エピローグNo.1 霧がかる未来
□霧の大墓標
全周1000キロメートル近くある棍棒巨人の集落より南西。
巨大森林を挟んだ場所に『霧の大墓標』と呼ばれるエリアが存在する。
霧が深く、廃れた墓標が点在する大規模なG3エリア。
発生するモンスターはゾンビに始まりケルベロス、リッチなど強者揃いである。
しかし今、それらモンスターすら寄せ付けない強者がこの地に降り立っていた。
(シンもEBMも……どうでもいい……!)
1人はG4制覇を成し遂げた“最強”ナギ。
ナギは先ほどまでシンとインフィニット・バラエティ・スライムを狙い、棍棒巨人の集落近辺にいた。
そこでメイク一派と戦闘に陥り――その戦いに介入した何者かを追って、この地へ来たのだ。
……いや、正確に言えば、ナギは戦闘に介入してきた人物に心当たりがある。
ナギの攻撃を受け切れるプレイヤーは世界でもほんの一握りなのだから。
「…………」
そしてナギに向かうは白い仮面で目元を隠す長身のプレイヤー。
「あんた……なのか……?」
期待のこもった声で、ナギは眼前に立つプレイヤーに問う。
ナギの脳内には既に『シン』も『EBM』もない。
ただ、ずっと探し求めていたプレイヤーが今、目の前にいるのではないかという期待に満ちている。
「Aceさん……なのか?」
ナギの問いに対し、問われたプレイヤーは一つ息を吐いた。
皮膚さえも見せたくないのか、ローブで全身を覆っている。
「――質問に答える代わりに、こちらからも対価を提示したい」
「構わない」
仮面のプレイヤーからの対価の求め。
それに即答するナギ。
ナギの迷いなき返答を受けて、仮面のプレイヤーはまた一つ溜め息をついた。
まるで自らの名さえ、口にすることが憚られるように。
「……君の言う通り。俺はAce」
名乗りを上げた声で、ナギは確信する。
自らが探し求めていたプレイヤーが眼前にいると。
――世には知られていない“真の最強”が眼前にいることを。
「はは……やっと、やっと見つけた……やっと……!」
ナギの口角が上がり、剣を握る腕に力が入る。
――もう随分と前のことだ。
ブイモン世界の時間軸に照らせば、3年近く前のことになるか。
“天才ルーキー”と呼ばれていたナギや〈フロクロ〉の現幹部4人は、とある巨大な戦いに巻き込まれた。
戦いの地は、東の大陸――イスタ大陸。
G4以上のモンスターが跋扈する絶対強者の領域だ。
大戦当時、第一線で戦っていたのが今、ナギの眼前に立つ男――Aceだった。
その戦いを知るもの自体、ごく少数。
Aceの属するパーティが正体を隠していたこともあり、彼らの存在を知る者はなお少ない。
その戦い以来、ナギはAceに憧れた。
Aceの強さは彼の戦場でも頭一つ抜けていたのだ。
その彼にナギはやっと再会できた。
ずっと探し続けた――自身よりも圧倒的に強いプレイヤーに。
「やっと戦える……!」
ナギは剣を持ち、駆け出す。
霧の中を疾駆し、白い仮面を付けたAceとの距離を一瞬で詰める。
「シィッ!」
ナギの振るった剣は眼にも止まらぬ速度だ。
対してAceは左手を緩やかに動かし、ナギの剣の腹に触れ、剣の軌道をずらす。
「まだ対価について話してないんだけど……」
Aceの困ったような声音。
剣の軌道をずらされたがゆえに、ナギの身体に普段ならば生まれない隙ができる。
対するAceはいつの間にやら剣を振るい終わっている。
「……ぐッ!」
ナギが呻く。
見れば、Aceの剣はナギの右腕を斬り飛ばしていた。
「【クイック・チェンジ】!」
ナギはインベントリ内の装備を瞬間装着するスキル【クイック・チェンジ】を発動。
2本目の剣を左手に握るが――
「――ぐッ!」
気付いた時には、ナギの左腕はAceの剣によって斬り飛ばされている。
動きの格が違う。
そこでナギの脳裏に過るのは、リアルでの耐えがたい記憶。
――最初は、その人に憧れるだけだった。
――しかし、憧れを追えば追うほどに幾度となく挫折を経験した。
――ナギに挫折を与えた者は、いつも優しく手を差し伸べてくれる。
