二重の怪物
「現在の試合状況!! 依然として盤上がリード!! しかし、クライス選手とジャスミン選手の猛攻が続いています!」
■そんな実況の声が、マサルの耳に届く■
■彼は現在、ゴール前で攻防を繰り広げていた■
「魔導がきた!! 防御たのむ!!」
「背後から回りこめ!! そっちが手薄だー!!」
「うおおお!! 得点ではこっちが勝ってる! このまま守り切るぞ!!」
両チームともに熱気がすさまじく、マサルは顔をしかめるしかない。
やはりどうにもこういうのは乗り切れず、場違い感を感じてしまっているのだ。
そう思っていたら、どっかから魔導の氷が飛んできて、顔を少し動かして回避した。
「はぁ」
めんどうくさい。
その想いは変わらず、しかして彼の足は動き出した。
「!! きたぞ! 敵のエースランナーの一人だ!!」
「……」
敵選手がマサルの動きに反応し、緊張感を強めていく。
試合が進むことで彼の脅威度が変わり、自然とチーム全体の防衛力が上がっているようだ。
「うおお!」
「させるか! エースの道は俺たちが開く!」
しかし、マサルのチームメイトたちがその防衛を阻害する。
彼一人では、なかなか手こずるであろう敵防壁も、味方の助力によって大幅に難易度が減る。
「いいね」
めんどうが減ることによろこびながら、防衛の隙間を突くように走り抜けていく。
その速度は、とても片手間で止められるものではない。
「くそおお!!」
「こいつだけでも厄介なのに……!! さらに……!!」
●■▲
「どいて! どいて! どいてぇええええッ!! どかないとふっとばす!!」
「と、とめろー!! この女ッッ!!」
「とめられるもんなら、とめてみなさいよ!! りゃああああ!!」
■一方、別地点のゴール前■
■直線的な弾丸が、敵チームのブロックを破壊しながら進む■
「な、なんなんだ!! この……!!」
「そんなヤワなブロックじゃ、あたしは止められないわよ!! なめないで!!」
「う、うわー!??」
立ちふさがる敵選手を、破壊的な走りで粉砕していくジャスミン。シンプルに強く・迷いなく進み・ゆえに強い。
それは、もう一人のエースであるクライスとは別種の脅威だ。
大地が彼女の勢いを受け、土煙が大きく上がった。
「あははは!! 楽しい!! やっぱりいい!! こういうのー!!」
まるでジャスミンは天真爛漫な太陽のよう。
味方チームの士気を上げ、その背中でみんなを引っ張る得難い選手だ。
(サーシャに頼まれたし……それに、いいチームだから勝たせてあげたい……いや、やるからには絶対勝つ!! それがあたしのポリシー!!)
彼女はただ真っすぐに突き進み、チームの支柱として、精神的にも支えとなる。
「よーし!! この調子でいっくわよー!! おー!!」
「あ、ああ! そうだな!!」
「おう! おまえら!! ジャスミンさんの道を開くぞ!!」
ジャスミンに力を貸すように、他の選手たちもそれぞれの武器を以て、敵陣営を切り開いていく。
「く、くそ! こんなの……とても止められん!!」
「スタークかミリアムがいないと……!! せめて主力級がもっといれば……!!」
●■▲
「すごいすごい!! ここにきて盤上、敵チームの猛攻に押されています!! ジャスミン&クライスが止まりません!!」
「あの二人の走りは、すでに【星】に近いレベルでござるなぁ。いやはや……二人ともジルヴァラとしてまだ経験が浅いというのに、末恐ろしい!!」
■試合時間は残り30分を切ろうとしていた■
■両チームの得点は……■
「28対17で依然盤上がリード!! しかし、ミリアム選手による5点GOALがなくなり、攻撃の勢いが落ちています!! これはどうなるか!?」
「……いや。さすがに点差が大きすぎるでござる。ここからクライス&ジャスミンチームが逆転するには、着実に点を取るではだめだ……つまり」
「つまり……終点狙いというわけですね!!」
「左様」
ボールで三回ゴールか直接ゴールかされた式の柱は、解放されてGOALとしての役目を終える。
そして、敵陣にあるすべての式の柱を解放した時、終点への道は開かれる。
「終点にたどり着きさえすれば、その時点で勝利。……どれだけ得点差があっても、一発逆転可能!」
「クライス&ジャスミン選手の動きを見るに、速攻で柱を解放することを優先しているように思える。……それは分かり切っていて、盤上も阻止しようと躍起になっているが……」
