第20話 無限を断ち、悪魔は眠る
□棍棒巨人の集落近辺
分厚い氷壁で覆われた即席の戦場。
ナギの行く手を阻むための氷の戦場は、メイクの使った〖煙玉〗によって煙が充満している。
視界にはナギの姿も味方の姿も映らない。
「何が起きてるの……?」
メイクはナギの攻撃で発生した衝撃波により、氷壁付近まで吹き飛ばされていた。
それでも状況把握に努めようと、氷壁から背中を離して立ち上がった時――
再度の衝撃によって戦場を取り囲んでいた氷壁が破壊された。
氷壁内部を満たしていた煙も一気に晴れていく。
「――っ!」
思わず息を詰まらせながら、メイクは空を見上げる。
そこにはインフィニット・バラエティ・スライムの打ち出した魔法球を1人で食い止めるシンの姿。
心なしか、その姿は押されているように見えた。
そして煙の晴れた戦場に目をやれば――そこにナギの姿はなかった。
「何が起きたか意味不明なんだけどっ……!」
メイクは混乱しつつも共に戦っていた仲間たちに呼びかける。
「ナギはいなくなったっぽい! とりあえず警戒続けるよ~!」
「「「おう!」」」
即席の仲間達も困惑しながら、周辺に危険なプレイヤーがいないか警戒を再開した。
そしてシンとインフィニット・バラエティ・スライムの決着が近いことをメイクも悟る。
「シン……! 絶対勝てるよ……!」
メイクは両手を胸の前で絡めて、シンの勝利を願う。
◇
インフィニット・バラエティ・スライムが放った特大の魔法球。
シンは腕を損壊しながらも、全身で魔法球を受け止めていた。
それでも魔法球の勢いは止まらず――
「――!」
そこで突然、シンは背に何者かの手の感触を感じた。
そして何者かが空中で自らに並び立ったことを感じ取る。
――【ホワイト・リヴォルブ】
シンに並び立った者は刀身を白く染めた剣を魔法球に突き刺し、小さく呟いた。
それはスキルの詠唱。
その言葉はシンに聞こえていない。
シンと、シンに並び立つ者とでは生きる世界に違いがありすぎるのだ。
そのスキル詠唱と同時。
シンが受け止めていた魔法球が弾け飛ぶ。
「なッ!?」
目の前で突如起こった魔法球の崩壊。
当然ながら、シンは呆然とするしかない。
『KYUAAAAAAAA!?』
それはインフィニット・バラエティ・スライムも同じこと。
自らの全霊をかけて打ち込んだ魔法球が壊れてしまったのだから。
(どういう……?)
シンが隣を見れば、そこには誰もいない。
それどころか空には自分とインフィニット・バラエティ・スライム以外の気配すらなかった。
まるで意味の分からない現状。
しかし、シンはすぐさま思考を切り替える。
(まだ戦いは終わっちゃいないよな……)
シンは謎を振り払い、再び空中を駆けだす。
しかし、その最中ふと思う。
――誰かが魔法球を壊してくれたのだと。
――インフィニット・バラエティ・スライムへの道を切り開いてくれたのだと。
一瞬伝わった手の感触はシンの背を押し、勝利へ向かう勇気を与えてくれたようだった。
(本当に……俺は一人じゃ何にもできないな)
きっと今も、誰かがこの窮地を救ってくれたのだろうとシンは感じている。
(でも……それでいいんだ)
シンは見えぬ足場を蹴りつつ、漆黒の怪鳥へと距離を詰める。
――強者への挑戦。
――弱者への救済。
――難しいことなど何もなかったのだ。
――自分の気持ちに従って、本気で臨めばいいだけだった。
――最初の一歩を踏み出せば、きっと自信は付いてくるのだから。
「最終ラウンドだッ!」
シンが叫び――
『KYUゥゥアアAAAAAAAAA!』
インフィニット・バラエティ・スライムもそれに応える。
両者、魔法球が弾けたという異常を既に忘れ去り――
ただ眼前の強敵に向けて、全力をぶつけるのみ。
空中で両者は肉薄し、剣と爪とが交錯する。
「――食欲は満たせたかい?」
インフィニット・バラエティ・スライムの爪がシンの剣により断たれる。
シンの質問に対し、敵手は咆哮にも似た声で叫ぶ。
『まだ、マダ、MADAAAAAァァァアAAAAAAAA!』
インフィニット・バラエティ・スライムの食欲に際限はない。
敵手が持つ欲求は『生きること』と『食べること』のみ。
旨味を知れば知るほど、より美味なものを求め、欠乏感は増すばかりだったろう。
