好感度はMAX近いですか?
少年の面倒を見る期間なんて数週間ありゃ充分でしょー。
なんて思ってた時期が私にもありました。
人生なんてままならない!
森の小道をはちみつ色の髪をゆらしながら、少年が駆けてくる。
玄関で待つ私の前まで来ると、実にうれしそうに笑った。
「ただいま、エル!」
「はいはい、おかえりキール」
太陽の光を受けて輝く緑の瞳に見つめられると、状況に流されてもやもやした気持ちが吹っ飛んでいった。
キール少年は実にかわいらしく綺麗に育ち、いまや立派な美青年である。
キール少年を保護したあと、彼の回復を待って最寄りの町へ送り出すまでは順調だった。
滋養によいものを食べさせ、ストレスを緩和させるために森林浴に繰り出し、マイナスイオンのなかリハビリを同時進行。
すっかり気力が回復するころには、彼は私を「エル」と呼ぶようになっていた。
まあ、エレオノーラ女史なんて呼び方が気恥ずかしかったので、変えてくれるように頼んだのは私だ。
なぜか愛称になってしまったが、許容範囲である。
そして回復後、別れのときにやけにキール少年に一緒に来ないかと勧誘された。
いわく、私の持つ技術は都でも通用するすばらしいものである。
いわく、きちんとお礼もしていないので、実家に来てほしい。
いわく・・・とにかく、さまざまな理由で引き留められた。
懐かれるようなことをした覚えはないけれど、悪い気はしない。
かといって、森を離れて不老不死の異端女が人の多い都へ行く気にはなれなかった。
どう考えても死亡フラグか利用されてポイ捨てフラグである。
そこで妥協案として、たまになら遊びに来てもいいということにしたのだ。
不承不承ながらキール少年は受諾した。
私としては、キール少年はやっかいごとを抱えた公爵様なので向こう何年も事後処理に追われるだろうし、その間にこんな女のことなど忘れてしまうだろうという思惑もあった。
けれど蓋を開けてみると、キール少年は半年後に再びやってきた。
一度通っただけの我が家への道を、森の中迷わずにたどり着くとか・・・どんだけチートな記憶力なんだ!
約束は約束なので、遊びに来たキール少年と数日一緒にいた。
私自身の生活サイクルは変わることなく、午前中は森へ薬草とその日の糧を狩りに。
午後からは薬の調合か、魔法込みの錬成を作業部屋で行う。
作業部屋には一抱え以上ある壺のような形の錬成釜を設置していて、そこに材料と魔力を注いでエレオノーラ印の液体薬の完成だ。
夜は特にすることはなく、町で買った本を読むくらい。
キール少年はその行動に雛鳥よろしくついてまわった。
最初は邪魔だなぁ、とか。
やっぱり怪しいから監視されてるのかなぁ、とか思っていたが、彼の瞳には純粋に興味と好意の色しか見いだせなかった。
今度彼がやってきたのは、さらに半年後だった。
このときは一週間ほど滞在したが、前と変わらず私の後をついてまわった。
話すことはとりとめもないものばかり。
都や街で流行っているものが、村や町にもそのうち来るだろうから、先に手に入れておいた方がいいだとか。
そう言って小粒の宝石がついたストラップのようなものを渡された。
プレゼントというよりも、お土産のような感じだろうか。
その半年後も、さらにその半年後もキール少年は何かしら持って遊びにやってきた。
そして気づけば5年の月日が流れていた。
最近はキール少年・・・いや、もう18歳の人を少年とは呼べない。
貴族の成人は13歳からなので、いやでもおとなのなかで揉まれて成長したのだろう。
元の世界の若者よりもしっかりしていた。
そんなキールは滞在するときは二週間くらい余裕でいる。
公爵なのに仕事は大丈夫なのかと思ったが、エレオノーラの知っていることではないので黙っておいた。
どのみち、そろそろ会うのが難しくなるだろう。
私は不老不死だから。
老いない見た目をごまかすにも限度がある。その限界は近かった。
「んで、今回は何日くらいいるの?」
昼餉の支度をしながらキールに尋ねると、彼は居間に置いた大きめのクッションを抱えながら答えた。
「そうだな。今回は1週間ほどか」
「あれ?短い」
びっくりして野菜を刻む手を止めた。
振り返ると不機嫌そうな緑の瞳とかち合う。
「仕事が増えたんだ。なんとかこの時期は融通をきかせているが、それでも厳しいな」
そこまでして来ることないと思う。
心の中で淡白なことを考えながら、キールの仕事が増えたという言葉がひっかかった。
嫌な予感しかしない。
「キールの仕事が何か知らないけどさ。会ったときみたいに大怪我するようなことはやめてよぉ?」
冗談めかして軽く注意すると、キールは神妙にうなずいた。
生真面目な反応にため息が漏れる。
貴族社会は清濁あわせ飲まねばやっていけないと思うのだ。
そのあたりは元の世界の政治家と同じだと考えている。
だからこんなにもバカ正直で真面目一直線で、清廉潔白を地でいくキールには辛いことの方が多いだろう。
いらぬ恨みも買っていそうだ。
それらを早く帰って処理しなければならない状況が待っているのだろう。
だというのに・・・。
「キール・・・そんなに忙しいなら余裕のあるとき以外仕事優先したほうがいいんじゃない?」
「いや、半年に一度はここに来ると決めている」
なんでやねん。
反射的にツッコミそうになった。
なんと返したものかと悩んでいると、キールが小さな声で言った。
「迷惑か?」
キールは公爵という立場からか、あまり不安そうな様子や自信のない表情はしない。
出会った当初、思わずといった形で流れた涙くらいだ。
そのキールが心もとなげに訊いてくるなんて、どれだけ懐かれたのだろう。
「迷惑じゃないよ。ただあとでキールが困る状態になるくらいなら、と思っただけ」
「困らない。大丈夫だ」
キールの反応は即答でした。
うむ。かなり好かれてるよ私。
でもきっとこの再会が最後。私はまた別の場所へ行って、キールは公爵として生きていく。
そうでなければ、私の異常がバレてしまう。
人間は異端を畏怖し、排除する。
元の世界の魔女狩りのように、私を排除する動きがないとは言い切れない。
一か所にとどまりつづけるのはリスクが高すぎる。
なにより異常を受け入れられるかどうか、キールのことをそこまで信頼できていない。
信用はしていても、それだけだ。
お互い肝心なことは言わず、秘密を抱えているのだから、どうしても信頼へ踏み切れない。
ほんと人生ままならない!




