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「ロ、ロゼッタ・ミルドレッド!!」
思わぬ敵の出現に、相手は一歩後ろに下がる。
闘技場の裏、ロゼッタは職員室から勝手に借用した参加者名簿を眺めながら、去年の下位ランクの生徒に声をかけた。ロゼッタ・ミルドレッドのことを知らぬものは、この学校にいない。しかし、彼女が魔法を使えないことは、まだ誰にも知られていない。ロゼッタは、悠々とした態度で下位ランク生徒の前に立ち塞がる。
「負けの見えている戦いはしたくないでしょ」余裕たっぷりの表情で、ロゼッタは腕を組む。
「う」
相手の瞳が一瞬淀む。ロゼッタは微笑みながら、
「お互い、魔力は温存しておきたいものね」
これがとどめの一言だった。相手は俯いて、
「分かった、負けを認めるよ」
言い終わると、相手の三つの青い炎のうち、ひとつが消えた。
「これで一勝」
満足そうにロゼッタは頷いた。高笑いするロゼッタを横目に、雨竜は、
「西洋の魔術師同士の戦いは、もっと紳士的なものだと思っていたよ」
「馬鹿ねぇ、紳士協定なんてあってないようなものよ」
鼻で笑うロゼッタ。雨竜はこの狡猾なパートナーを訝しげに眺める。
「なによぅ、この作戦はあたしだから通用するの。前回優勝者のロゼッタ・ミルドレッドという肩書は、無意味な戦いを避けるのに有効なのっ」
すこし語尾を上げ、怒ったようにロゼッタは熱弁する。
「そんなものかなぁ」
理解に苦しむといった表情で、雨竜は首を傾げる。
「これが文化の違いかぁ」
「さ、森に隠れて呪術解除を行いましょう」
ロゼッタは雨竜の手を引いて、森に向かって歩きだす。その様子を、木々の間から見る影があった。三つの瞳と三本の脚のカラス。三つの瞳がきらり、と光る。
「グウィン、なにも一日に18勝もする必要はないんだよ」
オズワルトはあきれ返るようにそう言う。
「ふん、弱い奴は消えて行くのさ」
吐き捨てるようにグウィンは言い、苛立った様子で歯噛みする。
「面白くねぇ……」
「雨竜ペアはどうしているかな」
オズワルトはグウィンの方を向く。 グウィンは空を少し見上げ、
「はっ、生き残っているよ、しぶとくな」
「ふーん」
「そうでないと、面白くねえからな」
「そうですわね」声はオズワルトではない。声は、聞き覚えのある、艶のある声だった。
彼らの目の前から歩み寄って来るのは、純白のドレスを着た、エリウス・ペンドラゴンと、憂愁の表情をした金髪の少年。
「はっ、面白くなってきたなぁ」
グウィンは犬歯を覗かせ、構えを見せる。殺気が彼の周りから吹き出す。
青い炎がみっつ、お互いに灯る。それが、戦いの合図であった。互いの魔力が放出され、激しくぶつかり合う。木々が揺れ、大地が震える。Sランク同士の戦闘は、それだけで辺りの命を持つ草や風、大地が
恐れ慄く。
「早速ですが、終わりにしましょう」
ペンドラゴンは手早く杖を出し、呪文を唱える。
「syafouroi ioruoauo ijgiojoaio ahorhjaojewo hahfioaehioagj haoifhioea jaoihaojo」
地が震え、大気はうねり、空が暗転する。
「jfoao iooogirji noikjoa moijohio oifgsoho oihjioga…………」
現世最強の生物、頂点に君臨する種族。
「召喚」
地面に描かれた魔法陣が光輝き、巨大な体躯が姿を現した。
鎧のような皮膚に身体を覆われた、灰色のドラゴン。そこにいるだけで圧倒的な存在感を放っている。
「降参しとく?」
オズワルトはグウィンに小さく囁く。
「馬鹿、竜殺しが竜にやられてたまるか!」
「相変わらず、無鉄砲な馬鹿」
ペンドラゴンは呆れたようにそう言うと、ドラゴンに視線で合図を送る。
「おもしれえ、おもしれえぞっ!」
一陣の風が吹いた。
ペンドラゴンたちとオズワルトたちの間には十分な距離があったが、グウィンは瞬く間にドラゴンとの距離を数十センチに縮め、そこからくりだした地面を抉りながらのアッパーは見事ドラゴンの腹部を捉えたが、鉄板を叩いたような音と衝撃で、グウィンの拳は勢いよく跳ねかえった。
痺れる腕をグウィンは無視し、しなやかな左脚でドラゴンの白い脇腹を蹴りつける。木や岩なら難なく破壊できてしまうグウィンの蹴りも、ドラゴンの厚く堅い皮膚にはなす術なく跳ね返される。ドラゴンはグウィンの早さについてこれず、戸惑いながらもグウィンの姿を捕らえようとする。
「竜骨砕掌」
竜の腹に掌が当てられる。瞬間、ドラゴンはまるで巨大なハンマーで叩かれたように吹き飛ばされる。引きずられた足の跡は数十メートル伸び、その先にはドラゴンが白い歯を覗かせている。笑っているように見えた。
