龍王
神樹の発芽が確認された次の日、八重樫亭─いや、山のすべてが影に覆われていた
縁側でのんびりと将棋を指していた福太郎が、羽音に気付き空を見上げてから数瞬の出来事だ
「…なんだこりゃあ」
見上げた空に浮かび影を落とすモノ、それは一つでは無く見渡す限り全ての空に蠢いていた
その正体は龍
この世界において最強の代名詞。長大な寿命と頑強な体を持ち、一息で千里を駆け魔法を使いこなす。およその生き物では抗する事の出来ぬ存在、国一つ軽く崩壊させられる戦力が大挙して押し寄せていた
普通の人間ならば死を覚悟どころか自死を選びかねない光景を目の前にしながらも福太郎は落ち着いていた
例え龍が束になろうとも今の福太郎を殺す事はおろか傷一つつける事は出来ない。それだけの愛を神から受けている
福太郎の直上、そこを飛んでいた龍達が移動しぽっかりと空を覗く穴が出来た
そこから顔を出したのは巨大な龍が霞むほどの巨駆を持つ漆黒の龍だった
今見えている顔だけで数百メートルはあるだろう、口を開けば八重樫亭が一飲み出来るかも知れない。そんな超巨大な龍の瞳が福太郎のじっと見つめている
そしてゆっくりと口を開き──
「●●●●●●●●●●●●!!」
声にならぬ声が衝撃波として放たれた
とっさに福太郎が防壁を張り威力を弱める
福太郎が本気で防壁を張ればこの程度の衝撃波など一切話にならない
しかしアウロラの防壁の見よう見まね、更にぶっつけ本番で作った防壁では威力を殺し切れず周囲に被害が出た
八重樫亭の瓦が吹き飛び、窓が割れ柱も軋む。グリフォンが怯えて引きこもっている住み処の樹は激しく揺れる
そして何より芽吹いたばかりの神樹が今にも引っこ抜けてしまいそうだ
それを見た福太郎は頭が一瞬真っ白になったが次の瞬間、ぶちギレた
例えコピーであろうと生まれてから死ぬまでの思い出がつまった家、大事に飼っているペットの住み処、そして最愛の人の分身、それらが脅かされている
福太郎が激怒するには十分過ぎた
「なにをしよるかあぁぁぁ!!!」
空飛ぶ龍がまるで虫の様にポトポトと落ちていく
福太郎はまだ何もしていない、怒っただけである
しかしその放つ怒気に当てられた龍が失神し落ちていく
その内の一匹が八重樫亭の敷地内に落ちようとしていたが─
「入るなあぁぁ!!」
福太郎が腕を振るうと龍が上にふっ飛び、周りの龍にぶつかり巻き込みながらも勢いは収まらず彼方まで飛んでいった
王の怒りに呼応し精霊達も戦闘体制に入り、福太郎の周りには五つの力場が出来上がっていく
相手が例え龍であろうと王が怒っているのだ。遠慮する必要など何もない
これに対抗するように福太郎の怒気に耐えた龍達も威嚇の声を上げ始める。
中には魔法やブレスを吐く用意をしている龍もいる
ここに精霊対龍の大戦争が開幕し──
「精霊王!どうか怒りをお沈め下さい!我等に敵対の意思はございません!」
なかった。この争いを納めようとする声があったのだ
声の方を向くと八重樫亭の敷地のギリギリ外、福太郎を刺激しない為にそこから先には進んでいない。そこに大型犬程度の大きさの白い龍が浮かんでいた
「威嚇や攻撃をしようとしている者共は今すぐ止めて下がれ!…いや、全ての者が下がれ!この山より即座に退去せよ!我に何が合っても決して攻撃などするな!厳命だ!」
有無を言わせぬ命令を下し龍達を下がらせた白い龍、その視線は巨大な黒龍に向けられている
「何をなされていなさる!早く降りてきて弁明して下さい!我等を死地に追いやるつもりですか!?龍王様!」
怒鳴られてビクっと体を震わせた黒龍、ゆっくりと下に降りて来ようとするが
「何をそのまま降りようしておられる!ご迷惑をおかけするでしょう!ちゃんと小さくなってから降りて来て下さい!」
またも怒鳴られる。
しかし素直に言われた事を実行する。みるみる内に体が小さくなりその全容が見えてくる
白龍と同じくくらいの大きさになった所で降りてきて白龍の隣に並び名乗りを上げた
「我輩の名はニドルヴァルガード!誇り高き龍王である!」
その姿は小さな翼の生えた真っ黒なオオサンショウウオに似ていた




