遠き光
■巨人の腕と弾丸が激突し、凄まじい衝撃が走る■
■それは勢いよく周囲に伝播していき、選手たちにある想いを抱かせる■
「すごい……!! あの壁を揺るがしてるッ」
「彼女は……!!」
■巨人の腕にはヒビが入り、弾丸はそのままの勢いで突き進む■
■その猛攻は、確実に敵の防衛ラインを破壊していく■
「はああああァッ!! 一つ目ッ!! 壊れろ!!」
雨粒を弾き飛ばしながら躍動する、その洗練された美しき肢体。流れる桃色の髪は、今この場において、神秘的な輝きを放っているように味方選手は思ってしまう。
両腕から繰り出されるパンチが敵選手を砕き、うねるように放たれた左足は襲いくる敵集団を蹴散らす。
「まだまだァッ!!」
■絶望的な状況を覆す、救いの女神のような存在感■
■きらめく雨粒を散らしながら、ジャスミンは逆転の一歩を踏み出した■
■その姿に魅了されたかのように、周囲の味方たちも奮起していく■
「よし!! おれたちも行くぞ!! 彼女に続けー!!」
「うおおおおッ!! やってやる!!」
美しき女神に追従する従者のように、味方選手たちが巨人に向かっていく。
己の拳か、得意とする武器か、もしくはその両方か。それぞれの奮闘の仕方は違えど、全員に共通するのは前を行くジャスミンへの期待。
雨の中で躍動する彼女の姿が、勝利への渇望を復活させていくのだ。
「や、やってやるっス! ジャスミン先輩の力に!!」
■その中には、ジャスミンの後輩であるリナの姿も■
■彼女は疲労で息を乱しながらも、残った力を総動員して敵の壁に立ち向かっていく■
■まだまだ未熟・されど、その熱意は本物であった■
「みんな……ッ!!」
■先頭を突き進むジャスミンの拳が、敵選手数人を弾き飛ばす■
■そんな彼女を背後から襲おうとした敵を、味方の盾持ちが防ぐ■
「グッ!! 邪魔をするナァ!! その女はオレ……いや儂?オレ?……のものだァッ!!」
「いいや! 邪魔をするね!! 彼女こそが勝利の鍵だ!!」
快進撃を続けるジャスミンに掴みかかろうとする敵選手を、味方選手がなんとか食い止める流れ。
彼女の猛攻はその間にも勢いを増し、敵の防衛ラインを破壊していく。
「二つ目!! 突破ッ!!」
■豪快な音が鳴る■
■ジャスミンのハイキックによって、敵の壁が破壊された■
「なんだァッ。なんなんだァッ!? この勢いはァッ」
「くソがァッ!! これならどうだァッ」
彼女の右拳が、小太りで体格のいい男の胴体にヒットする。あまりに重々しい一撃は、彼の全身に多大なダメージを与えた。
が、男は怯みながらもその腕を掴み、ジャスミンの動きを少し制限することに成功する。
「ぐッはは! ジャスミン!!」
「今だぁああァッ」
■一斉に飛びかかる敵選手たちは、やはり一糸乱れぬチームワーク■
■さすがの彼女も、この数に押さえられたら厳しいと思わせる迫力■
「厳しいわね——お願いします」
■ジャスミンが放った言葉■
「わかったー」
■それに呼応するように、気の抜けた返事■
「ぐッ、がッッ!?」
「どあァッ!?」
激しい連続音と共に、蹴散らされる敵選手たち。
フィールドを駆ける高速の弾丸。
乱れの手をジャスミンに届かせる前に、疾風のごとき守護騎士が彼らを阻んだ。
彼のそれは、彼女を守るという強い意志が表れた、怒涛のブロックであったことは間違いなく。
「よし、いくか」
「……ええ。クライス」
■彼女を守る騎士の名は、クライス。スキル100%状態■
■死んだような無気力な目ながらも、彼女に襲いかかる手を見事に防ぐ■
■さらに■
「援護」
「ぐッ!?」
クライスの両手が敵集団の壁を怯ませ、そこにヒビを入れていく。
それはまるで、巨人の腕に斬撃を食らわせる騎士のごとく。
だが、彼の顔色は優れない。
「だめだ、きつい」
増幅された乱れの波動が、今もクライスの精神に影響を与えている。いつもよりも力が出ない。
こうならないために、試合終盤まで身を隠して戦闘態勢を整えた。それなのに能力低下が激しい。
巨人の腕を破壊するには足りなく、決定的に盤面を覆す力はない。
「だったら——あたしが壊すッ!!」
■クライスが入れたヒビに、強力すぎる突進が炸裂する■
■ジャスミンの突破力は、ここに来てさらに勢いを増していた■
「グッあああッ!?」
「なんて衝撃……ッが!?」
■轟音と共に、巨人の腕が崩壊していく■
■騎士に守られし、勇ましき姫がその肉体を躍動させ■
「はああああ!! まだまだァ!!」
