鳥籠少女・幻想抱擁
「き、貴様ァッ!! ジャスミンをッ!! この変質者がァッッ!!」
「……うるさいな。変わらず」
憤慨するハーディンの怒気すら、今のクライスを揺るがすことは出来ない。
それだけ彼は、身動きの出来ないジャスミンを守ることに集中している。その威圧感は、周囲にいる選手が誰も近づけないレベルのもの。
ロリンとクライス、それぞれが守護の構えを見せている。
「な……ぜ……」
■現在の状況に、呆然となるしかないハーディン■
■自身の大切な奴隷が、一気に奪われたショックが全身を駆け巡る■
「お……う、おお……ッ!!」
■体の震えが大きくなっていき、口から出る言葉はか細い■
■その様子を見て、クライスは即座に撤退を開始する■
「おっとー。雇い主様速い! ……ではわたしもー。バイバイ!」
ロリンも同様に逃走を開始し、敵選手たちはそれを追いかけようとする。クライスのスピードはともかく、彼女なら追いつけるかもしれないと考えて。
魔導を発射する構えを見せる者や、飛び道具を使おうとする者もいる。
「うわ、これは……やばいかー!? ピンチ!」
■言葉とは裏腹に、ロリンはその笑みを絶やさない■
■彼女の背中側で浮く刀と鞘が、追撃者たちに妙な威圧感を与える■
「食らいなァッ!! ガキィ!!」
「いやです。乱暴ですねー」
■追撃者の男が、剣をロリンに向けて振り下ろす■
■彼女はそれを、左腕で持った刀で見事に受け流す■
■その動きはあまりに洗練されていた■
■右腕で、ヒナを抱えているにも関わらずだ■
「な、なんだっ。こいつの動き!」
「隙だらけだなぁ。はい」
「ぐがッ!?」
敵の動揺を逃さず、高速技巧によってその首に斬撃を与える。
防御力がそれなりに高いため、刎ね飛ばすことが出来なかったが、一時的に転倒させることは出来た。
だが、攻撃の隙に別の敵が襲いかかってきた。
「ひゃは! もらったァ!!」
■ナイフ2本による攻撃+遠くから飛んできた、風魔導による弾丸■
■同時に来たるピンチの時■
「うわー。これはキツい! やばい!」
■ロリンはそう言いながら・二つの攻撃を瞬時に受け流す■
「な……ッ!?」
■あまりに素早い防御は、敵を驚愕させるに充分■
■そのまま彼女は、乱戦中の選手たちの中へと消えていった■
「ぐっ……!! しかもッ」
しかも、ロリンは撤退前に密かにゴールを決めていた。あまりに抜け目なく、ハーディンとクライスによる混乱を突いた、最適なゴールタイミング。
自然な動きのために、ゴールされたことに気付くのが遅れてしまう敵陣営。広がる動揺と生まれる隙。
それすらも計算に入れていたのかは定かでないが、結果としてロリンは逃げ切った。
「……」
■そんな中、ハーディンの体の震えが止まった■
■彼は得点を確認、17対4であると認識。完全に負けている■
■渦巻く感情の中で、しっかりとした意思を取り戻した■
「ぐ、ふッ。ふふふふふフフふううううううううッ」
「は、ハーディンさん……???」
「……なるほど……そういうことかァッ。完璧理解!! 儂天才ッ!!」
「は???」
■いきなり気色の悪い声を上げ■
■ハーディンは、勢いよく顔を上げた■
■そこには、気味が悪いほどの笑顔が存在した■
「敵チームに追い詰められる主人公チーム……変態に奪われたヒロイン……!! これぞ王道……!! ぐはっ」
リーダー格の奇妙な言葉に、周囲の敵選手たちは動揺を隠せない。乱れの者たちですら困惑する、理解不能な行動・しかし、ハーディンの瞳はめらめらと燃え盛っていた。
それは熱意と呼べるものである、のは確かなのだが。
その炎はあまりにどす黒く・他を寄せ付けない隔絶性。
「ぐッふふふッ!! ではではッ!! 我が愛するジャスミンへの道を、切り開くッ!! なんとしてもッッ」
■指揮棒を再度振り、彼は高らかに宣言する■
■この苦境の中で、勝利を手にするのは自身であると■
「奏でよ乱れの兵ども!! 進め・困難の先に在る到達点へッ!! 恐れることはないッ!! 貴様らには儂がついているッ!! グッははあはっははははッあああああああああああああああああああああああはァッ!!」
●■▲
「……なんだッ!? こりゃあ!! 気味悪いッ!!」
■ハーディンが咆哮を放ったのと、時を同じくして■
■ベントが防衛を行う闘技場にて、その異変は起きた■