――その度に敗者であるナギの心が抉られる。
――劣等感と無力感が苛む毎日を必死に生きた。
――憧れに手が届くようにと。
――しかし、とある一件でナギの心は折れた。
――憧れた人は、自分のような凡才では手の届かないところにいるのだと理解した。
それが絶対敗者の心に刻まれた拭い難い記憶。
「ッッ……」
ナギは両腕をなくし、顔を歪める。
しかし、ナギは折れない。
リアルでは諦めた夢を、この世界で掴むために――
「はは……」
歪めた口元から笑みが漏れる。
両腕をもがれながら、されどナギの戦意は衰えず。
戦闘を継続するため両の足で地を踏みしめる。
両腕を切断されたことによりスリップダメージが発生。
ナギのHPが削れていく。
しかし、ナギはまだ動ける。
「まだまだァ……」
両腕が肩口から欠損し、体のバランスを取りにくいにも関わらず、ナギは足技に移行。
「シィッ……!」
ナギの繰り出した回し蹴りは周囲の霧さえも断ち切るように繰り出された。
「――ッ」
そこでAceが初めて後方に飛びのいた。
まるで剣による攻撃ではなく、ナギの足技の方を警戒したとでも言うように。
攻撃の余波で霧が舞い、突風が吹く。
「やるね」
「ははっ……」
Aceからの賞賛に、ナギは嬉しげに血だらけの口角を持ち上げる。
『出血』によるスリップダメージをナギも理解している。
が、そんなもので楽しい殺し合いを終わらせたくない。
「次の一撃で……決める」
ナギは笑みを深めた。
左足一本で立ち、右足を器用に使って口元から溢れる血を拭う。
その様はまるで獲物を狩らんとする猛獣のそれであり――
「そうだね。これで締めにしよう」
対するAceは涼しげに立ちながら、今一度剣を構える。
そして両者向かい合い、硬直。
次の一手で決着すると理解しているからこそ、迂闊には動かない。
先ほどのナギの蹴りによって舞っていた霧が落ち着き始める。
そして一瞬、霧が揺らぐ。
「シィィィッッ!」
「――!」
ナギの蹴撃。Aceの剣閃。
それらが同時に行われ、突風が一瞬にして大墓標の霧を晴らした。
2人は攻撃の際にすれ違ったまま停止している。
「はは……」
そして乾いた笑いをこぼしながら膝をついたのはナギだった。
ナギの右足に一筋の切断跡が浮かび上がり、右足がナギの身体と離れる。
力尽きたように、ナギは仰向けに寝転がった。
「…………」
そしてナギを見下ろすようにAceが立つ。
目元を覆っていた仮面の一部とローブのフードは、ナギの蹴りによって消し飛んだようだった。
ローブのフードに隠されていたのは、燃えるような赤髪。
割れた仮面の下――露わになった右目の色は澄んだエメラルド。
Aceはナギに剣を突き付けて、口を開く。
「――シンくんとメイクちゃんに手出しをしないこと。それが君が俺に払う対価だ」
「ああ……約束する……」
ナギは目を瞑りながら答えた。
ナギの言葉に嘘がないことをAceも見て取る。
〖誓約書〗を介さない口約束だが、ナギが嘘を吐く性分でないことはAceも知っているのだ。
ナギがAceに憧れていたように、Aceもまたナギの動向を追いかけていたのだから。
かつて2人が出会った、あの日からずっと。
「――最後に一つ」
Aceは幾ばくも命が残されていないナギに告げる。
これから先、ほとんど確定している未来について。
「俺と君はまた戦う。絶対に」
ナギはその言葉を聞いた直後、光に飲まれた。
Aceの発した言葉はナギにとって『再戦を誓う』ものであるように聞こえたかもしれない。
しかし告げた本人であるAceは違う。
AceがAceであり、ナギがナギであるならば確実にぶつかる時が来るのだ。
なぜなら、このゲームのクリア方法は――
周囲に自分以外の気配がないことを確認し、Aceは剣を鞘にしまう。
そして霧に阻まれて見えないはずの空を見上げる。
今までの冒険を振り返り、Aceは一つ呟いた。
「――守るよ」
その言葉を最後に、Aceは霧に消えるように大墓標を後にした。