破壊の拳が敵の盾を砕き、迫る大剣の一撃すらも迎撃し、弾き飛ばして強引に進んでいく。
暴力的な嵐のようなパワープレイは、難攻不落に思えた巨人の守りを確実に突破し、着実にゴールへと近づいていく。
それを見ている敵選手が、彼女の異様な快進撃を疑問に思う。
「なゼ……!? これほどの破壊力がッッ」
「……そうカッ。まさかッ」
そこで敵が気付いたのは、ジャスミンの参戦タイミングについてだ。
彼女は明らかにどこかに身を隠し、試合終盤まで攻撃に参加することはなかった。
それはつまり、体力を温存していたとも言えるわけで。
——同時に、自分たちが想定外に疲労していることにも気付く。
「どうしたのかしら!! ずいぶんヘロヘロじゃない!!」
「ぐァ……!! このッ。調子に乗るなァァ!!」
「調子に乗らせてもらうわ!! 今は特にねッ!!」
疲労している敵と、体力を温存しているジャスミン。その差が生まれた原因について、何人かの敵選手は気付いている。
というよりも、何故かここに至るまで気付くことが出来なかった。
自身の体力が急速に減っている、その理由に。
「ぐ……がッッア!! 体が追いつかんかぁァ!!」
「そりゃそうでしょう!! そこまで完璧な連携!! 全員で合わせようと思ったら無茶当然よ!!」
■あまりに一体感を強制した、ハーディンによる統率■
■それは体に負荷がかかり、追いつけなくなる者も複数出てくる■
■つまり■
「そこォッ!! よ!!」
「ぬッあア!?」
疲弊した敵のポイントを的確に捉え、凄まじい威力のタックルで攻めていくジャスミン。
決して頭で考えているわけではなく、野生の勘に近い攻勢ポイントの選出。
破壊の拳が巨人の体を揺るがしていく。
疲労以外の理由で、いまいち敵の動きが鈍いのは気のせいでなく、それもまたジャスミンの優勢理由になっていた。
「この……!! なんでキレが衰えなイ……!? 女ァッ!!」
「鍛え方が違うのよ!! 特に足腰のね!!」
「!?」
■過去の、ビーフによって行われた修業■
■それによる、不利な足場での戦闘に対する耐性の獲得■
■現在の雨でぬかるんだフィールドにおいて、修業の効果が最大限に発揮されていた■
「とんでもないな。ほんと」
「ぐァ!? 貴様!!」
ジャスミンの邪魔をしようとする選手を、さりげなく排除しながら、彼女の背中を見ているクライス。
どこまでも、突き進んで行ってしまいそうな彼女を。
追いかけるかのように、彼もまた共に走っていく。ぬかるんだ地面は走りにくいが、それでも。
その在り方は。
「認めンぞォォォッ!! ジャスミンんんンッッ!!!」
「!」
■クライスの耳に鳴り響く、まがまがしい気配を纏った声■
■その声の主に受けたダメージは、いまだにクライスの不調の原因だ■
■忘れもしないそれは、狂気と怒りを混ぜたような言葉となっていく■
「ここまでやってくれるとハなァッッ!! 儂の盤面をめちゃくちゃにッッ!! ハッははあっははッ!!」
■乱れ達の主力、ハーディン・ゴズレイド■
■怒っているのか——笑っているのか■
■ごちゃ混ぜになった感情を発露しながら、彼は自身の宝である少女の下へと一直線■
■そのスピードは特別速いわけでもないが、鬼気迫る迫力によって、実際以上の脅威に映る■
■160程度の身長ではあるが、相対するジャスミンにとっては■
「うゥッ……!!」
■彼女とハーディンの距離は、まだそれなりに離れている■
■だというのに■
「ぐあはッッはッはッッァ!! あァァ!! ジャスミンッ!! またお仕置きが必要なようだなァッッ!! 悲しいが喜ばシいッッ!! 忌々しいがッッ見惚れテしまうッッ!! 君という宝は——永遠なル闇の中で愛でルが相応しいッッ!!」
■ジャスミンの視界に映るハーディンは、まるで巨大で凶悪な巨人のようにも映っていた■
■それは彼自身の乱れとしての威圧感と、彼女の恐怖感によって形作られたイメージ■
■足をすくませるには十分な威容であった■
「うゥ……!」
「ぐッフははははッ!! 逃がさんぞゾォッ!! ジャスミンッッ!!」
巨人の手が、ジャスミンを捕えようと伸ばされる。彼の顔は狂気に染まり切り、既にジャスミンのことしか見えてはいない。
己の心臓を高鳴らせる、最も愛すべき奴隷が目前に迫っている。
今度こそは絶対に逃げられないようにして——永久の檻の中へと誘おう。
そんな強い想いと共に、ハーディンは彼女に攻撃をしかける。
「ぬゥッ!?」
