その刃は奇襲となりて
「……」
■不可視の刃が、敵を容赦なく切り裂いた■
■姿見せぬ暗殺者は淡々と行動する■
(ジャスミン……)
雪が少し積もったエリアにて、ヒナは乱れたちと交戦していた。
彼女以外の侵攻者たちが周囲にいて、敵のブロックを崩そうと頑張っている。
ヒナの刃は、目前の侵攻者に夢中になって隙を見せた敵から、順に排除していく。
式の柱へ続く道が徐々に開いていった。
(どこに……いるんです……?)
■さらに磨かれたヒナの技が■
■全体的な戦況を、陰ながら勝利に傾かせていく■
「よし! あと一押しだ!!」
「一気に攻め込むぞ!! 陣形を乱すな!」
勝利の機会が訪れたことを悟った侵攻者たちは、一気に攻勢を仕掛けて、敵の防衛壁を破壊しようと動いた。
式の柱を解放するまで十分もかからないだろう。
着実に、クライス達の勝利は近付いていく。
「……」
■ヒナは敵の防衛の隙を突き■
■式の柱へと走り出した■
(助け出す……絶対に……)
ヒナが思い浮かべるのは友達の顔。
明るく笑っていた、自身とは正反対のような少女。彼女を乱れの手から救い出して、そして・そして・どうする?
そうだ彼女は……彼女は……。
しかしそれでも。
(――)
■少しだけ思考が鈍る■
■己の感情同士がぶつかって、上手く回らなくなったせいだ■
「ゴール……」
だが目的は達成した。
ゴール地点が光を放ち、ヒナを祝福するかのように、その姿を彩っていく。
それすらも今の彼女には鬱陶しく思えてしまい、少し顔を歪ませるのだった。
自身の内で渦巻く感情の整理も出来ないまま、次なるゴール地点へと急ぐ。その足は軽いとは言えないものだ。
(今は……考えないように……いたしましょう……。現在の得点は……13対4でこちらの優勢……総合力では……勝っていますわね……)
試合の分析を行い、頭を冷やすことにした彼女。
その過程で、今回の試合における最も厄介な選手を思い浮かべる。
そう、クライスすらも退けたという、乱れ達の主力の一人であるハーディンだ。
当然、無職の勇士の調子が悪かっただけと思ってはいるが、それはそれとしてスターライトファイター級の選手なのは確実。
(ですが……それ以外には……厄介そうな選手は……特にいない……?)
■ここまでの試合の流れを見るに、どう考えても自分たちの方が優勢■
■元々のチーム力の差に、かなり開きがあると思われた■
「ふフ……このまま……蹂躙して……さしあげますわ……!! あの方に盾突く……愚かなクズども……!!」
■ぺろりと、舌なめずりをする■
■その眼光は、禍々しいほどに輝いていた■
(ハーディン……。とりあえずの……排除目標は決まりましたわね……)
どの側面から考えても、ハーディンを優先して排除すべきなのは明らかで、ならばと彼女は邪悪な笑みを浮かべる。
己の能力と・それによって得られる成果、現実的な道筋を構築していく。
——その光景を想像するだけで、肉体にみなぎる活力が止まらない。
「はハ……ッ」
■そして、目標を視界に捉えた■
●■▲
■そうして、現在■
「――はハは。これはこれはァアああ」
■過去から戻った思考で、ヒナが認識したのは■
■顔から数センチのところに接近した、不細工な男の顔■
「なかなか上玉じゃああああないかッッ。やったぜ☆」
「……!?」
疾風の勇士ヒナは・乱れの首領の両腕でしっかりと抱き締められ、動きを封じられた。
ウインクしながら、自身を舐め回すように凝視しまくるハーディンに、ヒナは吐き気をもよおすほどの嫌悪感を感じて、即座に殺気を研ぎ澄ませた。
しかし、絶妙な力加減の締め付けによって、抵抗の余地すら封じられる。
「良いのォオオ、最高だなあああああ、ぐひょおおおおオ!!」
■気色の悪い叫びを上げる、乱れの一人■
■彼は、抱き締めた奴隷を愛でていた■
「……ッ!!」
抱き締められて、体が少し壊れていくのを感じるヒナ。
骨を何か所か砕かれて、ぐったりとしている様子は、もう既に戦闘不能であることがよく分かる。儀式場特有の、ダメージ緩和機能はちゃんと働いているため、痛みこそ大したことはないが、意識は不確かに揺れていた。
彼女は何が起きたかも分からずに混乱している。
なぜ、自身の技が破られてしまったのか?