「ちぃ、全然効いていねぇ」
グウィンは拳を握りしめ、歯をむき出しにする。グウィンの犬歯が覗き、怪しげな笑みがこぼれる。
「GAAAAAAaaaa!!!!」
ドラゴンの咆哮が大地を揺るがす。大気が震え、グウィンの麻の着物と長い黒髪をはためかせる。
「……しゃあねぇ、アレ使うか」
パキ。
小枝の割れるような、乾いた音が響いた。
「身体が……」
次第にその音は大きくなり、グウィンの身体がけたたましい音を立て始め、次第に艶のある黒色の鱗のようなものが、彼の身体や腕から、生えてきた。その鱗は、やがてグウィンの身体を鎧のように包み込んだ。
「驚いたか? これが竜殺しの由縁だ。竜を殺すには竜を……、俺の身体に流れる竜の遺伝子が疼いてきやがった」
「だりゃぁっ」
天地雷鳴の響き。先ほどの早さとは比べ物にならない。何故ならすでに彼の拳はドラゴンの腹と顔面に三十発の殴打を加えていたのだから。
しん、と一瞬の静寂のあと、渾身の力を込め、脇腹に拳を叩きこんだ。
ドラゴンは口から、炎の残り香を溢し、地面に倒れ込んだ。
「うっし、楽勝」
「すごいじゃん、グウィン」
オズワルトはグウィンに手を振る。喜ぶグウィンたちを眺めるペンドラゴン。
「ふふ」
「何がおかしいんだよ」
「これくらいで、勝った気になるなんて……少し、面白くって」
「なに?」
「あれは、子供の竜ですわ、生まれたての赤子に等しい。けれど、あの子を倒したのは認めますよ」
「まさかお前……」
ペンドラゴンは口端を上げた。
「あ、起きた」
「どんくらい、気失ってた」
「三分くらいかな」
数分後、そこには煤だらけになったグウィンの姿があった。辺りは無残に焼け焦げ、微かに残り火が地面を焦がしていたが、戦争後のような光景が広がっている。
「あの野郎……」
「アレには勝てないよ」
「ふざけんンな! てて」起き上がろうとするグウィンを支える。
「じっとしてなよ、今日は休んで明日また頑張ろう」
「くっそ」
グウィンは地面を叩く。まるで巨大な鉄球を落としたかのように、地面は球形に窪んだ。
「ん」
「どうしたの」
「いや、なんでもない」
雨竜は辺りを見渡す。呪術解除中を襲われたら、勝てる見込みはない。呪術中は魔力を消費しているために、反撃もできない。
その予感は的中した。微かに聞こえる、人ならざる者の笑い声。
「しまった!」
「精霊使いね」
バツの悪そうに、ロゼッタは呟く。
「種族は森、最悪」
「どうする」
「ふふ」
雨竜たちから少し離れた老木のうろに、ひとりの少女が隠れ見ていた。少女の名はミランダ・アイゼンバーク、パートナーの姿は見えない。
「妖精さん、あの方たち、疲れているみたい、優しく眠らせてあげて」
不可視の森の妖精はふう、と息を吐く。すると、うとうとと雨竜の瞼が重くなる。
「や、ばい」
「ちょっと、バカ雨竜!」
「うぷっ」ロゼッタは無意識的に雨竜に腹パンを決める。
「いっ、て」
雨竜は腹を抱えてうずくまる。
「寝たら死ぬわよ」
「うん……」
「ちょっと!」雨竜の瞼は完全に閉じられた。
「ダメ……」
ロゼッタの身体は崩れ、地面に倒れ込んだ。
「これで、失格ね」
嬉しそうに、ミランダは微笑んだ。
「ん」
胸の上で、三本脚のカラスが乗っていた。カラスは雨竜が気がつくと、かぁと一声鳴いて、飛び去って行った。雨竜は身体を起こし、胸元から時計を取り出して見る。
隣で眠っているロゼッタを揺り起こすと、ロゼッタは眠たそうに瞳を開く。次の瞬間跳ね起きて、雨竜の胸ぐらを掴む。
「どのくらい眠ってた!」
「四時間、くらいだね。今から帰ればまだ間に合う」
それを聞いたロゼッタは安堵して、大きく息を吐いた。
「森は危ないよ、場所を変えないと……」
「そろそろ森も禁止エリアに入るから、その対策も考えないとね」
ロゼッタと雨竜は喋りながら寮の入り口へ向かって歩いて行く。肩を貸しているのはグウィンよりも背の低い黒のローブを羽織ったオズワルトである。
「オズ」雨竜は後ろから声をかける。彼らは訝しげな表情で振り向く。
「こっぴどくやられたわね。お相手はドラゴン使いかしら」
ロゼッタは急に、冷徹な戦士の顔つきになる。
「まだ、時間は残っているけど……」
「望むところだ」
グウィンは噛みつくように、ロゼッタに詰め寄る。
「バカ! 帰るよ……、どうしても闘うというのなら、こっちから負けを認めるよ」
オズワルトの提案に、ロゼッタは満足そうな表情を浮かべる。
勝った。
「ダメだよ、ロゼッタ」
「こいつとは、全力で戦って勝つんだ」
雨竜はグウィンを睨む。
「言うじゃねえか、少し見直したぜ」
グウィンは拳を雨竜に向けて突き出した。
ウイッチズ×カマード二日目終了