埋めがたい欠乏、耐えがたい空腹。
どれだけ食べようと、インフィニット・バラエティ・スライムの食欲が満ちることはなかった。
幾度も剣を振るい、インフィニット・バラエティ・スライムと向き合う中でシンも悟っていた。
敵手が食欲という終わりなき欲求に囚われていることを。
だからこそ願わずにはいられない。
――眠らせてあげよう。
――終わりなき飢餓を自らの手で。
「あああああああああッ!!!」
『KYURAAAァァァアアアア!!!』
シンの剣とインフィニット・バラエティ・スライムの爪が交錯し――
シンの全力が乗った剣はインフィニット・バラエティ・スライムの爪ごと、敵手の身体を両断した。
シンの剣捌きとステータスの急上昇。
そして仮面女子から授けられた剣があったからこそ、敵手の両断に至ったのだ。
『AAA……』
怪鳥と化していたインフィニット・バラエティ・スライムの姿は、本来の姿であるスライムへ戻り、その身体もすぐに光に包まれていく。
『…………』
光に包まれている今のインフィニット・バラエティ・スライムには発声器官がない。
それでもシンには何となく、インフィニット・バラエティ・スライムの気持ちが分かった気がした。
死にゆくというのに、インフィニット・バラエティ・スライムが体をたゆませて死に抗おうとしていない。
それは迫る死を確実視し、生きることを諦めたからだろうか――
――きっと違うだろうとシンは思う。
死が確定したことにより、インフィニット・バラエティ・スライムに施された『食欲』というプログラムが機能しなくなったのだ。
つまり、今のインフィニット・バラエティ・スライムは『食欲』という終わりなき欲求から解き放たれた状態であり――
「楽しかったよ、ゆっくりおやすみ」
シンは柔らかく、労わるように言葉を掛ける。
この素晴らしき死闘を――自らの本心を知るきっかけを作ってくれた好敵手へと。
――インフィニット・バラエティ・スライムの討伐を確認しました。
――討伐MVPに『シン』を選出。
――シンに〖千変万化のアーマー〗を贈呈します。
脳内に討伐を為したことを告げるアナウンスが流れた。
――晴天の下。
シンはインフィニット・バラエティ・スライムに別れを告げて、緩やかに落下を始めた。
先ほどまで体に滾っていた力は、まるで夢だったかのように消えている。
戦闘中、インフィニット・バラエティ・スライムとステータスを共有している可能性についてはシンも考えていた。
その仮説は正しかったのだ。
インフィニット・バラエティ・スライムが死んだタイミングで、シンのステータスが格段に下がったからだ。
ステータスの共有が終わり、シンのSTR・AGIは空中移動が満足に行えない数値まで下がってしまったらしい。
ただでさえ、魔法球を止めるために酷使した体はボロボロだ。
剣を握れていたのが奇跡と言っていい。
ただし、地上にいるプレイヤー達の多くはシンを落下死させるつもりなどなく――
「――シン!」
重力に任せて落ちること数秒。
シンの元に聞き覚えのある声――メイクの声が聞こえた。
「あらよっと……!」
そしてシンの落下を地上付近の空中で受け止めたのは、緑オールバックだった。
つい数時間前、シンとメイクをPKした彼が、今度はシンを落下死させまいと行動してくれたのだ。
緑オールバックはシンを抱えて、無事着地した。
緑オールバックのSTRやVITは高く、無傷でシンをキャッチしたことに驚きはない。
「無事か?」
「うん、ありがとう」
そう言いつつ、緑オールバックの腕から離れて地面に足をつける。
「シン!!!」
「うわっ……っと!」
シンの名を叫びながら飛びついてきたのはメイクだった。
メイクの顔はいつになく晴れやかだ。
その顔を見て、シンは改めて自分達が勝ったのだと実感する。
「おいおい! 本当に勝っちまったんか! すげえよ、兄ちゃん!」
「マジですごいな。戦った感じ、あのモンスターG4相当だったと思うけど」
「おめでとー! いい戦い見れたわ! 鳥肌モンだったよ、ホントにさ!」
そして勝利を祝福してくれる数多のプレイヤー達。
(ちょっと恥ずかしいな……)
大勢に囲まれてシンが照れていると、すぐ後ろから「なあ」と声をかけられた。
振り向けば、そこには緑オールバック率いる5人パーティがいた。
