂に似ている。


 晋もスタジオに現れた2人の男が誰であるかを把握した。


「ああ、優谷兄弟か」


 今時のニュースや流行りに疎い晋だが、テレビ画面に映る『優谷兄弟』のことは知っていた。


 特に、優谷の弟の方――渚は晋と同い年。

 クールでイケメン、スポーツ万能な彼は女子の憧れの的らしい。


 ともかく優谷兄弟といえば、同世代で知らぬ者はいないほどの有名人ということだ。


 優谷兄弟は晋の担任ほどではないが高身長イケメンであり、女子からの人気が出るのは必然と言える。


『お二方とも自己紹介をお願いしてもよろしいですか?』


 アナウンサーが優谷兄弟へ自己紹介を促す。


 対する優谷兄弟の反応は、兄と弟とで正反対だった。


 兄の湊は柔らかな笑みを浮かべて首肯。

 弟の渚は目を瞑ったままアナウンサーの声を聞いているのかも分からない。


「相変わらず弟の方はクールと言うか、愛想がないというか……」


 弟の渚のクールキャラは有名なので、今さら晋に驚きはないが。


 晋が呟いた後、テレビ画面に映る兄の湊がマイクを持って喋り出す。


『テレビを見てくださっている皆さん、おはようございます! 優谷湊です。俺に答えられることなら何でも答えます! よろしくお願いします!』


(活力に満ちた声だなぁ)


 晋は率直にそう思った。

 しかし、その声を不思議とうるさいとは思わず。

 むしろ爽快感を与えてくれるようで、気持ちがいい人だと思わされた。


 続いて弟の渚がマイクを口元に近づける。


『優谷渚、よろしく』


(めちゃくちゃ簡単な挨拶だな)


 晋と同じ感想を持ったのか、アナウンサーも少し呆気に取られている。


 その後、アナウンサーの質問と優谷兄弟の返答が繰り返されるのを見つつ、晋は朝食を食べ進めた。


『――このコーナーもそろそろ終わりに近づいてまいりました。最後に1つ質問をして締めにしたいと思います!』


 10分ほど経過して。

 晋が朝食を食べ終えたタイミングと、優谷兄弟の特集が終わるタイミングが偶然にも重なった。


 食器を片付けようと席を立つ晋の背で、テレビに映るアナウンサーが口を開く。


『お二方の今後の目標をお聞かせください。まずは湊選手からお願いします!』


 問われた湊は少し難しい顔をした後、にこやかに笑った。


『目標は……今後も世界という舞台で合気道を続けることです』


 湊の回答には少しの間があった。

 それに声に張りもないように感じられた。


 しかし、晋はそれを気に留めず、キッチンへ歩く。


『続いて渚選手、今後の目標をお願いします』


 そして渚の答える番が訪れ――


『ブイモンを攻略する』


 渚は椅子の背もたれに体を預けたまま、そうのたまった。


『「は?」』


 晋とアナウンサーの声が思わず重なった。

 渚の発言の意味が分からなかったからだ。


 優谷渚はアスリートで、この番組はアスリート特集だ。

 今後の目標を聞かれてスポーツに関係したことを言うのが普通だろう。


(何を言って……)


 晋の硬直などお構いなしと言うように、テレビ画面に映る渚は告げる。


『俺はこの世界じゃ最強になれない。だからブイモンの世界で最強になる』


 またも意味の分からない発言。


 生放送ということもあり、誰かが場を収拾しないといけない状況だ。

 このままでは放送事故になってしまう。


 そこでアナウンサーが動く。


『失礼かもしれませんが、渚選手は中学生時代に空手・剣道・弓道の3競技で全国大会を優勝されていますよね?

