怪奇日食
「……」
目を閉じて過去を想う。
ずっと目を逸らしてきたのだから、何故いまさら?と、そんな風に思う気持ちもあったが。大した理由はない。
彼女はこの瞬間だけ暗く沈んだ・過去に沈む。
(記憶は朧で・霧のようにうっすらと漂う)
スローラ村に来る前。
まだ島の外で生活していた時の記憶。
それは欠片と呼ぶべきもので、はっきりとした形は成していない。
その中でも、薄っすらと見えるものがあった。
(光の先に)
眩く煌めく太陽は、少女の心を焦がした。
何も特別なものではない、誰の頭上にも輝いているそれ。
彼女にとっては、それが特別なものとして映っていた。
(ああ・ああ)
伸ばしても届かない太陽。
そもそも腕が動かせない時もあったのだ。
それでも、焦がれる気持ちは止められない。
だれか――と、ある存在を求める心が生まれたのもそれがきっかけか。
(いつかあんな風に)
■少女の記憶は継ぎ接ぎで■
■次なる記憶は……■
(平穏な村にやってきた)
村の村長は彼女を温かく迎え入れた。その心の傷に気づいていたのだろう。
新しい家で、まだ暗かった彼女は生活を開始した。
村人たちともそれなりに仲良くなった。
村に来てからまだ一年も経たない時期に、同年代の少女と知り合うことになる。
「サーシャって言います。はいっ」
「……」
「な、なにかこまったことがあったらっ。言ってねっ。だ、大丈夫だからっ。……多分」
特別暗いわけでも明るいわけでもないサーシャは、だからこその穏やかさを持っていた。
少女の傷ついた心さえも、優しく包み込んで癒していくような雰囲気。
二人が仲良くなるのに、時間はそんなにかからなかった。
「あはは!」
穏やかな村のおかげか、サーシャとの触れ合いの結果か。
明るく笑うようになった自身に驚く少女。
前よりも活発的になって、サーシャを引っ張るようになった。
涙目になったりすることもあったサーシャだが、困っている時にはいつも助けてくれるジャスミンを、ヒーローのようだと言ったことがある。
全力で堂々とした姿は、モンスターに襲われたサーシャを助ける時ですら変わりない。
「へぇ、ファイターかぁ」
ファイターという職業を知って、少女はそれを目指すことを決めた。
きっかけはサーシャ達と一緒にゼニゼニタウンで見た、ファイター達の大会だ。
当時のスターライト・ファイターたちによる円盤戦は、苛烈で激しくてまるで――。
●■▲
「……行くか」
そうつぶやいて試合場に繋がる通路を潜る。
観客たちの歓声が、実況の煽りが、ジャスミンを過去から現在へと引き戻した。
隣の試合場で戦っているクライスのことを一瞬考え、すぐに自分の試合に集中する。
今集中すべきはこの瞬間だと・彼女の熱意が告げているからだ。
「さて、次の相手は誰かしら」
リングに導く絨毯を歩きながら、ジャスミンは対面上から歩いてくる人物を注視した。
誰だろうとは言ったものの、実は相手の検討はそれなりについていた。彼女の前に控室から呼ばれた選手に、よく知っている人がいたのだ。
彼女の予想では、自身と同等以上の選手が相手だ。何度か戦った経験があり、知り合いでもある。
そうかつて、ジャスミンがファイターになるきっかけとなった試合で、戦っていた選手の一人。
(今はスターライト・ファイターでなくなってしまったけれど、それでも実力はたしか)
ほぼ互角と彼女は見ているが、むしろ劣勢かもしれないとも思う。
実力差はわずかであり、負ける可能性は大いに存在した。
それでもここで負けるわけにはいかないと、ジャスミンは闘志を大いに燃やす。
燃え盛る炎の先に待つ【彼】と、このリング上で想いのままに戦うために。
(やってやるわ!!)
