新人アイドルと愉快な仲間たちと僕⑦
授業の合間の休憩時間、僕は隣の席の匠汰くんに話し掛けた。
「そういえば、匠汰くん。ライブの衣装ってどうしてるの?」
「……あ?」
机の上に突っ伏していた匠汰くんは眠そうな目を擦りながら体を起こして僕を見る。
「衣装って……?」
「匠汰くんのライブでさ、サポートのドラムとかベースの人とおそろいのジャケットとか着てるでしょ? 結構凝ったデザインだなって感じだったけど。ああいうのってどうしてるのかなーって」
僕はそろそろ二人のための衣装をどうするべきか考え始めていた。
「ああ。市販のやつを改造したり、アイテム作ってもらったりしてる」
「自分でやってるの?」
「いや。そういうの得意なツレがいるからさ、ソイツに発注してる」
「へー。ツレってどんな人? アイドルの衣装とかもやってくれそうだったりする?」
実は僕には衣装についてのツテがなかった。個人へのお仕事発注サイトやSNSで探すという選択肢もあるけど、責任をもって引き受けてくれる人なのかという不安もある。その点、匠汰くんの紹介なら実績もあって安心だ。
ただ、僕が見た匠汰くんの衣装は割とハードでロックな雰囲気だったから、僕の欲しいテイストに合わせてくれるのかは不安もあった。
「あー、アイツそういうの好きそうだな。女の服も作ってるぜ」
「本当!?」
「会ってみるか?」
「是非是非。日程は相手の人に合わせるよ!」
「りょーかい」
早速、その人にメッセージを送ってくれる匠汰くんを、僕は期待を込めて見つめた。
※
数日後、駅前のハンバーガー屋で僕は匠汰くんの連れてきたその人物と対面した。
その人は小柄な女性だった。
僕たちはブレザーの制服だけど、その人はセーラー服。近隣でも有名な幼稚園から大学まで持ち上がりなお嬢様学園の伝統ある制服だった。
「はじめまして。山査子カナメです。匠汰さんと同学年なので椿さんとも同い年ですね」
そう言って穏やかに微笑む山査子さん。綺麗に整えられたショートカットで、縁の丸い眼鏡の奥に優しげな瞳が覗いている。図書委員な雰囲気の可愛らしい女の子だった。
「なんだか意外だな。匠汰くんの衣装ってハードな感じだから、もっとパンクっぽい人が作っているのかと思ってた」
「ふふふ。匠汰さんと一緒にロックテイストな衣装をリサーチして作ったのです」
(フレキシブルな対応をしてくれそうな人だ!)
僕は期待に胸が高鳴った。
山査子さんは自作したという私服の写真も見せてくれた。古風でキュートな雰囲気のワンピースで、僕の中でさらに期待が高まる。
「匠汰くんはどうやって山査子さんを知ったの?」
「半年くらい前かな。SNSで衣装のこととか調べてた時に知り合って、色々話してるうちに仲良くなった感じ」
「へー。あんなに匠汰くんにぴったりの衣装を作ってくれるなんて、山査子さんって、すごい人だね」
「まあな。つーか、カナメは俺のカノジョだからさ。俺のために色々提案してくれんの。まあその……感謝だよな」
そう言って少し照れたような顔で俯く匠汰くんを、山査子さんが微笑みながら見つめる。
僕は数秒の間、言葉が出てこなかった。
「………………? え……? ええええ? 匠汰くん、い、い、今、なんて言った……? カ、カ、カ、カノジョオオオオ……?」
目が丸くなる僕を、匠汰くんの三白眼が睨む。
「なに、寒三郎? なんか文句あんのかよ?」
「い、いえ……何も……文句なんかないですけど……」
と言いつつ、正直意外過ぎて信じられないけれども、匠汰くんの横で山査子さんがニコニコ笑っているから嘘ではないのだろう。
正直、意外過ぎて信じられないけれども(二回目)。
「なるほど。山査子さんがいるから最近の匠汰くんの衣装がカッコよくなったんだね」
「おい、勘三郎。今まではダサかったって言いたいのか?」
「え、いや……えっと……」