「はッはは!! なんか知らねェけど!! ハイな気分だぜ!!」
「今なら、どんな攻撃も効かねェ!!」
■ベントが対峙する選手たちが、血走ったような目になり、その動きを加速させる■
■振るう武器の脅威性が、明らかに上昇していた■
「……なんて、その程度で怯むかよォッ!! オラァッ!!」
向かってくる脅威に対して、氷結の拳をお見舞いしていくベントの抗戦。
敵選手たちのナイフや斧の魔導具が、冷気によって浸食され、彼の拳で砕かれていく。
さらに浸食は進んでいき、彼らの肉体までもが冷気によって無力化されていった。
やはり脅威は健在、乱れ達は氷結の壁を突破できない。
「——はッははぁッ!!」
「んなッ」
肉体を砕きながら、それでも壁を突破しようと迫ってくる敵選手数人。
それに対しベントは即座のカウンターを放った。
「ぐッあっ!!」
胴体を真っ二つに砕かれ、地に伏せていく乱れ達。
儀式場の力による特殊なダメージ演出で、内臓が露出することはないし、血しぶきが飛ぶこともない。
しかし、上半身だけになっても狂気的に笑う敵に、ベントは不気味さを感じてしまう。
「なんだァ……っ。さっきよりも……!」
■基礎能力の向上に、狂気性の強調■
■彼らが本来持つ性質が、強化されているような現象■
「……これはァッ。気持ちの悪い気配まで……!!」
乱れ達が放つ、精神を蝕むような気配。当然それも強化されているということで。
さっきよりも自身の動きが鈍くなっていることを、気のせいとは思えないベント。敵選手を殴り飛ばした拳が、わずかに震えている。
いまだに自分たちのチームが優勢である、その考えが頭をよぎった瞬間。
「……!!」
■無意識の内に、得点状況を確認していた■
「17対11……!? オイオイ! 一気に差がなくなったなァッ!!」
得点差がさっきよりも縮まっている。
それも、さっきまでとは比較にならないスピードで。
理由はどう考えても乱れ達の強化だが、それにしたっていきなり試合状況は傾き始めた。
敵側の攻撃も防御も、急激に上昇していると言っていいレベルの証拠だ。
「チッ、思ったよりも余裕勝ちとは……いかねェか!!」
●■▲
■場所は、それなりに大きな茂みの中■
■隠れるようにクライス達は、そこにいた■
【申し訳ありません……クライスさま……!! ジャスミンをよろしくお願いしますッ】
■泣きそうな表情で、そう言っていたサーシャ■
■彼女が構築に協力した策も上手くハマり、ジャスミンを奪い返すことに成功した■
■今回の試合でも、サーシャの見えざる【剣】は多方面で作用し、試合の戦況を有利に運んでいるようだ■
「クライス……さん……!」
「調子は? おかしなことはされなかったか?」
「まー、大丈夫でしょ! 素早い救出でしたから! わたしの神業!」
クライスは、ロリンに抱っこされたヒナへと声をかける。
そう言う彼は、まだ意識を戻していないジャスミンを抱えている。その拘束衣は、事前にゴールドに貰った鍵によって外され、その下の試合用スポーツウェア姿に彼女はなっていた。
クライスの両腕には焦りの震えが表れていて、彼がヒナのことも大切に想っていることがよく分かった。
分かったからこそなのか。
ヒナの瞳に妖しい闇がうごめいた。
「――」
■そのどす黒い光は■
■クライスに気付かれないよう、ひっそりと輝く■
「ヒナ?」
「……はい。無事です……わ」
ヒナの様子に戸惑いはあれど、クライスは油断なくハーディン達を警戒していた。
奴隷を奪取されたハーディンは怒りの表情でクライスを追い、殺気を異常にたぎらせている。
彼に追従する仲間たちも武器を構えて、その性質を強化しながら走っているだろう。
状況はまだクライス達の優勢。だが。
「いやーどうでしょうね? あの人、なかなか油断ならない……かも? あは」
「だな」
■あの人と言って、一致する影■
■ハーディン、乱れの首領■
「普通にやばいですよアレは! ……本当は、肩を切り落とすつもりの一撃だったのに」
「……」
「悪辣王の仲間の中でも、間違いなくトップクラスの選手でしょうねー。いやはや、他にヤバそうなのがいなくて良かった。……いないからこそ、あんなのをチームに入れたのかもですけど」
ロリンの言う通り、ハーディンという男の脅威性は敵チームの中で随一だろう。
