二人のアイドルとあの軍団と僕④
日曜日実施のアイドルフェスは一二時からの開場だった。受付でチケットをリストバンドに引き換えたオタクたちがぞくぞくと入場してくる。普通の私服の人、アイドルのグッズTシャツの人、いかにもなオタク、いかつい男性、線の細そうな男性、可愛い女の子、お年を召した女性、中二病風の男性などなど、バラエティー豊かなお客さんたちの姿があった。
敷地内にはキッチンカーも何台か来ていて、おいしそうなフランクフルトや焼きそばが販売されている。
「この牛丼めちゃうま~」
柊木さんはさっそく腹ごしらえ。僕が柊木さんのスマートフォンを借りて彼女が牛丼を頬張る様子を撮影すると、柊木さんはすぐにルルカのSNSアカウントにそれをアップした。すぐにオタクたちから「いいね」が付いて、「美味しそう!」「オレも今同じの食べてた!」などのリプが付く。
僕たち「真夜中のドールズクローゼット」のライブは会場内、広めのバーカウンターの脇に仮設されたラウンジステージで一三時半からだった。
夕方から夜にかけて人気グループがメインステージに出る時間帯に比べれば人の数は少ないだろう。それでも、普段僕たちを見に来てくれるファンの方々の他にも、ドリンクチケットを引き換えに通りかかった人やメインステージ待ち・特典会待ちの人たちがラウンジのフロアを埋めてくれた。
僕はお客さんたちの邪魔にならないよう、フロア後方の壁際に立って様子を窺う。ちなみに、僕は今日も匠汰くんをヘルプに呼んでいて、彼も僕の隣でステージを見守っていた。
タイムテーブルの時間きっかり、仮設スピーカーから真夜ドク入場のためのSEが鳴る。
そのリズムに合わせて、真夜ドクファンを中心に「オイ! オイ! オイ! オイ! オイ!」という掛け声が上がり、それはさざ波のようにフロア全体に広がっていった。
ステージに照明が点ると、目を瞑ったミソラの手を引いたルルカがステージ脇から現れる。
――うおおお!
――ルゥちゃーん!
オタクたちの雄叫びはスピーカー以上の力で空気を震わせた。
僕も覚えがある。アイドルが登場した瞬間に湧いてくる高揚感。心がどこか別の世界に吹っ飛んでいくような感覚。一瞬で身体中を熱い血が駆け巡って、冷静さなんか遥か彼方だ。
SEの音が小さくなっていく中、「ボーンボーン……」と古時計の音が鳴った。これは初回ライブ後、匠汰くんに頼んで付け加えてもらった効果音だった。
「みーたん、お人形の時間は終わりだよ」
ルルカの額がミソラの額に触れると、ミソラの目がパチリと開く。
「ルゥちゃん、おはよう」
初回以降、真夜ドクはこの演出を毎回入れることにしていた。怪我の巧妙というのか、偶然から出来上がった僕たちのオープニングセレモニーだった。
そして始まる真夜ドクの曲。
花柄の可愛らしい衣装を着たルルカとミソラは、スカートをなびかせながらくるくるとキビキビと踊る。少し不思議で可愛い世界観の曲を二人が歌う。
身内の贔屓目かもしれないけど、結構クオリティーの高いパフォーマンスだと思うし、何より見ていて心が踊る。こんなに可憐なアイドルはそうそういないだろうと、会場中のオタクたちに片っ端から自慢したくなる。僕は将来もし子供ができたら親バカになるタイプかもしれない。
でも、きっとそう思っているのは僕だけではないのだ。
――しゃー行くぞ! タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!
真夜ドクファンのテンションもいきなりマックスで絶好調だ。それにつられるように、遠巻きに見ていた人たちも少しずつ音楽に乗って体を動かし始める。
僕は柊木さんと白樺さんが楽しそうにアイドルをしていたり、良いステージが出来て満足そうな顔をしていたりするのを見るのも好きだけど、ファンの皆さんの楽しそうな反応を見るのがやっぱり一番嬉しかった。
(ああああああ、みんなすっごく盛り上がってるぅ! アイドル運営始めてよかったー!)
僕が「良い」と信じているものをファンの皆さんにも「良い」と感じてもらえることが、僕はすごく幸せだった。
僕の隣では匠汰くんが苦笑していた。
「俺の曲で盛り上がってくれんの、すっげー嬉しいけどさ、正直、ちょっと嫉妬するよな。自分のライブももっと盛り上げてかねぇとな」
僕は真夜ドクに協力してくれた人たちと互いにハッピーな関係でありたいと思っている。
真夜中のドールズクローゼットのSNSでは、僕たちのプロジェクトに協力してくれた方々の個人活動についても情報発信していた。匠汰くんのライブ情報、山査子さんのハンドメイド作品が並ぶサイト、花水木先輩のダンス動画、似顔絵イラストを描いてくれた後輩のイラストサイト、ロゴデザインを描いてくれた先輩の個人HP、アーティスト写真を撮ってくれた同級生がSNSにアップしたフォト作品なんかを時々紹介している。
皆が協力してくれたから、今、真夜ドクの二人はステージに上がっている。ファンのみんなも初見の皆さんも楽しそうにフロアを飛び跳ねている。
(なんかもう……すべてに感謝! って感じ!)
あやうく涙腺が緩みそうになりながら、そういうとこがおじーちゃん臭いと言われるのだと自分を戒めつつ、僕は今日も大成功な予感に浸っていた。
(今日はフェスの主催さんがちゃんとギャラをくれることになってるから、できればそれは音源制作費にあてたいな。でも、二人のお給料にも還元しなきゃ。そろそろ媛子姉さんへの借金返済も始まるけど、この調子でファンがついてくれればなんとかなりそうだから……)
二人のステージを見ていると、幸せの予感と未来への展望が僕の中ですくすくと育っていく。それはとても甘美な感覚を僕に与えてくれた。
それなのに。
今日はそれを邪魔するものがあった。
(あれ……? アイツは……?)
僕の目はバーカウンターにやって来た男に吸い寄せられた。何人かの仲間と一緒にビールや瓶入りアルコール飲料を飲みながら笑っている男。
(あの赤い髪は……!)
忘れようとしていた、思い出したくもないアイツら。
(レッドくん軍団……! フェスに来てたのか……)
僕の「推し」を引退に追い込んだ元凶。
奴らは真夜中のドールズクローゼットのライブを遠目に眺めながら、僕たちのファンのノリをふざけた調子で真似たり、指を差して嘲笑したりしていた。冷やかすような、からかうような雰囲気だった。
こういう態度が僕は一番頭にくる。
(一般人のリア充でもないくせに、なに現場でイキがってんだろ、アイツら!)
アイドルやドルオタと接点のない一般の人たちに僕たちを揶揄するような態度を取られることは、面白くはないことだけど、まだ理解はできた。でも、同じアイドルオタクなのに、同好の士を嘲る意味は何なのだろう。
(まさかアイツら、うちの現場には来ないよな……)
真夜ドクのステージもファンも最高に楽しそうに盛り上がっている。
それなのに、僕の心は嵐の到来を予感するような嫌な予感でひりつき始めていた。