 これから練習を積めば、更に実力をつけることができるのでは?』


 アナウンサーの言うことは真っ当に思える。


 優谷渚は晋と同じ高校1年生。

 成長期も終わっておらず、強くなれる余地はまだまだ残されているはずだ。


 しかし渚は溜め息をつきつつ、真横を見た。

 その双眸そうぼうに活力はなく、ただ疲労と諦観の色があるように感じられる。


『俺がスポーツをやってきたのは楽しかったからじゃない。まして、全国大会で優勝するためでもない。()()()()()()だった』


 その言葉を兄である湊は黙して聞く。

 そして弟の眼差しを直視できないとでも言うように、弟から顔を逸らした。


『俺は兄がいるから合気道を辞めた。一生を賭けても兄には勝てないと悟ったからだ。

 空手や剣道、弓道を始めたのは自分の限界を知るためだった。分かったのは自分の才能のなさだった』


『全国大会での優勝を経ても才能がないとおっしゃるのですか?』


 アナウンサーの質問に渚は首肯する。


『そうだ。全国大会で優勝するために俺は最大限の努力をした。

 全国大会を終えた後、俺は空手・剣道・弓道の全てにおいて()()()である兄と立ち会った。

 結果は()()()()()()()()()


 その言葉にスタジオが凍る。

 誰も渚の言葉に、その計り知れない心境に口を挟める空気ではないのだ。


『努力では超えられない――兄のような異常ともいえる才能は、この世に厳然と存在する』


 晋には、そう言葉を発する渚の感情を推し量ることができなかった。


 対する湊は弟に何といったらよいのか分からないようで、ただ悲しげな表情を浮かべるだけだった。


「努力と才能、か」


 ぽつりと呟く。

 晋にはどちらも縁遠い言葉だった。


 晋自身、人に負けないくらい何かに打ち込んだことがあるか聞かれると返答に困る。

 そして、自身には大した才能もないと思っている。


 平凡な人生を送ってきた晋がようやく手に入れたものといえば『少しの自信』だろうか。


 テレビ画面に映る渚と、リビングに立つ晋の視線が重なって。


 渚は一瞬だけ泣き出しそうな顔をした。

 しかし、すぐにそれを取り繕って言葉を紡ぐ。


『努力は能力を高めるが、大きすぎる才能を超えられない。

 だがブイモンの世界なら……こんな俺でも最強になれるかもしれないんだ。あの世界で、俺は――』


 何かを言おうとして、しかし渚は言うのを辞めたようだった。


 そうして渚はカメラに背を向けてスタジオを去ろうとする。


 アナウンサーが慌てて呼びとめようとする。

 しかし、渚は最後にこう残してスタジオを去った。


『高校でスポーツをやる気はない。俺の競うべき相手は、この世界にいないんだから』


 そうして生放送は凍った雰囲気のまま終了。

 SNSは間違いなく荒れるだろうし、スポーツの界隈も荒れるだろう。


「何だったんだ……」


 呟きつつ、晋はキッチンへ皿洗いに向かう。


 キッチンに立った時、晋はソファに座ったまま静かに涙する円の姿を見た。


 ぽろぽろと大粒の涙を流す妹の姿に、晋の体が咄嗟に動く。


 晋はすぐさま円に駆け寄った。


「円、大丈夫?」


 聞くと、我を取り戻したのか円はゴシゴシと目元を拭った。


「……うん」


 そう言って静かにうなずく姿を見て、晋はひとまず安心した。


 円は昔から唐突に泣き出すことがあった。


 両親曰く、円は共感性が高いために他者の感情を受け取りやすいらしい。

 ついでに涙腺も緩いのだとか。


 ただ、円が涙した理由は晋にも何となく分かった。


 おそらく円は優谷渚をテレビ越しに見て、彼の心境を感じ取ったのだろう。


 人の心の機微に疎い晋にすら、渚が度重なる挫折を経験してきたのだろうことは分かった。


 円は渚の感情を晋以上に、ダイレクトに受け取ってしまったのだ。


(とりあえず円が落ち着くまで、円の隣に座ろう)


 晋が恐る恐る円の隣に腰かけてみると、拒絶はされなかった。

 しかし、すぐに声がかかる。


「兄さん、近い……わたし大丈夫だから」


 とても小さな声でそう言われた。


 晋は円が落ち着いたことを再確認し、食器洗いの為にキッチンに戻る。


 その後、晋は楓が尋ねてくるまで円とリビングでテレビを見ていたのだった。

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