表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/121

怪奇日食

「……」

 

 目を閉じて過去を想う。

 ずっと目を逸らしてきたのだから、何故いまさら?と、そんな風に思う気持ちもあったが。大した理由はない。

 彼女はこの瞬間だけ暗く沈んだ・過去に沈む。


(記憶は朧で・霧のようにうっすらと漂う)


 スローラ村に来る前。

 まだ島の外で生活していた時の記憶。

 それは欠片と呼ぶべきもので、はっきりとした形は成していない。

 その中でも、薄っすらと見えるものがあった。


(光の先に)


 眩く煌めく太陽は、少女の心を焦がした。

 何も特別なものではない、誰の頭上にも輝いているそれ。

 彼女にとっては、それが特別なものとして映っていた。


(ああ・ああ)


 伸ばしても届かない太陽。

 そもそも腕が動かせない時もあったのだ。

 それでも、焦がれる気持ちは止められない。

 だれか――と、ある存在を求める心が生まれたのもそれがきっかけか。


(いつかあんな風に)


■少女の記憶は継ぎ接ぎで■

■次なる記憶は……■


(平穏な村にやってきた)


 村の村長は彼女を温かく迎え入れた。その心の傷に気づいていたのだろう。

 新しい家で、まだ暗かった彼女は生活を開始した。

 村人たちともそれなりに仲良くなった。

 村に来てからまだ一年も経たない時期に、同年代の少女と知り合うことになる。


「サーシャって言います。はいっ」


「……」


「な、なにかこまったことがあったらっ。言ってねっ。だ、大丈夫だからっ。……多分」


 特別暗いわけでも明るいわけでもないサーシャは、だからこその穏やかさを持っていた。

 少女の傷ついた心さえも、優しく包み込んで癒していくような雰囲気。

 二人が仲良くなるのに、時間はそんなにかからなかった。


「あはは!」


 穏やかな村のおかげか、サーシャとの触れ合いの結果か。

 明るく笑うようになった自身に驚く少女。

 前よりも活発的になって、サーシャを引っ張るようになった。

 涙目になったりすることもあったサーシャだが、困っている時にはいつも助けてくれるジャスミンを、ヒーローのようだと言ったことがある。

 全力で堂々とした姿は、モンスターに襲われたサーシャを助ける時ですら変わりない。


「へぇ、ファイターかぁ」


 ファイターという職業を知って、少女はそれを目指すことを決めた。

 きっかけはサーシャ達と一緒にゼニゼニタウンで見た、ファイター達の大会だ。

 当時のスターライト・ファイターたちによる円盤戦は、苛烈で激しくてまるで――。


●■▲


「……行くか」


 そうつぶやいて試合場に繋がる通路を潜る。

 観客たちの歓声が、実況の煽りが、ジャスミンを過去から現在へと引き戻した。

 隣の試合場で戦っているクライスのことを一瞬考え、すぐに自分の試合に集中する。

 今集中すべきはこの瞬間だと・彼女の熱意が告げているからだ。


「さて、次の相手は誰かしら」


 リングに導く絨毯を歩きながら、ジャスミンは対面上から歩いてくる人物を注視した。

 誰だろうとは言ったものの、実は相手の検討はそれなりについていた。彼女の前に控室から呼ばれた選手に、よく知っている人がいたのだ。

 彼女の予想では、自身と同等以上の選手が相手だ。何度か戦った経験があり、知り合いでもある。

 そうかつて、ジャスミンがファイターになるきっかけとなった試合で、戦っていた選手の一人。


(今はスターライト・ファイターでなくなってしまったけれど、それでも実力はたしか)


 ほぼ互角と彼女は見ているが、むしろ劣勢かもしれないとも思う。

 実力差はわずかであり、負ける可能性は大いに存在した。

 それでもここで負けるわけにはいかないと、ジャスミンは闘志を大いに燃やす。

 燃え盛る炎の先に待つ【彼】と、このリング上で想いのままに戦うために。


(やってやるわ!!)


■短い階段を上って、リング上に到達した両選手■

■両者は同時に、着ていたマントを引き剥がした■


「――やっぱり」


■対面の相手の顔が見えた■

■熟練の経験が面に刻まれた、茶髪男性■


「……え?」


■が、血まみれで引きずられている■

■彼は太い右腕に掴まれていた■


「――ジャスミンんんウぃィイんん、迎えにきたぞォォオ」


 ジャスミンの夢のきっかけの一人は既に瀕死。

 それを、ゴミでも捨てるように床に放り投げた小太りの男は、涎を大量に垂らしながらジャスミンを注視。

 いや、注視すら生温いほどの眼光で見ている。

 両目からわずかに流血するほどの力強さで、ジャスミンの全身を舐め回すようにねっとりと・隅々まで・味わうように見て・視て・逃さない。


「ほぉおおお、なんとなんとなんと!! 美しく成長したものだァあああああッ。素晴らしいッッ」


「な、に?」


 突然現れた謎の男性に、ジャスミンの思考は停止する。周囲のざわめきが耳に入らずに、呆然としてしまう。なにやら、戦闘音のようなものすら聞こえるがよく分からない。リングを照らす光が視界の中で明滅している。