まずい。カノジョ発言の衝撃のせいか、自分の発言の良否を正常に判定できなくなっている気がする。僕は話を本題に戻すことにした。
「それより、グループのコンセプトの話をしたいんだけど。えーと……『ママからもらったお洒落なドール、夜になると踊りだす不思議な人形』っていうイメージで……」
「なるほど。しかし、ドールといってもたくさん種類がありますよ。ビスクドールや球体関節人形のような耽美な雰囲気のもの、カントリードールのような手作り感のあるもの、フランス人形や市販の着せ替え人形、広く言えば日本人形もドールですからね」
「う、うーん……?」
人形についてはあまり知識のない僕に、山査子さんはスマートフォンを差し出し、いくつかの種類のドールを検索して見せてくれた。その中で、僕は頭の大きなファッションドールが気になった。カラフルな髪や瞳をもった人形で、持ち主の人たちが思い思いのお洒落な洋服を着せ、こだわりのアイテムを持たせ、凝った髪型にセットしている。
さらに山査子さんはそのドールについてのSNSやブログなどをめぐり、僕はその中でイメージに合う写真を指さして言った。
「ふむふむ。キッチュなイメージですかね? キュートなレトロ感のある雰囲気もいいのかもしれません」
僕は山査子さんの言葉の意味がイマイチわからなかったが、僕が首を傾げていることに気付いた彼女はキッチュやレトロを画像検索してイメージを見せてくれた。
「キッチュというのは……もともとは正統派なものに対して『俗悪で派手なもの』といった意味らしいですが、こういう目にうるさいくらいカラフルで可愛いもののイメージですね」
「可愛い! こういうの、いいね!」
「レトロはこういう昔のモデルさん……ツィギーが着ているような服のイメージや--あとは中原淳一氏のイラストなどはどうですか?」
「ああ……こういうのがレトロ! 素敵だなあ」
僕の反応を見て、山査子さんはふむふむと頷き、上品な学校指定カバンから小ぶりのスケッチ帳を取り出した。何らかのイメージイラストを描きながら、山査子さんは僕に問う。
「ところで椿さん、制作スケジュールは詰めているのですか?」
「え、あ、うん。一応は……」
僕としては一か月ほどかけて曲を準備、次の一か月でダンスレッスン、何らかのアイドルイベントでお披露目という大まかな計画は思い描いていた。
「楽曲と衣装と、どちらを先に仕上げるイメージです?」
「え? え、えっと?」
「例えば匠汰さんですと、曲が出来上がってからそれに合わせたイメージでという風に依頼されるのですが、アイドルさんの場合はどうでしょう? 先にヴィジュアルイメージありきでそれに合わせて曲を摺り寄せるという手段もあり得るとは思いますが」
「え、えっと……」
「つまり、わたしの服のデザインを先に決定してしまっていいのか、それとも匠汰さんの曲が何曲か煮詰まるまで待ってから作業開始した方がいいのか、ということです」
「う……」
戸惑う僕に、山査子さんはニコニコと穏やかに微笑みつつも、頑なに回答を求めてくる。正直そんなことまで全然考えていなかった僕は、もごもごと口を開けたり閉じたりすることしかできなかった。
「もしかして、プロデューサーでありながらそこまで決めていなかったのですか?」
「は、はい……。すみません……」
僕は小さくなって恐縮する。自然と言葉も敬語になっていた。
「どうするのか早めに決めてくださいね、プロデューサーさん」
山査子さんは相変わらず穏やかにニコニコと笑っている。が、眼鏡の奥の瞳はとても冷静な温度で僕を見定めているように見えた。無言の圧力に、僕の背中を次々と汗が流れ落ちていく。
「わ、わかりました。きちんと決めたらすぐに連絡します……」
有能さが滲み出すデザイナー先生に、僕は項垂れながらなんとか返事をした。




