二人のアイドルとあの軍団と僕⑥
そんなレッドくん軍団はその後も現場で大量のチェキ券を購入し、それをすべてミソラに突っ込み続けた。結果、ミソラのTO気取りでやたらと馴れ馴れしく彼女に接するようになる。
しかも、現場で最前管理の真似事までし始めたという噂を聞いた。ライブハウスは、チケットにランダムで印字される整理番号の順番で入場し、各々好きな場所で見られるはずなのに、仲間と協力し合って最前列を占領するのだ。僕はまだ現場を押さえられず、情けないことだけど手をこまねいている状態だった。
うちのファンはそれまで穏やかな人が多かったので、レッドくん軍団に押されて元のファンの人たちが居心地悪く感じているような感想もチラホラ見かけた。大きなダメージを受ける前になんとか現場を立て直さないといけないと僕は焦りを感じる。
ただ、肝心の白樺さんがまったく危機感を持っていなかった。レッドくんの馴れ馴れしくなっていく態度も許していたし、端から見ていても他のファンに対するより気安く会話をしているのが見て取れた。
僕は放課後の教室での三人のミーティング終了後、柊木さんがトイレに行ったタイミングを見計らって思いきって切り出してみた。
「ねえ、白樺さん。レッドくん……ってわかるよね? 彼とあの仲間を贔屓にするのはよくないよ」
「なんのこと? わたしはみんなにフレンドリーに接しているつもりよ」
本気でそう思っているのか、とぼけているのか、僕は注意深く白樺さんの顔を窺いつつ会話を続ける。
「それなら気をつけて。彼はオタク界隈ではあんまり評判が良くない人なんだ」
「そうかしら。とても気さくで話しやすい人だと思うけど。会話が弾んで見えるのはあの人が会話が得意からかもしれないわね」
「でも……」
「椿くん、人伝の評判で他人を悪く言うのは良くないと思うわ」
「それはそうだけど……でも……」
「椿くんはどうしてあの人にそんなに拘るの?」
「え……」
咄嗟に言葉が出てこなかったのは、推しの顔が頭に浮かんだからだった。
「せっかくわたしのファンになってくれた人をどうして遠ざけようとするの? もしかして、ルゥちゃんよりもわたしの人気が出るのが嫌なのかしら?」
白樺さんは少し険のある顔で言った。僕は戸惑う。
「どういう意味……?」
「プロデューサーさんお気に入りのルルカよりも、ミソラの人気が出るのが面白くないんじゃないの?」
「まさか! そんなわけなでしょ!」
僕は驚いて目を見開きながら、大きく首を横に振る。それでも白樺さんは疑わしげな目を僕に向けた。
「椿くんにとって一番大切なことは『柊木琉瑠夏がアイドルとして活動すること』なんでしょう? だから、椿くんにとってのわたしはそのための補助係でしかないんじゃない? わたしは都合のいい添え物で、だから人気なんて必要ないって思っているの。違う?」
「な、何言ってるの! そんなわけないでしょ!」
「本当に?」
「嘘なんかつかない! 僕は二人とも人気が出てほしいし、アイドルとして平等に大切に思ってるよ!」
僕は叫ぶくらいの音量で宣言した。それは白樺さんにはっきりとそう伝えたかったからと、心の動揺を滲ませたくなかったからだった。
僕は今、心の中が震えていた。白樺さんの言った事の一部が僕の心の底の本音の部分に触れているからだと思う。
僕がアイドル運営を始めたきっかけは柊木琉瑠夏だった。彼女をアイドルにすることがそもそもの始まり。そして、エキセントリックな性格の彼女と一緒にグループをしてくれる人として「白樺さんは都合がいい」と判断した面が確かにあった。
(でも、そんなこと言っていいことじゃない……)
僕は慎重に気持ちを抑え込んだ。僕はアイドルのプロデューサーとして、白樺さんを傷つけるようなことを絶対に言ってはいけないから。
でも、そんな心の中の言い訳も欺瞞なのかもしれない。
たぶん、僕は彼女に本音を見透かされるのが単純に怖いのだ。
白樺さんだけではなく自分自身をも言いくるめるように、僕は言葉を重ねる。
「ステージに立つ人に『役割』とか『キャラ』が割り振られちゃうのは否定できないことだよ。でも、それにランクの上とか下とかはないと僕は思ってる。互いに互いが必要で、みんなが主役だよ!」
僕は自分の言葉を信じ込もうとした。白樺さんにも信じてもらいたかった。
でも、彼女の瞳の中のに宿った僕に対する不信感は、僕の言葉では拭い去ることができないようだった。
放課後の教室に重たい沈黙がのしかかる。すごく時間の流れが遅くなったような気がして、僕は指先が震えた。
その重い空気を打ち破るように、派手な音をたてて教室のドアが乱暴に開けられる。
「ただいま~! 意外におしっこ長く出ちったぁ!」
柊木さんのぶっ飛び発言に 、普段だったら白樺さんがやんわりと受け止めつつ注意するか、僕が慌てて窘めるかするところ、白樺さんも僕も無言で柊木さんを見つめることしかできなかった。
さすがの柊木さんも不穏な空気を感じたのか、首を傾げる。
「どーかしたのぉ?」
僕が答えられずにいると、白樺さんがにっこりと微笑んだ。
「どうもしないわ。そろそろ帰る時間ね」
「うんー! みーたん、今日も駄菓子買ってく~?」
ウキウキとスキップでも始めそうな勢いの柊木さんに、白樺さんは穏やかな顔のまま首を横に振った。
「ごめんなさい。今日は親に買い物を頼まれてるの。ルゥちゃん一人で帰れるかしら?」
「えぇえ? う、うん。一人でも帰れるけどぉ……でもぉ……」
柊木さんはチラチラと上目遣いに白樺さんの顔を窺う。
「ルゥも買い物ついてくよぉ?」
「でも、ちょっと遠い駅まで行くのよ。電車代がもったいないし、ルゥちゃんはまっすぐ帰った方がいいわ。ね?」
「う、う、う、え、え?」
「一人でも帰れるわよね、ルゥちゃん?」
「う、う、うんー……」
きっと柊木さんは電車代を払ってもついていきたかったと思う。でも、有無を言わさないような白樺さんの表情に押され、帰宅に同意させられてしまったように見えた。
「じゃあ、わたしは急ぐから。もう行くわね」
白樺さんはスクールバッグを肩に掛けるとさっさと出ていってしまった。少なくとも駅までは一緒に行けるはずの柊木さんを置いて。
「ルゥ、みーたんと別々に帰るの初めてかもぉ……」
そう言った柊木さんの顔は、今まで見たことがないくらい元気のない表情だった。




