新人アイドルと愉快な仲間たちと僕④
リビングに残された僕たち三人は震えていた。
「ルゥ、ガクブル~!」
「ええ……。恐ろしげな……でも、綺麗なお姉さまだったわね」
うっとりするように白樺さんが言うと、柊木さんは口を尖らせながら白樺さんの腕に自分の腕を絡ませて揺する。
「も~。みーたん、なんで! ルゥがいるのにぃ! ルゥを見て~! ルゥが一番でしょ~! 可愛いでしょ~!」
「そうね、ルゥちゃんが一番ね」
白樺さんは慣れたものなのか、少し困ったように微笑みながら柊木さんの背中をポンポンと叩く。
「ねえ、椿くん、お姉さんは一体どういう方なの? ポンとお金を出してくれたし、なんだか不思議な人なのね」
「えっと……普通の女子大生……のはず……。四年生だからもう卒業なんだけど、就職はしないで自分で会社を作るみたい。でも、前から経営者っぽい大人の人とか怖そうな人ともたまにつるんでて、何してるのって聞いたら一緒にビジネスしてるって……。あと、いろいろ投資とかもしてるみたい」
「ふーん……?」
「僕のうちは本当に普通のサラリーマン家庭なんだけど、媛子姉さんはいつの間にかお金持ちになってたんだ」
「なんだか……失礼かもしれないけれど、よくわからないお姉さんね」
「うん……。自分の姉ながら、僕も媛子姉さんのことはあんまりよくわかってない」
正直、媛子姉さんがどうやって財を成しているのか僕は理解できていない。一時期、高級クラブでホステスとして働いていたこともあったようだが、どうやらそれもお給料だけでなく情報収集や人脈形成が目的だったらしいことを後から聞いた。
ただ、媛子姉さんは人から利益を搾り取る方法が得意で、自分が損をする行動をする人ではない。そんな人が僕にお金を貸してくれたということは、僕たちの活動を成功の可能性のあるものと見なしているのかもしれない。
(いや……でも、失敗した僕を殺すという娯楽を楽しみにしている可能性もあるのか……)
僕の背中を冷たい汗が流れ落ちていく。
「カンカンP~?」
「椿くん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「う、ううん! な、なんでもないよ!」
僕は嫌な想像を打ち消すように頭を振って、スマートフォンを手に取る。
「さっそく匠汰くんに連絡しよう!」
とりあえず、これで柊木さんのための曲が手に入る。僕は気合いを入れ直して作曲家先生にメッセージを送った。
※
匠汰くんとの条件交渉は少々難航したものの、なんとか折り合いをつけることができた。
翌日、彼はさっそく僕たちを第二音楽室に召集する。
「まずはこんなんどうよってことで持ってきた」
今日は軽音部が活動のない日らしく、広い教室には僕たちしかいない。
「ストックしてたっていうか、ちょっと完成形見えなくて途中で放置してた曲の一つなんだけどよ。俺がやるには雰囲気が甘すぎかなって。でも、寒三郎から聞いたグループのコンセプトってのに合ってるんじゃねえかなって思って持ってきた」
そう言って、匠汰くんは音楽室のスピーカーと接続した小さな音楽プレイヤーをオンにする。流れてきたのはバンドアレンジではあるものの、爽やかなポップスの雰囲気もある曲だった。ギターと打ち込みの音に、匠汰くんがところどころに「ラララ」と鼻歌で歌のメロディーを入れている。
「みーたん、みーたん、ねぇねぇ、みーたん、この曲可愛い~!」
そう言いながら、柊木さんは白樺さんの腕を揺する。
「そうね。お洒落な感じがする。あと、なんとなく懐かしい感じもするかしら?」
「そうそう。今のオケはちょいゴツめだけどフレンチポップスっぽくアレンジできそうな感じでよ。まだちゃんと歌詞つけてないけど、行けそうじゃねえ?」
「さすが匠汰くん! やっぱりすごいなあ!」
僕の称賛に、匠汰くんは得意気に笑う。
「ガハハハ! 俺にとっては朝飯前だぜ! ところでさ、柊木の歌って正直どうなの? こっちの白樺だっけ? この人もメンバーになるかもなんだろ? 少しは歌えるのか?」
「え、知らない。僕、まだ二人の歌は聞いてないんだよね」
「は?」
匠汰くんの三白眼の目が点になる。
「お前、プロデューサーなんだろ!」
「うん」
「なら、そこは確認しとけよ!」
「まあ、どうにかなるかなって……」
「なんねえよ、オイ! 今からでもオーディションすんぞ!」
「えー……」
そんなわけで、僕たちは学校近くのカラオケボックスに行くことになった。
二人にはさっそく有名なアイドルの曲をいくつか歌ってもらった。二人が歌い終えると、僕の横で聞いていた匠汰くんが眉間に皺を寄せる。
「ふん……。まあ、下手じゃねーけど、お世辞にもうまいとは言えねえな」
緊張気味の柊木さんと白樺さんに、三白眼の匠汰くんは無遠慮に言葉を続ける。
「柊木は癖が強すぎ。そういう歌い方はステージに立つ人間としては悪くねえとは思うけど、リズム感がちょっと悪いから聞いてて気持ち悪さがある」
「ふむ。なるほどなあ」
「白樺は可もなく不可もなく。でも、印象に残るかっていうと、どうなんだろうな? あと、声量が足りてねえ。オケの音と柊木の声に負けるぞ」
「なるほど。匠汰くんの指摘は勉強になるなあ」