■解説の視点は一つの戦場に移る■
■そこでは、スタークと四人の選手が戦っていた■
「しつこいな……!! 踏み台のくせにッ」
「うおああああ!! まだまだ!!」
時間稼ぎのために残った四人と、スタークの攻防。
クライスとジャスミンに比肩しうる脅威として、敵主力のスタークを絶対に足止めする。
その強い意志を彼ら四人は持っていた。
「ああ……ちくしょうッ。本当に強いなッ」
ボロボロになったジンが、悪態を吐くようにそう言う。
体はがくがくに震えていて、今にも倒れてしまいそうな状態。
斧もすでに折れかけ、試合最初のころにあった自信満々な姿はどこにもない。
「へへ! まっ、おれの方がわずかに上だけどな!! つまり……!! イヤシノ地区最強選手はおれだァ!!」
「なに言ってんの? アンタ、少しも僕にダメージ入れられてないじゃないかよ」
「それはおれの調子が悪い! いやー! 今日は少し腰が痛いぜ!!」
「戯言を……!」
ジンと同じぐらいにボロボロのカメ朗。彼は相変わらずの調子乗ったムーブ。
それに対し苛立ちを見せるスタークは、息切れすら起こしてはいない。
「はは……さすがに。まいるよなぁ……ここまで強いとはさっ」
「でも……試合に勝てないわけじゃないっ」
後二人の選手も、すでに満身創痍といった状態。
スターク相手では、時間を稼ぐのが精一杯ということだろう。
「だが……それで充分!」
「……フン」
四人の奮闘によって、スタークは抑えられ、クライスとジャスミンの攻勢が続いている。
結果、勝ちの目が出てきているのだ。
「認めざるをえないか……。こいつらを」
スタークにとってみても、カメ朗たちは間違いなく厄介な選手である。
「まあ、踏み台には違いないけど、な」
■一気に加速するスターク■
「!!」
「くっ!!」
■それに対応する二人の選手■
■が、一瞬で弾き飛ばされて宙を舞う■
「ぐああッ!?」
「うがああッ!?」
大きくひび割れた二人の肉体は、間違いなく致命傷を受けていて、数秒後には消滅するであろう。
これによって、残る足止め役はカメ朗とジンのみ。
「だいぶ粘ったけど、ようやく穴ができたな。もう終わりだぜアンタら」
「……ッ!」
スタークの言っていることは当たっている。
なんとか四人の連携で止めていたのに、二人では確実に数分も持たないだろう。
それが現実。
「……ぶはは!! なに言ってんだー!! ここから始まるんだろうが!!」
「は?」
だがそんな現実など知ったことではない、そう言わんばかりにカメ朗は笑う。
彼はもうすぐ倒れそうな気配を見せながら、いつものように調子に乗っていた。
「数秒かせげれば充分だ! ……なんせウチには、頼りになるエースランナーが二人もいるからな!! 勝利確実!!」
「!」
楽観的なカメ朗の言葉。
しかし、だからこそジンは少しだけ心が軽くなった気がした。
自身に対する情けなさがわずかに和らいだ。
「……ふ、はは。そうだな。お前の言う通りだカメ朗」
「だろ!! よっしゃー!! そうと決まれば、最後のもうひと踏ん張り!! いくぜ!!」
「……おう!!」
目に光が灯った二人は、格上のスタークへと勇猛果敢に立ち向かっていく。
「はぁ。うざい……んだよ!! 踏み台がよォッ!!」
■激突する強者と弱者■
■勝敗の決まった戦いが始まった■
●■▲
「クライスを止めろー!! このまま試合終了まで守備だ!!」
「クライスを行かせろー!! なんとしても終点まで行かせるんだ!!」
■両チームの熱気が交差するフィールド■
■その中で走るナマケモノは、いつも通りの気力のなさ■
「はぁ。めんどうだ」
ため息一つ。
気だるそうな態度は相変わらずで、なんとか両足を動かしている状態。
今にも退勤しますと言わんばかりの無気力さ。
前方に広がる選手たちの衝突と土煙を、うっとうしそうな目で見ている。
「ここは通さん!! うおお!!」
「……」
右前方から突っ込んできた、騎士風の男。
彼はレイピアを鋭く突き出し、クライスの首を貫こうとした。
その速度はかなりのもので、回避困難に思われる一撃だ。
「はぁ」
「な、なにィ!?」
■難なく、クライスは攻撃を回避する■
「クライス選手! さすがの速度と動きで! 敵陣の奥深くまで切り込んでいくー!!」
