こちらの好感度はマイナスです
エレオノーラはこれからどんどん熱があがるだろう患者のために、薬を錬成していた。
この家はエレオノーラひとりなら充分な広さを持っている。
玄関をあけてすぐに広がる居間は暖炉つき。
絨毯の上にソファかわりのクッションを多数置いていて、キールはそれらを抱えるのがお気に入りのようだった。
ついで厨房が続き部屋にあり、向かいには錬成釜や薬草を攪拌する機材などを置いた作業部屋。
そして寝室。
キールが滞在しているときは、たいてい寝室と居間をお互いに交代しながら利用している。
なので、男が急に三人も増えれば狭苦しい。
そんな空間にいたくないので、さっさと作業部屋に逃げ込んだエレオノーラであった。
鹿のような動物の角を乳鉢で砕き、真っ黒な茸の粉末を蒸留水で釜に流し入れる。
毒々しい色合いの液体がぐつぐつと煮えたぎっているが、れっきとした体力回復薬を錬成しているのだ。
もう少し楽に作れる方法があればいいのに、と思ったこともあったが、あれ以上世界の真理とやらを見続けて正気でいられる自信はなかった。
液体の色がくすんだ茶色に変わっていくほど煮込んで、さらに魔力を混ぜ込んでいく。
異端と思われない程度の、ほんの微量だけ。
ちなみに材料はすべてエレオノーラ自身が狩っている。
錬成に必要な材料には入手困難なものが多いが、それがたとえ世界の果てであろうとエレオノーラにとっては関係なかった。
そのチートすぎる魔力と魔法で目標を探索後、転移して標的に攻撃魔法一発。
「ティラノサウルスみたいな相手に落雷の魔法ぶちかまして、まる焦げにしたのもいい思い出よねぇ」
恐竜もどきの大きさにびびって無我夢中で魔法を発動させたら、一撃でノックアウトしてしまったのだ。
そのせいで素材も丸焦げ。まったく使えない状態になってしまった。
昔を思い出しながら釜の中身を混ぜていると、やがて茶色だった液体が透明になっていった。
エレオノーラはもう少しずつ魔力を液体にこめて、さらに透明度をあげていく。
同様に材料を変えながら解毒剤も錬成したエレオノーラが満足しながら居間へと戻ると、止血の終わった患者とその周囲に所在なげにたたずむ騎士っぽい男二名。
我が物顔でクッションに座っているキールがいた。
患者の男はクッションを枕にして絨毯の上でぐったりしている。
動く気力がないどころか、一度も目を覚ましていない。
まずは解毒から始めたほうがいいだろう。
エレオノーラは瓶に入れ直した解毒剤を男の口元に持っていった。
なかなか飲みこまなかったが、時間をかけてすべて胃におさめさせる。
体力回復薬は熱が上がってきたときに飲ませればいい。
ひとまず様子見だ。
そこまで処置してから寝室へ行き、使っていない毛布を持って戻った。
患者に毛布をかぶせて、エレオノーラもそばのクッションに座り込む。
さりげなく彼らのステータスを魔法で表示させながら観察した。
あらやだいい男。
・・・じゃなくて、いぶし銀のような渋い魅力あふれる男性がサイラス。
どこか炎のような熱気を感じさせる猛々しい男性がソル。
ふたりの名前のあとに家名がそれぞれくっついていたが、もうそれはキールと関わっている時点で予想のうちだ。
あからさまにこちらを警戒する視線に辟易する。
もっとも、こちらも警戒心マックス。プライバシーなんて無視してステータスを無断で覗き込んでいるのだからお互い様かもしれない。
「んで、自己紹介したほうがいいのかしら?」
騎士っぽい人たちに視線を向けて問うと、彼らはキールの動向をうかがうように見た。
キールは重いため息をついて彼らに目をやった。
「彼らは私の護衛だ。青い鎧のほうがサイラス。赤い鎧のほうはソル。そして・・・」
言いにくそうに患者の男のほうを向いて、うつむきながら言葉を継ぎ足した。
「彼はギルベール。幼いころからともにいた」
ええ、訳ありですねわかります。
エレオノーラはへらりと笑いながら、内心絶叫した。
なぜ偽名を使わない!
魔法で視た情報と一致する名前に天を仰ぎたくなった。
どうしてこうも厄介ごとが舞い込むのか。
この天使のような美貌のキールは、実は疫病神なのか。
確実に平凡ライフから遠のいている。
幸いなのは、彼らがまだ身分を明かしていないことだ。
まだ大丈夫。
まだ大丈夫。
大事なことなので二回呪文のように自身に言い聞かせながら、エレオノーラは自己紹介した。
「私はエレオノーラ。このあたりで医者みたいなことしてるわ」
気合で負けてはいけないと、顎をあげて視線をそらさずに二人の護衛を見る。
とたんにサイラス値踏みするようにエレオノーラを見た。
対してソルは、面白そうだという気持ちを隠そうともせずにじろじろと見てくる。
不愉快である。私は珍獣ではない。
むっつりと黙り込みたくなったが、ここで反発してもいいことはない。
さすがに笑顔は浮かべられなかったので、無表情でスルーすることにした。
しかしそんなエレオノーラに頓着せずに、ソルという男は目の前にどっかりと座りこんだ。
ぎょっとして身を引くと、さらに面白そうな顔をされる。
キールがたしなめるように声を発した。
「やめないか。怯えさせてどうする」
同意するようにサイラスがうなずく。
しかしソルはその言葉に笑いながら
「蒼の森の魔女がこの程度で怯えるもんですか」
と言った。
・・・ん?魔女とはなんぞや。
エレオノーラは凍りつきかけた思考回路を慌てて再起動させた。
この世界で魔法を使う人間は総じて魔法使い、または魔導師と呼ばれる。
比べて魔女は古い時代に、それこそあやしげな薬や術を使ったという伝説のようなおとぎ話のなかに出てくる存在だ。
その胡散臭さから蔑称として使われることもある。
以前見た真理の知識からそれらの情報を引き出すと、エレオノーラは今度こそ不機嫌さを隠せなくなった。
つまり彼は治療して欲しい患者をつれてくるだけつれてきて、医療行為を行った者に対して魔女であると見下したわけだ。
そして彼らの反応から見て、キールもサイラスもエレオノーラが魔女と呼ばれていることを知っている様子だった。
「出ていきなさい」
怒りもすぎると笑えてくる。
口元に冷笑を浮かべて、エレオノーラは再度宣言した。
「出ていきなさい。患者が治ったら町までお返しします」
その言葉と同時に彼らの周囲に転移の魔法陣を展開させる。
行き先は宿のない村ではなく、町であるだけ感謝してほしい。
キールがなにか言いかけたが、それより前に転移の術が発動した。
そしてギルベールと呼ばれた男と、エレオノーラだけが部屋に残った。
ああ・・・やってしまった。
上位の魔法の転移を無詠唱だなんて。
一時の激情はあっという間に霧散して、エレオノーラはがっくりと床に手をついてうなだれた。




