二人のアイドルとあの軍団と僕⑪
さすがにまだ昼だし、レッドくんが未成年の白樺さんをバーに連れ込むほどのアホではないことを信じて、そして、白樺さんがレッドくんの自宅についていくような人ではないことを信じて、僕は駅から出てカラオケ店を目指して走った。
大学生らしき一団に紛れてそのカラオケ店の受付けを通りすぎた僕は、一部屋ずつを見て回った。
僕は白樺さんに会わないことを願っていた。本当はこんなことはしたくない。見たくない光景を見てしまうのが怖くて、途中で切り上げて帰ってしまいたい気持ちだった。
なのに――。
「白樺さん!」
叫びながら僕がドアを開けると、白樺さんとレッドくん軍団が目を見開いて動きを止めた。さすがのレッドくんもマイクを持ったまま固まっていて、カラオケから伴奏音楽だけが虚しく流れ出す。
「な、なんで……椿くん……ここに……?」
「それはこっちのセリフだよ! 白樺さん、どうしてコイツらと一緒にいるの!」
室内にはレッドくんと仲間たちがいた。女の子は彼女だけ。
白樺さんは苦しそうに言葉を絞り出した。
「昨日の夜……この人からDMが来て……。運営の言いなりだとアイドルとしてうまくいないよって書いてあって……相談に乗るから会わないかって……。自分は他のアイドルの人からもよく相談を受けているから参考になると思うよって……!」
「そのメッセージが来たことを僕に気取られないように、SNSのパスワード変えたの? レッドくんからの入れ知恵?」
「ええ……その通りよ……」
「だからって、こんな密室に特定のファンといるなんて、なに考えてるの!」
「他のアイドルの子も呼んでるから安心してって言われたのよ! まさか、彼らだけだなんて……」
「そんな簡単な手に引っかかるなんて……!」
白樺さんの迂闊さに僕は苛立ちを覚えて、声が上擦っていく。
「だったら、さっさと帰ればよかったのに!」
「ここに着いてすぐ、写真を撮られたの! 『オレらと繋がってる証拠できたね』って言われて、『これウッカリ流出したら大変だね』って……」
白樺さんは私服の紺色のスカートの裾を握る。彼女の目には涙が滲んでいて、手が少し震えていた。心細い気持ちでここにいたことがわかって、僕は少し言葉のトーンを落ち着けようと深呼吸をする。
「白樺さん、とにかくここを出て。家に帰った方がいいよ。彼らとは僕が話すから。ね? あなたたちもそれでいいですよね?」
レッドくんは不機嫌そうな顔をしただけで応とも否とも答えなかったが、白樺さんの帰宅を邪魔するつもりはないようだった。
「じゃあ……帰るわね……」
いたたまれない顔で去る白樺さんを見送ってから、僕はレッドくんたちに向き直った。
「うちのアイドルと私的に繋がろうとしたということなので、あなたたち全員、うちの現場には出入り禁止とさせてもらいます」
「繋がろうとしたってか、『繋がってた』が正しいと思うけど?」
そう嘯いてニヤリと笑ったレッドくんを、僕は睨む。
「さっきのミソラさんの言葉から、あなたと彼女の接触は今回が初めてということですよね。ならば未遂でしょう」
「繋がりの証拠ならあるよ。ほら」
レッドくんが差し出したスマートフォンには軍団に取り囲まれた白樺さんが写っていた。レッドくんに肩に腕を回されて戸惑いの表情を浮かべている。白樺さんがさっき言っていた写真だろう。
僕はギリギリと奥歯を噛み締める。大切な宝物に落書きされたみたいな気持ちだった。
「あなたは何が言いたいんですか? 繋がり自慢ですか?」
レッドくんは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らす。
「オレらはこの写真握ってるんだから、そう簡単に出禁なんかできないだろって言ってんの。これが流出したら、アンタんとこ大炎上でしょ。もうアンタじゃ話にならないよ。プロデューサーを連れてきてよ」
「実質的な運営の責任者は僕です」
「はぁ?」
「疑うなら、楽曲提供者や衣装デザイナー、振り付け師に確認してもらってもいいですよ。彼らは運営実態を知っているので」
レッドくんは目を丸くし、それから投げやりな溜め息をこぼした。
「なんだよ。ならさ、さっさとそう言ってくれよ。そしたらアンタにもっと金も握らせたし、女も貢いだのに」
「いやいや、意味わかんないですけど」
僕は呆れながら言ったのだが、レッドくんはやたらと馴れ馴れしい大度で「まあまあまあまあ」と僕の肩に腕を回してきた。漂ってくる香水の匂いは僕が苦手な種類のもので、僕は眉をひそめる。
「なんなんですか?」
「まあまあ、そうトゲトゲしないで。お互いうまくやろうぜ。オレらは金使う、アンタは儲かる、オレらとみーは仲良くする。みんな仲良し。な?」
「僕は一部のファンだけを優遇するつもりはありません」
「ホントに強情だねぇ?」
レッドくんは僕の顔を覗き込みながら、片方の唇の端だけ吊り上げてニヤリと笑う。
「火のないところでも炎上なんて簡単にするんだぜ? 例えば始動したばかりのアイドルが実は何人ものオタクと付き合うアバズレだった……みたいな噂とかどう? アンタも、二人組アイドルの片割れが欠けるのは痛いだろ?」
「そんなの事実じゃないじゃないですか!」
「でも、例えばこの写真がうっかり外に流れちゃって、妙な尾ひれが付いたらそう認定されるかも。だろ?」
レッドくんは整った顔を醜く歪めて「キヒヒ」と笑った。
僕は白樺さんのことを考えた。
もし仮に彼女の悪評が必要以上に盛られた状態で拡散したらどうなるか。情報がどこまでもいつまでも広がっていく今の世の中では、たとえアイドルをやめても彼女の顔と名前に評判が消えずについて回ってしまう。
僕は今からの自分の決断に大きな責任が伴うことが恐ろしくて震えた。でも、僕が恐怖を感じていることをレッドくんに気取られることの方が恐ろしいようにも思えた。
僕は拳を握りしめて彼を睨みつける。
「ミソラさんにはしばらく体調不良でお休みしてもらいます。その間に話し合いの時間を持ちましょう。それが今できる僕の最大の譲歩です」
レッドくんは僕を値踏みするような、射ぬくような目で見ていたが、やがてフンと鼻を鳴らして笑った。
「あいあい。わかったよ。いい感じに決着できるようによろしくね」
「あなたはなんでそんなにミソラさんに拘るんです?」
「うーん、なんだろ。とりあえず、人気ない方のメンバーのが取り入りやすいし、簡単に繋がれそうじゃん? で、オレ、一度ターゲット決めて課金し始めたら、結果が出るまではやめられないタイプなわけ」
「なんですか、それ……!」
僕は気分が悪くなって反吐が出そうだった。
「あれ? お兄さん顔色悪いけど、大丈夫? アハハハ。まあ、話し合いよろしくね。おい、お前ら行くぞ」
レッドくんは軍団を引き連れて部屋を出ていった。
彼の入れていたカラオケはいつの間にか終わっていて、女性声優さんのグループの告知動画が流れていた。その可愛らしい声も今の僕には右から左へ抜けていく。
僕は頭を抱えてソファーにもたれ掛かった。
この状況、どういう解決法がベストなのだろうか。




