強制イベントは回避できません
今回キールがお土産に持ち帰ったのは、紫水晶のような宝石をあしらった繊細な髪留めだった。
こちらの世界へ来てから散髪など、自分でそろえるくらいしかしていない。
自然と肩先までだった髪の毛は、腰のあたりまでのびていた。
不老不死といっても、新陳代謝はしているらしい。
そのあたりどうなっているのか、自分の体ながらよくわからない。
ともあれ髪をまとめるものが欲しいと思っていた矢先だったので、エレオノーラはありがたく髪留めを頂戴した。
ゆるく頭頂部の髪だけ編み込んで、後頭部でまとめる。
それだけでずいぶんスッキリした。
「似合ってるよ、エル」
やっぱり雛鳥のように私の後ろで薬づくりを見ているキールが褒めてくれた。
お世辞は苦手だ。
でも心からの賛辞は嬉しい。
エレオノーラは笑った。
「ありがとー。これ気にいっちゃった」
キールは目を細めて機嫌よさそうに口元を緩めた。
その姿は満足げな猫を思わせたが、やってることはご主人様に認められて嬉しい犬である。
キールに大型犬の耳と尻尾の幻影が見える気がした。
いつものように過ごして三日目の早朝。
エレオノーラが朝餉の支度をしていると、突然外が騒がしくなった。
馬の蹄の音が複数近づいてくる。
それまで起きてはいたが、毛布をかぶってクッションを抱きかかえ、ぼーっとまどろんでいたキールが跳ね起きた。
その勢いで扉を開けて飛び出していく。
もちろんエレオノーラは追わない。
ここで追うのはフラグ回収したい物語の主人公くらいなものだと、何事もなかったかのようにフライパンもどきの平たい鍋に卵を割りいれた。
町で購入したパンと、村で物々交換したベーコンのような干し肉の塊を切る。
パンは片面だけ焼いて、ベーコンはさっとあぶって。
先ほどつくった目玉焼きを乗せれば簡単な朝餉の出来上がりだ。
あとは昨夜の夕餉の残りであるスープがあれば充分だろう。
出来栄えに満足していると、キールが駆け足で戻ってきた。
「エル!怪我人がいるんだ!すぐに来てくれ!」
「・・・・・・」
脳内で理性が囁きかける。
それは普通の平民ですか。
―――いいえ違います。
ですよね。
エレオノーラは心の中でノリツッコミした。
公爵のキールが慌てて助けを求める相手なんて、同じくらいやっかいな人間だろう。
しかしエレオノーラはキールの正体を知らないことになっている。
魔法で調べた結果は、ハッキング行為に等しい。
それを明かすつもりがない限り、エレオノーラは友人のキールの頼みを受け入れるのが自然というものだった。
とりあえず出来たばかりのサンドイッチもどきをキールの口に押し込む。
何かもごもご言っていたが、その間にエレオノーラは診療に必要な道具を揃えに作業部屋へ向かった。
かばんの中にいつも往診の際に持ち歩く薬に加えて、キールを助けた時に使用した薬品と新たに麻痺中和薬を入れておく。
通常使っている薬は町中でも普通に飲用されている程度の効果しかない。
それで対応できるなら構わないが、初対面のときのキールのように瀕死状態だと間に合わない可能性がある。
それらは最終手段として置いておき、ひとまず民間医療で押し通せる範囲の薬品と治癒魔法でなんとかしたいところだ。
準備を終えて居間に戻ると、サンドイッチもどきを無理やり飲みこんだキールが、まだ温めていないスープで残りを胃の中に押しこんでいるところだった。
しかも涙目でむせている。
ちょっと可哀そうな気もしたが、せっかく作った料理を無駄にするのはもったいないので罪悪感はない。
「さて、キール。私の患者さんはどこにいるの?」
キールは何か言いたげにこちらを見たが、気を取り直したのかすぐに身をひるがえした。
「こちらだ。診てほしいのはひとりだ」
「はいはい」
かばんを担ぎ直して、キールの後を追った。
玄関前の少し開けた場所に、三頭の馬がいた。
そして騎士のような鎧をまとった男が2人と、乱暴に運ばれてきたのかぐったりした様子の痩せぎすで長身の男が独り人地面に横たわっている。
騎士っぽい男たちがキールに向って膝をついた。
キールはわずらわしそうに手を振って、彼らを立たせた。
「彼は生きているのか?」
「はい。応急処置はしております」
エレオノーラは地面に膝をついて、横たわって真っ青な顔をした男を覗き込んだ。
イケメンだった。
エレオノーラは瞬時に浮かんだ感想に、乾いた笑いをもらした。
美形代表のようなキールの周囲にいる人間だから、どうせ美人美女美少女美少年が多いのだろうと妄想していたが、まさか本当にそうだとは。
彼は苦悶にゆがんだ表情でなお美しかった。
むしろ鋭利な美貌に拍車がかかっているような気さえする。
苦しんでいる男には悪いが、瀕死のキールを知っているエレオノーラから見ればまだ余裕がありそうだった。
だからエレオノーラも余裕をもって、男の診療を開始する。
キールや騎士っぽい男たちに気取られぬように、無詠唱で透視の魔法を発動。
男にかざした手のひらを伝って、脳内にステータス画面が開かれる。
男の名前―――ギルベール。家名はない―――と表示された下には状態異常のオンパレードだった。
もう片方の手で同時に脈をはかりながら、表示された症状を羅列した。
「毒を受けてるみたいねぇ。あと見ればわかるけど、剣みたいなもので何度も切られてる。毒つきのナイフか何かでやられたんじゃない?あとはー・・・ふーん。栄養失調みたい。どんな生活してたんだか知らないけど、けっこう体力落ちてるよ」
毒と聞いて、キールが反応した。
「助かるか?」
正直に言えば重傷だが、民間療法の範囲で治療できる。
ただし生涯からだに不自由を強いられるだろう。
人としては異端の力を用いて助けたい。
けれど恩のある相手でもない上、切羽詰っていない状況で自身の異能をさらす気はなかった。エレオノーラの中で初めて人から恐怖の視線で見られた時の記憶が蘇る。
背筋にひやりと氷を当てられたような気がした。
あんな思いは二度とごめんだ。
申し訳ない気持ちになりながらも、衰弱した男の診察を続ける。
「そうねぇ。毒消しの薬を使っても三日ほど熱が出ると思うわ。傷からの発熱もあるだろうから、そのへん注意して看病すれば一ヶ月程度で問題ないはずよ。ただし、からだの怪我は神経とかいろいろ傷つけていそうだから、一生残るかもしれない」
騎士風の男たちからの値踏みするような視線を感じながら、淡々と説明した。
「とりあえず家に運んで、治療しながら様子をみましょ」
キールは深くうなずいた。
そして騎士っぽい人たちに指示を出して、毒を受けた男を居間に運び入れる。
あとに続きながら、エレオノーラは遠い目をした。
どう考えてもさらなる面倒事に巻き込まれている予感しかしなかったのだ。




