-1
湖に一匹の白い獣が悠然と立っている。
赤い瞳に白く輝く身体。こちらをじっと見つめている。
「もうすぐ、会えるね」
「嗚呼、もうすぐだ」
獣は嬉しそうに頷く。そこで、世界は白く染まった。
「ついに、今日ね」
ロゼッタは嬉しそうに空を見上げる。
尖塔の巨大な時計は、七時を差していた。
「あの短針が九を差すと、ウイッチズ×カマードが始まる……」
「計画通りに行きましょう」ロゼッタは微笑む。
短針が、Ⅸを指し示す。黄金の鐘が鳴り響き、ウイッチズ×カマードの開始を告げる。魔法使いたちはその合図を皮切りに、戦いを開始する。
校内では戦いは禁止されているため、校庭や戦闘場、競技場などで、戦いの狼煙が上がる。
その戦闘音を尻目に、ロン・ハインケルとアリス・クインザッカーはある人物を探していた。
確実に一勝できる相手。
極東から来た留学生。攻撃魔法を使えない、Eランク。
「いた」
ロン・ハインケルは目ざとく雨竜を見つけると、その後をつけた。彼は雨竜が自分より弱い者であるということを知っていた。雨竜は鬱蒼と茂る森のなかへ入って行った。ペアの姿は見えないが、おそらく森の中にいるんだろう……
「いくぞ」彼はパートナーのアリス・クインザッカーに声をかける。
「うん、行こう」陽気な声で彼女は答え、ロンについて来る。
「これで一勝、だな」
彼らは森に入って行く。日差しが遮られ、急に暗くなる。ケヤキやクヌギの生い茂る森。獣道を通り、雨竜の後ろ姿を追う。
「これで一勝、ね」
ロンとアリスの入って行った、森の入り口でロゼッタは満足そうに頷いた。
「ねぇ」
「どこまでいくの?」
「わからねぇよ」
あれから数時間が過ぎていた。雨竜の姿は視界から完全に消えていた。
「もう、帰ろうよ」
「馬鹿、一日最低でも一勝しないと負けなんだぞ」
ロンはアリスを諭す。彼女の瞳は潤んでいた。今にも泣きそうなその顔に、ロンは思わず視線を逸らす。
「別に、雨竜君じゃなくてもいいじゃん」アリスはそう言って、小石を蹴った。小石は切株に当たって乾いた音を立てた。
「でもよ、ここ、どこだ?」
ロンは辺りを見渡す。完全に迷っていた。急に寒気がロンを襲い、冷や汗が流れた。
やがて日は暮れ、カラスが鳴き始めた。
「もう、歩けないよぉ」アリスは地面に腰かけた。
「たく」
ロンは舌打ちをして、アリスを見下ろす。
「なによぉ」
不満そうにアリスはロンを見る。
「なんでもねぇよ、それより今、何時だ?」
アリスはポケットから大きな銀時計を取り出す。
「四時だけど」
「五時までに戻らねえとまずい、失格になっちまう」
「おうい」
木々の隙間から、声が聞こえた。
「雨竜か! どこにいる」
ロンは辺りを見渡すが、姿は認められない。魔術で声を飛ばしているらしい。一年生の時に習う、基礎魔法のひとつだ。
「帰りたいんなら、負けを認めなさい」
雨竜のパートナーの声が聞こえてきた。声は女なのか、男なのか、分からないように、加工してあるようだった。
「もう、帰りたいよぉ」
アリスは疲れた表情でそう言うと、ロンはため息を漏らした。
「わかった、負けを認める」
突如、ロンの周りに青い炎が三つ灯り、その一つが消えた。
「これでいいだろ」
「結構」
草むらが揺れる。何かがこっちにやって来る。雨竜だろうか?
「わー、可愛い」
現れたのは、見たこともない柄の猫だった。
猫は、ついてこいとばかりにロンたちの前に立ち、歩き始めた。
「その使い魔に帰り道を案内させるわ」
ロンとアリスは顔を見合わせ、その猫について行った。
「なんだ、すぐ近くだったのか」
数分後、彼らは森の入口についていた。どうやら同じ所をぐるぐる回っていたようだ。
「今から、相手を探そうよ」
アリスはロンの袖を引っ張る。
「もう、負けだよ。まんまとやられた」
ロンは自嘲気味に笑って見せる。
「ごめん、私のせいで」
「いいんだ、あれが罠だったことを見抜けなかった俺の責任だ」
「帰ろう」
「……うん」アリスは泣いていた。けれど、ロンはそのことを言わなかった。ただ黙って、ふたりで夕焼けに向かって歩き出した。
「計画通り、一勝」嬉しそうにロゼッタは微笑む。
「やっぱり、気が進まないな」
「なによ、勝ちは勝ち」
「一日一勝しなきゃならないの! それより、今日はお疲れ様、あんた、召喚魔法も使えるのね、大したもんだわ」
「まあね」
「あいつらが森を彷徨っている間、こっちは呪術解除する時間も確保できたし」
「じゃあ、そろそろ五時になるから、帰ろうか」
「そうね、また明日」
ロゼッタは機嫌よく手を振って帰って行った。その後ろ姿をみて、雨竜はため息をついた。
「やっぱり、組むんじゃなかったのかな」
―――ウイッチズ×カマード一日目、終了―――