■短い階段を上って、リング上に到達した両選手■
■両者は同時に、着ていたマントを引き剥がした■
「――やっぱり」
■対面の相手の顔が見えた■
■熟練の経験が面に刻まれた、茶髪男性■
「……え?」
■が、血まみれで引きずられている■
■彼は太い右腕に掴まれていた■
「――ジャスミンんんウぃィイんん、迎えにきたぞォォオ」
ジャスミンの夢のきっかけの一人は既に瀕死。
それを、ゴミでも捨てるように床に放り投げた小太りの男は、涎を大量に垂らしながらジャスミンを注視。
いや、注視すら生温いほどの眼光で見ている。
両目からわずかに流血するほどの力強さで、ジャスミンの全身を舐め回すようにねっとりと・隅々まで・味わうように見て・視て・逃さない。
「ほぉおおお、なんとなんとなんと!! 美しく成長したものだァあああああッ。素晴らしいッッ」
「な、に?」
突然現れた謎の男性に、ジャスミンの思考は停止する。周囲のざわめきが耳に入らずに、呆然としてしまう。なにやら、戦闘音のようなものすら聞こえるがよく分からない。リングを照らす光が視界の中で明滅している。
紺色のスーツを着込んで、グローブすら着用していないリング上の異物しか見えない。床に転がったものは、無意識的に目を逸らす。逸らさないと精神にひびが入る。
そして、その異物の顔は見覚えがあった。
記憶の欠片の、失われた部分に存在した重要人物。
良い意味ではなく悪い意味ではあったが。
「あ、ああァ……ッ」
情けない声をもらしてしまうジャスミン。
ねっとりとした笑みで自分を見る男性の顔が、記憶を刺激する。
失っていた何かが蘇ろうとしていた。
いや忘れてはいなかったが、ずっと目を逸らしてきたのか。
「さあコッチに来なさい。儂の家に帰ろうじゃないかァアア!!」
ジャスミンに手を差し出す男。彼は無言で、拒否すれば無理矢理連れていくと告げていた。
当然ジャスミンは彼の要求に応える気はない。
ひたすらに嫌悪感しか感じない彼に、近づく道理はない。
じりじりと後退する足は。彼女の返答代わりであった。
その瞬間、狂人は目を大きく見開いた。
「むむゥ、まさか逃げようとしているのかァァ!? アぁあああッ!?」
「ッ」
ジャスミンの態度に悲しそうな顔を見せる男は、意味が分からないという風に頭を抱えてうめく。
あらゆる仕草がジャスミンの嫌悪感を強めて、ますます拒否の気持ちを固くする。
そんなことにも気付かずに自身の世界に浸った狂人は、ぶつぶつとつぶやき始めた。
「ありえない、ありえない、ジャスミンは儂の迎えによろこんで、この胸に飛び込んでくるはずゥ、なぜだ、なぜ、満足のゆく答えは、ぐぬぬぬぬゥ!?」
妄想の世界に飛び込んだ彼は、数秒間うなった後に、ようやく自分の世界に帰還した。
その顔は無駄ににんまりとしていて、ジャスミンは素直に気色悪いと思った。
彼はそれを見て、何かに気付いた様子でさらににんまりと笑みを深める。
「そうかぁ、ツンデレってやつかァァ」
鼻の下を人差し指で擦りながら、「仕方ないやつめ」という風にジャスミンに視線を向ける。彼女は気色悪いと思った。
どうにもこうにも・何も相手のことが掴めない。
彼は自分を見ているようで、何も見ていないんじゃないかとすら思える異常。
「ラノベとかでしか見たことなかったが、現実にもあるんだなァ。ぐひゅううううッ」
「……ッ」
「ツンデレヒロインと言えば、あとで貴様にコスプレしてもらうのもいいのォ。ぐひゅ」
狂人の妄想は加速する。
狂気の妄想を現実に侵食させる様は、ジャスミンにとって恐怖でしかなく、その動きを止めてしまう。
後退する足が止まったことで狂人は勘違いをした。
「そっちから恥ずかしくて来れないなら、儂から行くぜ☆ イェイ」
■ジャスミンに向かってくる■
■中年小太り不細工妄想男■
■体格の割に速い■
「――気色悪いッッッ!!」
■ジャスミンは己の最強中距離攻撃、大砲魔導を躊躇なく放った■
「なんうッ!??」
■直撃を食らう狂人■
■だが■
「ツンツンするなよォ!! ジャスミンッッ!!」
服が破けただけで彼はまるで止まらない。
まるで傷すらない肉体は、明らかに防御力が超過していた。
口から涎を・目から血を・垂らしながらジャスミンに接近。
狂気しか感じ取れず、さっきから彼女が感じている【乱れ】は、あの悪辣王に次ぐかもしれないレベルだ。
「アああああッッ!!」
あまりの恐怖に、ジャスミンはがむしゃらに突進を仕掛ける。
大砲魔導すら通じないのなら、自身の最大パワーを発揮した上での突進攻撃しかない。
一撃で敵を粉砕しなければならない。
限界すら超えて彼女は走り、狂人の腹に凄まじいタックルを食らわせた。
「なんだ。自分から来たのか。ぐひゅう」
「なッ!?」
■結果はノーダメージ■
■逆に、ジャスミンは男の両腕に捕まってしまう■
「アァウッ!?」
男性に対する恐怖と記憶の恐怖。
二つの恐怖から急いで両腕を振り解こうとするも、凄まじい力でねっとりと抱擁されていて、もがくのが精一杯。
狂人は肉体強化すらせずに、ジャスミンを抑え込んでいた。
みしみしと彼女の肉体が悲鳴を上げる。
「久しぶりだなァア。ジャスミンィィン、儂の名前を覚えているか? 貴様を飼っていたご主人様の名をォ」
「ッ!!?」
ジャスミンは、恐怖と混乱で言葉を発することすら難しい。
触れ合うほどに近い男の顔や、その口から吐き出される生温か過ぎる息。発する乱れは、いまだに増幅を続けているように思えた。
あらゆる嫌悪・恐怖・衝撃が、一つの名前を彼女の記憶から引き出した。
「ハー……ディン……ッ」
■狂人の名をハーディン・ゴズレイド■
■異世界競技とは真逆の、血と混沌の臭いしかしない男■
●■▲
■同時刻、ゼノによる襲撃が起きた平野では■
「儂は誰? 誰誰誰誰誰誰——」
狂ったように言葉を発する、全裸のハーディン・と思われていた人物。
彼は地面に転がって動けない状態。凄まじい爆裂魔導は、目標を行動不能にしたが。
それを見下ろすゼノは、いまいましそうに舌打ちした。
「なんだこれは……。まさか……」
■本人の断片のみを再現した、偽物は倒れ■
「おかえりジャスミン。ぐふ」
■ジャスミンの前に姿を現した【本物】のハーディンは■
■ついに取り戻した宝に、狂喜の叫びを上げた。もう絶対に永劫に・逃しはしないと■
■記憶を取り戻した少女の悲鳴が、それに重なる■




