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踏みつける者と支えられる者

「……」


 そしてクライスの足は、ある地点へ向けて走り出す。

 

(ようやくGOAL)


■残る式の柱は一つ■

■そちらはジャスミンが向かい、クライスは終点へと直行■

■スタークは位置的に間に合わず、このままスルーしていけそうだ■


(北東方向……そんなに遠くないな)


 終点の位置を魔導で探り、気だるそうにしながら走っていく。

 ようやく試合が終わるかと思うと、なんだか楽園に向かっている気分だった。

 それは、退勤前の社畜と言い換えてもいい。


(あー。めんどうくさい)


 本当になんでこんな面倒なことになったのかと、ため息止まらず。

 こんなのはナマケモノの日常じゃないと、心のグチも止まらず。

 

「ま、これで終わりだ」


■クライスの視界に終点が在る■

■それなりに距離は遠いが、これで決着する■


「――そうはさせないぜ。僕がいるからな!」


■安堵したクライスの前に■

■最後の壁が立ちふさがる■


「おいおい……っ。かんべんしてくれ」


 終点前、少し草の生えた地帯に立つ敵選手の集団。

 その中で、激しく青い光が発生し、クライスの視界を染めていく。

 同時に、彼の記憶が少しだけ呼び起こされる。


【自陣の式の柱や終点前に瞬時に移動……変換にはそういう使い方もあります! チーム全体で3回しか使えませんけど!】


■サーシャに教えてもらった限定魔導・変換の効果■

■それを思い出し、クライスはげんなりした■


(これ、やばいかもな)


■ジンたちを撃破し、出現した最後の敵■

■イヤシノ地区最強の選手・スターク■


●■▲


「やばいかもしれないな……これは。まさか最後にスターク選手が……」


「あのスタークってやつ、えらい強さだもんなぁ。クライスの速度にもついていけそうだぁ」


 集会所でクライスたちを見守る村長が、スタークの出現に苦い顔を浮かべる。

 あまり儀攻戦に詳しくない村人たちですら、彼の試合での活躍を見て、その存在が脅威であることを強く感じていた。

 

「カメ朗たちは決して弱くない。……そんな彼らを撃破したというのに、スターク選手は息一つ乱していない、とはね。最強は伊達ではないか」


「そ、それじゃあ。さすがのクライスでも……しかもアイツ、少しつかれてるように見えるし……っ」


「ああ。見た感じでは五分五分……いや、スターク選手優勢かな。残念ながらね。さらに味方の加勢は期待できず……ミリアム選手に削られすぎたか。敵選手十数人をクライス一人で突破しなくてはならない」


 村長の言葉によって広がるざわめき。

 ここまでクライスの活躍を見てきた者たちでも、スターク相手では厳しいという考えが強かった。

 実際に、クライスはスタークに走りを防がれている。

 その考えに至るのは当然、ではあるのだが。


「――」


 彼女はそんな中でも、動揺を見せずにテレビ画面を見つめていた。

 その瞳に映るクライスの姿に揺らぎはない。

 ただ真っすぐに・見ていた。


「……クライスさん」


●■▲


「サーシャ」


■ぽつりと呟いた一言■

■クライスの前には敵選手の壁■


「……」


 このまま行けば、間違いなく潰されて終わる。

 いやそれ以前に、これ以上は進めない。


(あれが……終点を阻む壁か)


■終点を囲むように在る、半透明のドームのようなもの■

■それこそが守護結界・360度すべてを守る壁■

■式の柱が全てゴールされると、これが解除される■


「さすがに力技じゃむり」

 

 クライスは見ただけで分かった。

 守護結界が、力押しでなんとかする類の防壁ではないことに。

 

(ジャスミン)


 守護結界を解除するために必要なGOAL。

 現在ジャスミンが主導でそれを進めているが、試合終了までに間に合うかは未知数だ。

 もしかしたら、このまま時間切れで負けということもあるかもしれない。

 ここまでは順調に、サーシャやチームのみんなと考えた作戦がうまくいっている。


(これ以上は、期待しすぎか)


 早くもクライスはあきらめムードになっていた。

 しかし、それと同時に試合前のやり取りを思い出す。


「――すごいなお前ら」


 クライスの視界で消える結界。

 それは、ジャスミンたちが敵陣のゴールをすべて踏破した証。

 あきらめようかと思った直後に、それをくつがえすような結果を出す。

 

【まかせなさいよ! かならずあたし達がアンタの道を切り開いてやるわ!!】


 試合前に、そんなことを言っていたジャスミンの姿。

 彼女はその通りにチームを引っ張り、勝利への道を切り開いた。

 

「……」


 それを素直にすごいと思う。

 まるで自分とはちがう、どこまでも明るい太陽のような引力だ。

 ……そんな輝きを、うっとうしいと思う気持ちもあるにはあるのだが。


「はぁ」


■ため息を吐いている間に■

■敵選手の壁と、接敵する時がきた■


「さあ。見せてみやがれよ! アンタのその走り! 最後のあがきを!」


「……」


 相手……スタークの気合は充分。

 クライスのモチベーションは変わらず、不十分。

 どう考えても走り抜けることは困難で、もうさっさとこんな面倒な試合は終わらせたいと思っている。

 金のためとはいえ、やはり根本的なやる気が欠けていた。


(あーめんどうくさい。めんどうくさい。だるい)


 無気力さが加速し、試合に勝つ意欲はいまだに低い。

 相対するスタークは、それと正反対に燃えていた。


(なかなかの強者であることは認めてやるよ、クライス選手。だが、僕の踏み台になる程度でしかないぜ!)