考える余裕もないほどに、嫌悪感が頭を埋めている。
「ぐっふふ!! そんなに暴れて、儂の男気に委縮しているのかアあああああッ!?」
「……なにを……おバカなことを……!!」
最愛の勇士にならともかく、気持ち悪さの権化のような醜悪な気配を放つ男に触れられて、嬉しいはずもない。
なんとしてもと逃れようと足掻くが、締め付ける攻撃を受けてしまった体には無理な話。
ハーディンの魔の手からは逃れられず、苦痛と嫌悪感の渦に飲まれるしかない。
パワータイプでない彼女は、こういう状況になると弱い側面があった。
「最近の奴隷の中ではトップクラス!! ひゃほおおおおおおお!! まあまあ最愛には及ばぬがァ」
「……!!」
「巨乳……っぽいなアああああ。ぐひょおおおおおお!! どれどれえええええ!!」
「……!?」
ハーディンがその手をヒナの胸元へと伸ばす。
何をしようとしているかは明らかなため、ヒナの顔が一瞬にして不愉快の極致へと至った。
「ぐうはッああああ、恥ずかしがらずに儂にすべてを見せてみろYO!! はッッはあああ!!」
「冗談きついですわね……!! わたくしを好きにしていいのは……この世でただ一人……!!」
■伸ばしたハーディンの手が、見えない刃によって裂かれる■
■とは言っても、本当にかすり傷程度のダメージだが■
「ぬゥウッ!! なんという……!!」
■その斬撃以上に、ヒナの気高い瞳にハーディンは魅せられた■
■凛とした、高貴なる者特有のオーラを持ったまなざし■
■この状況でもなお、彼女はハーディンを女王の如き態度で威圧する■
■自身を侵食しようとする魔の手に怯えてはいても、決して屈したりはしない女傑の風格■
「ふムゥ……まあいいか」
■何を思ったか、その手を引っ込めるハーディン■
「美貌……だけではなく、その精神性も儂の奴隷に相応しい。麗しき姫よ。……しかしつくづくどうして、貴様のような……絶大的至宝の極致の如き女がいるから——求めること止められずか。ぐフ。当然だなァア」
狂喜するハーディンの前方では、乱れと侵攻者の戦闘が行われているが、戦況は侵攻者たちの不利に傾いている。
ヒナの暗殺戦法が潰されたことで、乱れ側の猛威が表に出てしまっていた。
攻勢がどんどんと式の柱から離れていき、破滅への道がはっきりと見えてきている。
心の底で勝利を確信・否・まだ確信には至らないハーディンは、それはそれとして新しい奴隷を可愛がることに夢中だ。
儀攻戦そのものにはまったく関心がない。
「ふっひひひひひ、さあああああァ。一緒に行こうかア!!」
「放しなさいまし……!! この……豚が……ッ!!」
ヒナを抱き上げて、背後に立っていた仲間たちの方を向くハーディン。
その中には、最もお気に入りの奴隷の姿もある。
奴隷の姿を見たヒナは、驚きで両目を見開いた。
「ジャスミン……!!」
■男たちに持ち上げられたジャスミン・その姿は■
■活力がなく、虚構の中にいるようだ■
「ぐっひひひひ、この場所には何やらおかしな仕掛けがあるからなぁあああ。さっさと離れてしまおうかぁあア」
新しい奴隷を抱き締めながら、ハーディンはジャスミン達を連れてこの場を離れようとした。
その時。
「うぬ?」
■ハーディンの視界の端で、おかしなものが見えた■
■そこには、もう誰も選手はいないはず■
■逃走した者たちと、追撃した者たち■
■それらが過ぎ去った後の、その場所に■
「——よし、壁なくなった」
■敵のトップクラスの脅威である、クライスの姿が見えた■
「はッにッィ!??」
思わず間抜けな声を上げてしまうハーディンは、目玉が飛び出るかのような衝撃を受けた。
なにゆえ、クライスがいきなり何もない場所から出現したのか?
いや?
いや?いや?いや?