匠汰くんの批評一つ一つに感心しながら頷く僕に、匠汰くんはイラついたように怒鳴る。
「つーか、お前もちょっとは意見をフィードバックしろよ!」
「いやいや、僕には匠汰くん以上に歌唱について語れることはないし。僕としては、二人の歌う雰囲気はなかなかいいなって感じだし」
「お前……この前、俺に『アイドルを侮るな』って言ったよな? それって歌う能力にも妥協しないって意味じゃねえのかよ?」
呆れた顔で僕を見る匠汰くんに、僕は少し首を捻りながら慎重に言葉を探す。
「うーん……言い方がすごく難しいんだけど、『歌がうまい』とか『ダンスがすごい』っていうのは、もちろん大切なことなんだけど……でも、アイドルの特長の一つでしかないとも思うんだよね」
「は?」
「もちろん他にも『顔が可愛い』とか『美人』とかも大切なことだけど、そうじゃなきゃアイドルになれないわけではないっていうか……。なんかこう一点突破の『魅力』っていうのかな。そういうのにビビっときてファンになるし、『推しが歌う曲』とか『推しの歌声』とかは自然と魅力的に聞こえるし」
「ふーん。アバタもエクボってやつ?」
「うーん……うーん……そうかもしれないけど、僕としてはもっと美しい言葉を使いたい気分……。でもね、楽曲の質とか歌い方とかダンスとかがテキトーだとこっちの気分が萎えちゃうっていうのは確かにあるからさ……。何でもいいってわけでもないんだよね。歌とかダンスに惚れるっていう場面もあるし。うーん……?」
この辺りはドルオタである僕の偏った拘りでしかない気もするから、僕は少し話の方向を変えることにした。
「僕はアイドルっていうのは物語でもあると思ってるんだ」
「どういうこと、椿くん?」
首を傾げる白樺さんに、僕は言葉を探しながら説明を続ける。
「例えば、ダンスの下手な子ががんばって上手になっていくとか、そういうアイドルのストーリーに感動したり共感したりっていうのも、アイドルの魅力の一つだと思う。『武道館に立ちたい』って目標を立ててそれを実現するためにがんばる、そのストーリーを応援する、みたいな」
「ふうん?」
「さっきの匠汰くんの評価を別方向に解釈すれば、二人の歌には伸びしろがあるってことでしょ? それって、とても素晴らしいことだと僕は思うんだよね」
柊木さんと白樺さんは少しぼんやりした顔で僕の話を聞いていた。僕の言いたいことが伝わっているのか少し不安に思いつつ、不器用な僕は言葉を重ねることしかできない。
「今のままでいいって言ってるわけじゃないんだよ。二人には上へ上へ向かっていく意識を常に持っていてほしいって思ってる。その姿勢にファンは憧れとか夢を抱くんだから」
僕の言葉を最初はきょとんとした顔で聞いていた柊木さん。でも、次第に顔にパアッと明るい笑顔が広がっていった。
「ルゥ、上に伸びる~! お日様向かってすくすく伸びる~!」
「いいね。柊木さん、ヒマワリみたいだね」
僕が柊木さんに向かって微笑むと、なぜか匠汰くんが吹き出した。
「なんかさ、寒三郎って、じいさんみたいだな!」
「え? なにそれ……?」
僕がポカンとすると、柊木さんと白樺さんまで笑い出した。
「カンカンおじじ様! ワハハ!」
「ふふふ! よく考えると、寒三郎っていう名前も、ちょっとご老人っぽいわよね」
「ギャハハハ! 確かに!」
大笑いする三人を前に僕は憮然とした顔をする。
「ちょっと! ひどいよ三人とも! 特に柊木さんと白樺さんはアイドルになったら、他人の地雷になるような発言はしないように気を付けないといけないんだから。普段から言葉には気を付けないと!」
ポカンとした表情の白樺さんを見て僕はハッとする。
「あ、ごめんね。白樺さんはまだアイドルやるって決めてないのに、僕、先走って色々……」
僕が頭を掻いて謝ると、白樺さんは首を横に振った。
「謝らなくていいわよ、椿くん。わたし、決めた。ルゥちゃんと一緒にアイドルする!」
「え!」
「椿くんの言葉を聞いていたら、アイドルってなんだか面白そうって思えてきたの。それにルゥちゃんが心配だっていうのもあるし」
「みーたん!」
柊木さんが嬉しそうに白樺さんに抱き着く。柊木さんが、猫が甘えるみたいに目を細めて白樺さんの肩に頬ずりすると、白樺さんは少し困ったような、でも幸せそうな微笑みを浮かべた。
改めて目にしたこのツーショット。
その瞬間、僕の体を電流が走った。
柊木琉瑠夏の隣で歌う白樺美空。柊木琉瑠夏と一緒に踊る白樺美空。
そのイメージが僕の脳内でスパークし、その激甘なオーラは僕を圧倒した。
(こ、こ、これは成功間違いなしなのでは……!)
そんな予感に体が震えた。
「や、や、や、や……ぃやったあああああああ!」
僕は絶叫し、感情の昂るままに大きくジャンプする。あやうく天井からつり下がったランプに激突するところだった。匠汰くんが呆れたような顔で僕を見る。
「お前、喜びすぎじゃね? つーか、なんなんだよ、そのジャンプ力!」
「興奮や感動に比例して体が動いちゃうんだよ! なんたって、僕は『推しジャン』で鍛えてきたからね!」
得意げに答えた僕に、白樺さんと匠汰くんはポカンとした表情だった。笑っているのは柊木さんだけ。
オタクってオタクにしか通じない言葉で会話しがち。反省。