 紺色のスーツを着込んで、グローブすら着用していないリング上の異物しか見えない。床に転がったものは、無意識的に目を逸らす。逸らさないと精神にひびが入る。

 そして、その異物の顔は見覚えがあった。

 記憶の欠片の、失われた部分に存在した重要人物。

 良い意味ではなく悪い意味ではあったが。


「あ、ああァ……ッ」


 情けない声をもらしてしまうジャスミン。

 ねっとりとした笑みで自分を見る男性の顔が、記憶を刺激する。

 失っていた何かが蘇ろうとしていた。

 いや忘れてはいなかったが、ずっと目を逸らしてきたのか。


「さあコッチに来なさい。儂の家に帰ろうじゃないかァアア!!」


 ジャスミンに手を差し出す男。彼は無言で、拒否すれば無理矢理連れていくと告げていた。

 当然ジャスミンは彼の要求に応える気はない。

 ひたすらに嫌悪感しか感じない彼に、近づく道理はない。

 じりじりと後退する足は。彼女の返答代わりであった。

 その瞬間、狂人は目を大きく見開いた。


「むむゥ、まさか逃げようとしているのかァァ!? アぁあああッ!?」


「ッ」

 

 ジャスミンの態度に悲しそうな顔を見せる男は、意味が分からないという風に頭を抱えてうめく。

 あらゆる仕草がジャスミンの嫌悪感を強めて、ますます拒否の気持ちを固くする。

 そんなことにも気付かずに自身の世界に浸った狂人は、ぶつぶつとつぶやき始めた。


「ありえない、ありえない、ジャスミンは儂の迎えによろこんで、この胸に飛び込んでくるはずゥ、なぜだ、なぜ、満足のゆく答えは、ぐぬぬぬぬゥ!?」


 妄想の世界に飛び込んだ彼は、数秒間うなった後に、ようやく自分の世界に帰還した。

 その顔は無駄ににんまりとしていて、ジャスミンは素直に気色悪いと思った。

 彼はそれを見て、何かに気付いた様子でさらににんまりと笑みを深める。


「そうかぁ、ツンデレってやつかァァ」


 鼻の下を人差し指で擦りながら、「仕方ないやつめ」という風にジャスミンに視線を向ける。彼女は気色悪いと思った。

 どうにもこうにも・何も相手のことが掴めない。

 彼は自分を見ているようで、何も見ていないんじゃないかとすら思える異常。

 

「ラノベとかでしか見たことなかったが、現実にもあるんだなァ。ぐひゅううううッ」


「……ッ」


「ツンデレヒロインと言えば、あとで貴様にコスプレしてもらうのもいいのォ。ぐひゅ」


 狂人の妄想は加速する。

 狂気の妄想を現実に侵食させる様は、ジャスミンにとって恐怖でしかなく、その動きを止めてしまう。

 後退する足が止まったことで狂人は勘違いをした。


「そっちから恥ずかしくて来れないなら、儂から行くぜ☆ イェイ」


■ジャスミンに向かってくる■

■中年小太り不細工妄想男■

■体格の割に速い■


「――気色悪いッッッ!!」


■ジャスミンは己の最強中距離攻撃、大砲魔導を躊躇なく放った■


「なんうッ!??」


■直撃を食らう狂人■

■だが■


「ツンツンするなよォ!! ジャスミンッッ!!」


 服が破けただけで彼はまるで止まらない。

 まるで傷すらない肉体は、明らかに防御力が超過していた。

 口から涎を・目から血を・垂らしながらジャスミンに接近。

 狂気しか感じ取れず、さっきから彼女が感じている【乱れ】は、あの悪辣王に次ぐかもしれないレベルだ。


「アああああッッ!!」


 あまりの恐怖に、ジャスミンはがむしゃらに突進を仕掛ける。

 大砲魔導すら通じないのなら、自身の最大パワーを発揮した上での突進攻撃しかない。

 一撃で敵を粉砕しなければならない。

 限界すら超えて彼女は走り、狂人の腹に凄まじいタックルを食らわせた。


「なんだ。自分から来たのか。ぐひゅう」


「なッ!?」


■結果はノーダメージ■

■逆に、ジャスミンは男の両腕に捕まってしまう■


「アァウッ!?」


 男性に対する恐怖と記憶の恐怖。

 二つの恐怖から急いで両腕を振り解こうとするも、凄まじい力でねっとりと抱擁されていて、もがくのが精一杯。

 狂人は肉体強化すらせずに、ジャスミンを抑え込んでいた。

 みしみしと彼女の肉体が悲鳴を上げる。


「久しぶりだなァア。ジャスミンィィン、儂の名前を覚えているか? 貴様を飼っていたご主人様の名をォ」


「ッ!!?」


 ジャスミンは、恐怖と混乱で言葉を発することすら難しい。

 触れ合うほどに近い男の顔や、その口から吐き出される生温か過ぎる息。発する乱れは、いまだに増幅を続けているように思えた。

 あらゆる嫌悪・恐怖・衝撃が、一つの名前を彼女の記憶から引き出した。


「ハー……ディン……ッ」


■狂人の名をハーディン・ゴズレイド■

■異世界競技とは真逆の、血と混沌の臭いしかしない男■


●■▲


■同時刻、ゼノによる襲撃が起きた平野では■


「儂は誰? 誰誰誰誰誰誰——」


 狂ったように言葉を発する、全裸のハーディン・と思われていた人物。

 彼は地面に転がって動けない状態。凄まじい爆裂魔導は、目標を行動不能にしたが。

 それを見下ろすゼノは、いまいましそうに舌打ちした。


「なんだこれは……。まさか……」


■本人の断片のみを再現した、偽物は倒れ■


「おかえりジャスミン。ぐふ」


■ジャスミンの前に姿を現した【本物】のハーディンは■

■ついに取り戻した宝に、狂喜の叫びを上げた。もう絶対に永劫に・逃しはしないと■

■記憶を取り戻した少女の悲鳴が、それに重なる■

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=882246923&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