 スタークの中にある熱意は、ある方向性に尖っていた。

 その方向性とは、至極ありきたりな活躍したいという名声欲であり、彼の場合それが人より偏っている。

 

(この試合で僕は目立つ!! 誰よりも! ミリアムよりも!! スポットライトを浴びる存在になるんだ!! そう……あの人みたいに!!)


■スタークにとって、全てが踏み台■

■仲間の誰より目立つ熱意に満ち、それによってやる気が支えられている■

■チームワークの大切さを分かっていながら、そういった思考が過剰だと理解していながら、それでもスタークはそう在ることを変えられない■


(最高の踏み台が、目の前にッッ!!)


 欲望のままに振るう力は、確実にクライスに向けて放たれた。

 この試合中においても最高のパフォーマンスを発揮したその攻撃に、相対するクライスは心底うんざりした。


(はぁ。これ負けたな)


 数秒後には接敵し、自分はスタークを突破できずに終わる。

 そんな未来を思い浮かべたクライス。

 それと同時に。


【クライスさんは……最強のスタークさんにも勝てますか?】


 それはあの日、初めての試合の後。

 サーシャに問われた言葉。

 不安そうな彼女の顔を見て、クライスは反射的にこう答えた。


【ああ。勝つよ】


 彼にしてはめずらしく断言した。

 なんでそんなことを言ったのかと、余計な信頼を背負ってしまう言葉をいまさら後悔した。


【クライス!! まかせた!!】


 ああ信頼といえば。

 そういえば、この試合中にもいくつか背負ってしまった気がする。


【クライス! 勝とうぜ! この試合!!】


 どいつもこいつも。

 なんで、自分みたいなナマケモノの社会不適合者に期待するのか。

 そう思わずにはいられなかった。


【どうだ! 楽しいだろ!! 気の合う仲間との、チームプレイというものは!!】


 いつだったかの記憶が頭をかすめた。

 あれは、だれの言葉だったろうか?

 それすらも思い出せない、幻のように遠いメモリー。


「はぁ」


 本日何回目か分からないため息。

 目の前には、最強・スタークという大きな壁。彼の必殺技が自分に迫ってくる。

 クライスは本当に・本当に・まったくもって面倒だと思う。

 だからこそ。

 彼は言った。


「勝つか。この試合」


■そうつぶやいた、直後■


「これでフィニッシュだ! クライス!!」


■スタークの必殺技が空を切る■


「は?」


 必殺技が空振っただけでなく、スタークの視界からクライスが消えた。

 抜き去られた——その現実を彼は飲み込めない。

 それはつまり、二人の勝負が決着したということだからだ。

 スタークの敗北という結果によって。


「ば、かな」


 エレジーとの戦いで見せた速度よりも、さらに上の次元。

 スタークが呆然としている間にも、クライスは敵選手たちを抜いていく。

 いままで見たことのないような速さと、敵を避けることに特化した動きで。

 回避特化の動きは、あの洞窟での謎のロボットとの戦いで身につけたもの。


「は、速すぎる!! こ、こんなのッ」


「ど、どうなっているんだッ!?」


 走りの技術がさらに洗練されたクライスに、大して反応もできずに抜かれていく選手たち。

 彼らも決して弱くはない。実力でいえばプロの中でも中の上はある。

 ただ、クライスの走りが突出しているだけだ。


(ゴール、すぐそこ。だが)


 しかし、走行ルートを塞ぐ敵選手数人が現る。

 終点を囲むようにして布陣する防衛ライン。

 全員が盾を構えていて、クライスの突撃をなんとしても阻止するつもりだ。

 いくら彼でも、これをSPEEDで突破することは不可能に近い。

 

「なら、こうする」


「!?」


 クライスが両腕をふるった。

 その二つの剣は、力強い動きで盾と衝突する。

 

「ぐお!?」


「な、なんだこのパワーッ。そんなッ!?」


 超速の両腕・双剣は、パワー自慢の盾使いたちにすさまじい衝撃を与え、その防衛ラインを崩そうとする。

 彼らはクライスのことをどこかで侮っていた。

 スピードだけの選手であり、パワーはそこまでたいしたことないと。実際、そういうタイプの選手は多い。

 しかして、クライスはちがう。


(なん、だっ。この圧力は……!! こいつはスピード特化選手じゃないッ)


 自身で道を切り開くこともできる、スピード「も」ある選手。

 言うなればオールマイティ・プレイヤー。


「ぐわぁッ!?」


「うおおッ!?」


■砕かれる敵選手の壁■

■疾走するクライスは、そのままゴールへと■


(体にみなぎる――この力。これが俺のスキルの効果、か)


 クライスは、勇士だけが使える力……ある勇士スキルを発動していた。

 それは、この異世界にきてすぐに無意識使用していた、絶対無比なる無職の奥義。

 その名も。


(【来年から本気出す】)


■スキル効果■

■なまけるほど強くなる■


(ただ歩いている時ですらなまけてきた、俺に死角はない)


 なまけることに関してはプロであるクライスにとって、これほど適したスキルはない。

 強化された力は、彼を試合の終わり・安息の地へと導くのだ。


「帰ったら寝る」


 クライスはただそう呟いた。

 いつものごとく無気力で、なんの覇気もないナマケモノ。

 好きな娘に格好いいところを見せたくて……そんな程度のモチベーションで、いつもよりすこし頑張った。


「……」


 しかし、今回の試合は。

 サーシャ以外にも、頭をよぎる影がいくつもあった。

 それがなんなのか。彼は考えようとして。


「めんどくさ」


 考えを途中でやめ。

 いつもどおりの怠惰・虚無感を抱えたまま――気だるげにゴールした。


(ただ、それだけだ)


 そう、ただそれだけ。

 今の彼に残ったものは、そんなものしかない。

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