だが、そんな彼の視界からジャスミンが消えた。
消えたと言っても、超スピードで抜き去ったわけではない。
「魔導弾ッッ!! こしゃくなァッ!!」
■ジャスミンの放った魔導の弾が、ハーディンの視界をさえぎった■
■彼の体が一瞬硬直する■
「はッはハはッ!! だからァッ逃がすかァッッ!!」
■しかし硬直の後、即座に対応する■
■見えずとも、俯瞰視点によって状況は把握している■
■ジャスミンは左右のどちらかを通り、自身を抜き去るつもりだろうと■
「ああ・逃がさんともさ——【◆暗黒◆】」
■それは、いきなりその場を支配した■
■空間がねじ曲がるような、そんな錯覚を起こさせるような異質■
■ハーディンは迷わず、己の秘奥である魔導を発動したのだ■
(【現象の言】・【暗黒】。特殊・発動)
ハーディンが得意とするのは失われた魔導・暗黒。
敵対者の生命力を削るこの魔導には、ある隠された性質があった。
同じ魔導でも発動者によって性質が変わる(炎の魔導を手から出すか・口から出すか等)ことはあるが、闇の魔導の場合それが顕著に表れる。
つまり、ハーディンが発動したこれも例外ではなく。
(――【衆愚領域】・完全発動)
【恐ろしいナ。お前のその魔導ハ……まさしく、あのクライスの天敵かもしれン】
■マリオすら恐れる、ハーディンの切り札■
■クライスすら仕留めうる可能性を秘めた、可能性への侵食■
■すなわち■
「君に選択権はない――私の軍門に下れジャスミン」
ハーディンの暗黒魔導。
その本質は何かを【削る】ということ。
彼の場合、削る対象が生命力ではなく。
相手の行動そのもの・ゆえに物理的に突破不可能な概念の鎖。
回避しようとしても、体が勝手にハーディンの方へと向かってしまう。
「さァぁア!! 盤面終局ッ!!」
■ハーディンの勢いは、さらに加速する■
■まずは自身の視界を阻む魔導弾をねじ伏せるべく、その強靭な腕を伸ばした■
「――そうね。終わりよ」
「ハッ……は?」
■伸ばした腕の先■
■そこにある魔導弾の形が、ヒト型のように変化——否、それは紛れもない人だった■
「なァにィッ!??」
■魔導の塊と同化したような、ジャスミンの姿がそこにはあった■
■その全身に満ちるエネルギーは、ハーディンの動きを鈍らせるほどの、隔絶した気配を発していた■
■揺らめくような銀光を纏い・少女は弾丸と成る■
「最初からッ! こっちは避ける気なんてないのよ……ッ」
■そう、避ける気などなかった■
■一度捕らえられ・解放されたことで、彼女は自身の原初の想いを取り戻したのだから■
■ただひたすらに、己の力を解き放ちながら突き進みたい・何者にも囚われないぐらい・その強烈にして純粋な衝動■
■それを思い出させてくれたのは■
「――」
彼女の鋭い眼光は、ハーディンに対する恐れがないわけではない。
しかし、決して怯んではいなかった。
その背後に、頼りになるナマケモノのヒーローが在るのだから。
知らず知らずの内に、そのフィールドを駆ける姿に惹かれていた・ゆえに原初の箱を開けるカギとなった男が。
「がんばれ」
■そのナマケモノの、気が抜けたような言葉■
■それが聞こえたのか・そうでないのか——ジャスミンは、大地を強く踏みしめた■
「あたしは……突撃するしか能のないッッ!!」
■強く・強く■
■まるで、このフィールド全体に伝わるのではないかと錯覚するほど強く■
■衝撃が、彼女の踏み出した足から一気に駆け抜けていく■
「突き進むだけのッッ!! 暴走列車なのよぉオッッ!!!」
■ただ一直線に・敵へと突進■
■揺らぐ決意は、もうどこにもない・彼女を縛る鎖が壊れていく■
■そうして、強く鳴り響く衝突音は、盤面が破壊されたことを示すもの■
■砕け・粉々に・今まで張り巡らせた策が崩壊する音が聞こえる■
「ごッッがあァッ!??」
■ハーディンが大きく宙に弾き飛ばされ、彼女を阻む壁はなくなる■
■縛る鎖も砕け散った■
「ば……カ……ナッ」
ハーディンの顔面まで広がるひび割れ。大きなダメージを受け、試合続行は不可能に思え、今まで維持していた力が消えていく。
明滅する視界の中で、彼は遠く離れていくジャスミンの背中を見る。
どこまでも明るく輝く太陽のような、見る者を魅了する荒々しい存在感。彼女と出会ったいつかの日、心奪われた美しさ。
それが、今もそこに在った。
「あァ——やはり君だ」
そう言った彼の視界から、太陽の輝きは去っていった。
遠く離れ、どこまでも・どこまでも。