事前の情報では、儀攻戦に関して素人同然という話だったが、それなのにここまで脅威に感じるために逆に恐ろしい。
もしかしたら才能の塊なのでは?と思ったりもする。
「ま、負ける気はないけど」
「おー、頼りになりますねー。ふフ」
■一瞬だけ、ロリンはその目を細めた■
■何かを探るような、意味深な瞳■
「……まー、地道にやっていきますか! こっちが総合力で優っている以上、悪手連発でもしなければ勝てる試合! ここで敵の脅威に焦ってしまう方がまずいですよ!」
「……ああ」
■クライスは、ロリンの勇気づけるような言葉にうなずいた■
■同時に、彼女のその赤い瞳に警戒している部分もあった・味方なのになぜか?■
「……」
■その時、ぴくりとジャスミンのまぶたが動いた■
■クライスは即座にそれに反応する■
「ジャスミン」
■呼びかける声は、慎重に■
■彼女の反応に、クライスは緊張せざるをえない■
「……くら、イス?」
■目に光を戻したジャスミンは、しかし闇もまた消えない■
■ハーディンの鎖はまだ砕けていない■
「あれ? ご主人様は……アレ、あたしは……ここは?」
「ジャスミン」
「……どうしよう、戻らないと。また・また酷いことをされちゃう。どうしよう」
「……」
「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」
■狂ったように、言葉を連続して発するジャスミン■
■その心がひび割れていき■
「――大丈夫だ」
■壊れる前に■
■クライスが優しく抱き締めた■
■ほぼ無意識の行動で、直感的に動いた結果■
■ここは慎重に考えて後手を踏むより、動くべきだと思った■
(サーシャにしてもらったみたいに)
今にも壊れてしまいそうな彼女を見ていられず、クライスは彼女を受け止める。しっかりと守る。
ジャスミンが攫われた際に、助けを呼ぶ声に応えられなかった。
そのことを後悔しているクライスは、絶対に助けようと心に強く誓っていたのだ。
「守る、今度こそ。だから」
ジャスミンの心を守れるようにしっかりと力強く、彼は告げる。
そうしないと、彼女の平穏は二度と戻らないような気がしたから。
そうしないと、自身の幻想が砕け散って消える気がしたから。
手に入れた欠片を手放さないように掴んだ。
彼にしては珍しい力強さを込めて。
「またあの時みたいに——」
■クライスは彼女の姿が好きだった■
■明るく輝く太陽のようなそれが■
「あの、時……?」
■今のような姿を見る度に■
■クライスの脳内が、ぎしぎしと悲鳴を上げるのだ■
「なんていうか、もっと……元気を出してほしい。笑っていてほしい」
「……」
「お前も……俺の平穏だから」
■彼に抱き締められた、太陽の少女は■
(あたたかい……安心する。あの時みたいに——)
■徐々に、その熱を取り戻していく■
「……」
なんと言ったらいいか分からないままに、クライスは言うべきことを全部言った。
自分にとってジャスミンがどんな存在であるのかを、隠すことなく直球で伝えた。
彼女の瞳はまだ闇で濁ってはいたが、少しだけ光の強さが変わったように彼は感じる。
実際、彼女は何かを確信したように目を見開いた。
それは、クライスが危惧していた・しかし、今はそうなることがベストだと思っている。
「……聞きたいことが、あったの。どうしても」
「なに?」
「教えて……クライス」
ジャスミンは、何かにすがるようにクライスへと問う。
それだけ彼女にとって大事なことであるのだ。
クライスは心臓が少し痛くなるのを感じながら、彼女の問いに耳を傾けた。
「あんたは……村の英雄なの?」
■問いの意味は■
■想い人に関することだと、クライスは理解した■
「……」
■なので■
「そうだ――ウホ」
■多少の躊躇いの後に、就職者Gであることを肯定した■
「ふ、ふふふ」
「!?」
「なによウホって。ふふふふ」
「う、ウホ」
ジャスミンはおかしそうに笑って、クライスは反応に困惑する。
下手にキャラを引きずるものではないなと思い、彼はジャスミンから目を逸らした。
元々コミュ障の自分に上手い対応などできるわけないと、ジャスミンの笑い声を聞きながら顔を赤くする。
「……クライス」
「な、なんだよ」
「離れないで、そばにいて」
「え?」
■クライスを抱き締め返すジャスミンは■
■いつもと違う声色で、そう願った■