その顔にあるのは勝利への喜びではない。
「改めて謝罪するよ。わざわざ喧嘩吹っ掛けちまって申し訳なかった。
それと……感動したよ。あんた達が来てくれた時、この人達なら自分達を救ってくれるって思えたんだ」
緑オールバックはそう言って頭を下げる。
他の4人も頭を下げた。
「――ありがとう。あんた達と戦えて本当に楽しかったぜ」
その言葉を聞いて、シンとメイクの2人は自然と笑みをこぼした。
「戦いが終わったら、謝ってほしいとは言ったけど。そんなにガッツリ謝られるとは思ってなかった」
シンが軽い口調で言い――
「だね~! まあ、ウチはあんた達がシンの為に戦ってくれた時点で許してるし! 頭上げなって!」
メイクも笑いつつ、応える。
そうしてメイクは緑オールバックに右手を差し出した。
頭を上げた緑オールバックもそれに応え、その手を握った。
その後は共に戦ったプレイヤー同士で握手を交わし、雑談をし。
いつの間にか飲食物を持って来たプレイヤーによって、お祭り騒ぎとなっていた。
「剣を貸してくれた仮面の子……いなかったなぁ」
なお、シンに剣を貸してくれた仮面女子の姿は見つけられなかった。
彼女の助けがなかったなら、インフィニット・バラエティ・スライムを倒すことはできなかったとシンは思っている。
だからこそ、どうしても感謝を伝えたかった。
そんなことを考えつつ仮面女子を探していると、いつの間にかブイモン時刻は夕方となっていた。
シンは一旦、仮面女子の捜索を中止。
今はメイクと並んで座りながら、戦いによって拓けた森の中から夕空を眺めている。
身体の方も他のプレイヤーから回復を施してもらい、万全の状態だ。
インフィニット・バラエティ・スライムとの戦いに勝った余韻は抜けず。
2人ともタルランタになかなか帰還せず、戦場だった森に留まっていた。
「――ねえ、メイク」
「どしたん?」
夕空を見上げながら、シンは隣に座るメイクに語り掛ける。
「ごめんね」
「え?」
シンが唐突に謝罪したからか、メイクは緋色の瞳を丸くしている。
ぽかんとしている顔も可愛らしいとシンは思った。
「気づいたんだ。俺はメイクと友達だって言いつつ、メイクを自分よりも優れてる人だって格付けてた。肩を並べてなかったんだ」
ぽかんとしていたメイクだが、次第にその瞳に涙が溜まっていく。
「自分に……自信が持てなかったんだ。だから自分なんかがメイクと肩を並べていい訳がないって、心のどこかで思ってた」
しかし、優男が伝えてくれた。
自信を持っていいのだと。
そして、メイクはずっと待っていたのだ。
シンと肩を並べて戦える今日という日を。
それを今のシンも理解している。
だからこそ今、インフィニット・バラエティ・スライムと戦う前に伝えようとした気持ちを伝える。
――自分の決意を。
シンは涙をこぼす幼馴染に左拳を差し出す。
「これからはメイクの後ろじゃなくて隣に並べるように頑張るからさ。今後ともよろしく、メイク」
メイクは涙をゴシゴシと拭いた。
メイクはシンの過去を知っている。
彼の精神が歪んでしまった理由を知っている。
だからシンと肩を並べてブイモンを遊ぶことを半ば諦めていた。
シンにブイモンを楽しんでもらえれば充分だったのだ。
それでも今、シンはメイクと肩を並べると約束してくれた。
「……っ、……っ」
唇を震わせて、嗚咽を漏らすメイク。
シンはそんな相方の姿を黙して見ている。
「…………」
ひとしきり泣いた後、メイクはシンの左拳に手を伸ばした。
そしていつも通り、シンへと眩しいほどの笑みを向ける。
その顔に涙は既にない。
「ウチの方こそっ……! これからもよろしくね、シン!」
シンとメイクは互いの拳を合わせる。
2人の間を爽風が駆け、戦場を夕空が見下ろす。
静寂と死の気配が消えた森には、勝利を祝うプレイヤー達の声がいつまでも木霊していた。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
この20話で第1章は一応の区切りとなります。
少しでも「面白かった!」と思っていただけましたら、ブクマや評価等を頂けますと幸いです。
読者様からの応援が、創作を続ける上での何よりのモチベーションとなります。
何卒よろしくお願いいたします。