「奴は……確かに……ッッ。あの場所からッッ」
■ハーディンが一瞬だけ見た光景■
■クライスが、【地面の穴】から出てくるものだ■
■スコップのような物を、持っていたようにも見えた■
「……モグラかァッ!! 貴様はァッ!!」
■激昂する乱れの首領■
■厄介な選手の再登場に、髪を片手で搔きむしりながら、地面を破壊する勢いで右足を振り下ろす■
「ぬうゥ……ッ!! そうかァ!! あの最後の爆裂魔導ッ!!」
ゼノの最期の爆発魔導。
アレは、おそらくクライスが行ったなにかしらの工作を、ハーディンたちの目から隠すためのものだったのだ。
もしかしたら、彼の挑発的な態度も、追撃させてゴールから敵選手を遠ざけるためのものだったのやもと。
そう、クライスが出撃する地点を通り過ぎるように。
「ぐッああああッ!! 後方部隊!! あの勘違い主人公気取りを止めろォ!!」
■感情が乱れに乱れ、早く脅威を排除せねばと躍起になる■
■後方、逆サイドで戦っている選手たちを動かし、向かってくるクライスの侵攻を阻止しようとする■
「くそがくそがくそがァ!! ここにきてッ!! 最も目障りな選手がァッ!! 儂とジャスミンの愛を壊そうとッ!! 許せんッ!!」
■ハーディンは、ぐちゃぐちゃの思考の嵐を泳ぐ■
「だがァ!! 主人公はこの程度で諦めんッ!! ……奴の能力値の高さは脅威だがァ、単騎で突破できるほど甘くはないわァッ!!」
抱えているヒナを壊さないようにしながら、ハーディン自身も片腕で応戦する構えを見せる。
彼の頭の中で、クライスに対する情報が駆け巡り、対処法を構築していく段階に入った。
とりあえずは、自チームの速力自慢たちをぶつけ、なるべく牽制をしていくことにする。
その過程で、新たな突破口になりうる情報もあるかもしれない。
(さっきの穴はなんだァ??? 奴め、能力値が高いだけでなく、厄介な能力も持っているようだなァッ。とにかく、また隠れられたら困るッ。スコップのような魔導具がトリガーであるのは違いなく・ならば、それを使わせる隙を与えないようにするかァッ!)
■クライスに対する、猛威を偏らせた思考■
■ハーディンの中で、それがどんどん膨れていく■
「——あ・ハ」
■彼の耳に・不気味な笑い声が聞こえてきたような・そんな気がした■
「? ……がァッ!??」
■すさまじい衝撃が体を貫く■
■より正確には、右肩から発生した異常事態■
「貴、様ッはァッ!?」
「あー、直前で悟られましたかー。さすがですねー」
■ハーディンの右肩に突き刺さった、乱れ刃の刀■
■守護者ロリン・ネイドスが、奇襲を成功させた■
「……ぬゥッ!?」
■彼女の美しさ、愛らしさに一瞬彼は目を奪われ■
■同時に、その笑みを見て背筋を凍らせた■
「このォ……!! 何者だァッ!??」
背後のロリンに向けて、左拳を勢いよく振り抜くハーディン。
その反撃はそれなりに早いものだったが、敵に当たることなく、見事に空振ってしまう。
「うわっ。すごい勢い~。やりますねー。当たりませんけど」
ロリンは優雅に空中を舞い、王子様のように着地を決める。
その両腕で、救出したヒナをお姫様抱っこしているため、なおさらそんな印象を高めていた。
ハーディンの右肩を攻撃し、その影響で手放した彼女を回収・離脱、あまりに迅速な救出劇であり、淀みない作業。
「お姫様は返してもらいます。あなたには任せられない」
■ニヒルな笑みを浮かべながら、守護の剣士は威風堂々と立っている■
■ハーディンはそれを見て、己の策がうかつだったことに気付く■
「そうかッ……!! 後方部隊の移動に乗じてッ」
クライスに対処するため、緊急的に後方部隊を動かした。
その混乱と配置転換による背後陣営の防御力の低下、それらによってロリンがハーディンに接近する隙が生まれたのだ。
しかしと、ハーディンは苛立ちながら舌打ちする。
「返せェッ!! 儂の奴隷をォ!! このォォオッ!!」
■勢いよく突進を行うハーディン■
■それは、あまり高くない彼の速力にしては、かなりの速度で■
「——う、わああッ!?」
「は、ハーディンさんッ! こっちにッ!! ぎゃああ!?」
「なッ!?」
■味方の悲鳴を聞いて、ハーディンは後ろを振り向く■
■そこには■
「……」
「こ、この野郎は!! 返しやがれそれを!!」
「敵の主力……クライスッ!!」
■敵選手たちを蹴散らし、拘束されたジャスミンを抱えるクライスの姿■
■その眼光は鋭く、乱れ達も奪われた彼女を取り返すために動くこと出来ない■
■圧倒的なプレッシャーを放つ無職が、そこに立っていた■