「止められんでござるよ、あの走りは。1対1で勝負になりそうなのは、スタークぐらいだが……やはりまだ勝負は分からないでござる!」
「そうですね! さて、もう一人のエースの方はどうでしょうかぁ!!」
■実況の目が、もう一つの場面へと移る■
「らあああああ!! 直進!! 撃破ァ!! まだまだッ!!」
「うわあああ!?」
もう一人のエース、ジャスミンの爆走。
どんな盾も力尽くで突破する姿は、見ているだけで爽快。それだけで仲間たちの士気を上げていく。
彼女自身が美しいことも、さらに士気を加速させていた。
「ジャスミンさん!! おれたちが守ります!! 先へ!!」
「あんたが頼りだ!! ……なさけないが、得点をまかせた!!」
ぽっと出の助っ人である彼女を頼りにすることに、複雑な気持ちを抱く者もたしかにいる。
しかし、ジャスミン独特の明るく力強い雰囲気と、その圧倒的なポテンシャルによって、早くもチームの核となりつつあった。
「当然!! みんなの頑張りムダにしない!! 絶対に!!」
彼女はまっすぐに返答する。
そこになんのためらいもなく、心の底からチームを勝たせたいと想っている。普段の男性嫌いが緩和されるほどに、この試合の波に熱中している状態だ。
だからこそ互いに支え合うことができる。
「はぁああああッ!!」
「うおおおお!!」
ジャスミンの振るう右腕が敵選手をふきとばし、突進の威力で立ちふさがる盾を粉砕し、着実に前へと進む。
すさまじい迫力の突撃は、とても侮れるものではなく、それなりに経験の積んだ選手ですら怯むものだ。
「ばかな……!! これでルーキーなのか、この女!?」
「あははは!! 絶好調ー!!」
「う、うわあああ!?」
チームメイトによる物理・魔導攻撃により緩んだ敵陣を、シンプルな強さの砲弾が横断していく。
ルーキーとは思えないそのプレイは、敵選手ですら憧憬を抱くものである。
「なんと豪快……!! そして可憐……!! クライス選手とはまた違ったエース!! ジャスミン選手の猛攻が止まりません!!」
「美しい……」
「なに鼻の下伸ばしてんだ、むっつり解説」
「の、のばしてねーし!!」
「……まあ、それはともかくとして。クライス&ジャスミンの進撃止まりません!! これは勝利の光が見えてきたか!?」
実況の言う通り、クライスたちは勢いに乗っている。
本来のチーム力ならば盤上の勝利……の筈だったが、様々な要因が重なって、勝負は分からない状態。
そのまま試合時間は10分を切ろうとしていた。
●■▲
「おおー!! すっごーい!! あのスターク&ミリアム相手に……。こんなに善戦するなんてー!! おおー!!」
「ちょ、ちょっとはしゃぎすぎ……! 落ちついてエレジー……」
「ええ~? やだ」
「もう……」
15メートル四方ほどの部屋の中で、ポーラとエレジーがテレビに映るクライスたちの試合を観戦していた。
二人ともトレーニング中のためスポーツウェア姿で、うっすらと汗をかいている。
しかしエレジーは多少息を乱しながらも、クライスの活躍に興奮した様子。
「さっすがあたしのクライスくん! 惚れ直しちゃうなぁ~。えへへ……好き。またデート(試合)したいなぁ~」
「デレデレだね……。その格好でメロメロになれるのすごいよエレジー」
「?」
エレジーは、懸垂マシンにぶら下がりながら、頬を赤らめてクライスへの好意を口にしまくっていた。
それをポーラは、ランニングマシンを使いながらジト目で見ている。
ここまで彼女が異性に好意を向けるのは初めてなので、とまどっている部分もあった、
「ああ~。ここまで惹かれる選手は、【帽子の人】以来だよぉ~」
「帽子の人……? たしか、前に戦った……助っ人選手だっけ?」
「そうそう。いきなり敵チームの助っ人として現れて……そのまま逆転負けしちゃった。あーくやしいー!!」
「私いなかったけど……すごいねその人……」
「うん! 感じる才能だけなら、クライスくん以上だったかも」
ポーラはランニングマシンの設定を変えながら、エレジーの過去話に耳をかたむけている。
スターライト・ファイターの一人がいても勝てないほどの選手など、この世界にそうそういないだろう。
「それにあの人……」
■テレビに映るクライスの姿を見ながら■
■エレジーは、あの日の敗北の味を思い出していた■




