第5話 コストと呼べなかった
連中は入口を検分すると、いったん森へ引き上げていった。夜まで休んで、それから「仕事」にかかる肚らしい。
おかげで、こちらには丸一日の準備時間が転がり込んだ。
「ノア。あいつらの素性に当たりはつくか」
「装備と手際から見て、『迷宮剥ぎ』。若い迷宮や弱った迷宮を襲って、魔物を狩り尽くして、資源を根こそぎにする稼業。最後は核まで掘り出して、売る」
「核を? 売れるのか、あれが」
「高く売れる。……誰が、何のために買うのかは、わたしも知らない。知らない方がいい類の話だと思う」
不穏な流通だ。頭の隅のメモに書き足しておく。
さて。敵は五人、場数を踏んだ中堅。こちらの戦力は、ナイフを持ったゴブリン三体と、丸いのが一匹。正面からぶつかれば、三十秒で全滅だろう。
だから、正面からはぶつからない。
戦いの前に、戦場の方を作り変える。
「作戦を言う。第一に、全消灯」
燐光苔の照明は、客向けのサービスだ。強盗に灯りを売る理由はない。そしてゴブリンは闇が見え、人間は松明が頼りだ。暗闇は、こちらだけが使える設備になる。
「第二に、誘導。二層の旧坑道、東の枝道にだけ、光を漏らす」
地脈に繋いだ核の根は、壁の裂け目からわずかに輝きが漏れる。鉱脈と見間違える光だ。欲の深い目には、宝の地図に見えるだろう。
「第三に、モチ。東枝道の支保柱を三本、髪の毛ほどまで食い細らせろ。蹴飛ばせば落ちる程度に。――調整済みの崩落、というやつだ」
「第四に、班長班。崩落の後、はぐれた敵を暗闇から突く。一撃入れたら、深追いせずに離脱。手順書の通りにやれ。手順の外のことは、何もするな」
日没までの時間で、班長班には枝道の地形を繰り返し歩かせ、離脱経路を体に叩き込ませた。鳴子は退路の逆側に張る。音で敵の注意を、誰もいない方へ流すためだ。
「ギャ(覚えた)」
「よし。――言っておくが、手柄は要らないぞ。明日の朝礼に全員の顔が揃っていること。それが今夜の勝利条件だ」
「ギャッ!」
ノアが、ふわりと俺の顔を覗き込んだ。
「殺すのか、とは聞かないんだ。あなた、お客は殺さない主義なのに」
「聞く必要があるか?」
「ない、けど」
「強盗は客じゃない。――以上だ」
夜半。五つの松明が、迷宮に入ってきた。
【警報:領域内に侵入者。敵性高】
連中は手慣れていた。一層の薬草床を見つけると、根ごとごっそり毟り、袋に詰めた。商品棚を、棚ごと持っていく手口だ。
「魔物が出ねえな」
「枯れ穴の出がらしだろ。それより、奥だ。さっきから……光ってやがる」
東枝道の奥、壁の裂け目から漏れる金色の光。五人の足が、吸い寄せられるように速まる。
「鉱脈……いや、こいつは」
「地脈の根だ! 当たりだぞ、この穴!」
先頭の二人が駆け出した。残る三人が「待て、先走るな」と続く。狭い枝道、縦に伸びきった隊列。
いまだ。
「モチ」
ぷるり。
闇の中で、髪の毛ほどに痩せた支保柱が、三本同時に崩れた。
轟、と。
天井が落ちる音は、思っていたより、ずっと鈍かった。
先頭の二人が岩塊の下に消え、土煙が松明の光を呑み、後続の三人の悲鳴が坑道に反響した。
【戦闘還元:+15.8DP】
【戦闘還元:+15.6DP】
視界に並ぶ、事務的な文字。
胃の奥が、ひやりと冷たくなった。
人が死んで、金が入った。この世界の迷宮は、そういう仕組みで回っている。
……気のせいだ。続けろ。手は止めるな。
「班長班、かかれ。手順通り」
崩落で分断された三人は、完全に浮き足立っていた。松明は土煙に巻かれ、暗闇で方向を失い、互いの名を怒鳴り合う。その背中へ、闇からナイフが走った。
一撃、離脱。一撃、離脱。教えた通りの一撃離脱。深手は与えずとも、見えない敵は心を削る。
「ひっ……いるぞ! 何かいる!」
「退け、退けぇ!」
三人が出口へ雪崩を打つ。勝った――そう思った、瞬間だった。
殿の一人が、振り向きざま、闇雲に弩を撃った。
狙いなどない、ただの悪あがきの一矢。
その射線の先に、チビがいた。
「ギャッ――」
班長が、チビを突き飛ばした。
鈍い音。ボルトは班長の左の耳を裂き、肩口を深々と貫いた。
侵入者三名、領域外へ逃走。戦闘終了。
俺は崩落区画の手前で、壁にもたれて座り込む班長を見下ろしていた。
いや、座り込んでいるのではない。あれは、得物を構えている。血で半分崩れた構えのまま、撤退援護の位置から、動こうとしない。俺が書いた手順書の、最後の行を守ったままだ。
視界に、系統の文字が並んだ。
【個体『ゴブリン(班長)』:損壊重度。放置時、六時間以内に機能停止】
【参考:同型個体の再購入 5.0DP/下級回復薬 8.0DP】
……再購入の方が、3.0安い。
数字は、相変わらず嘘をつかない。同じ規格のゴブリンは、カタログからいくらでも買える。明朝には、同じ働きをする個体が納品される。経営判断として、答えは明白だ。明白の、はずだ。
「マスター」ノアの声は、平坦だった。「判断を」
「修理コストの方が高い。なら、廃棄して再購――」
言いかけた口が、止まった。
班長が、声のした方へ欠けた耳を立てた。血の気の失せた顔で、それでも、援護位置から退かないまま。
バケツリレーの列を、勝手に並べ替えた奴。
天井の砂を指差して、チビの命を拾った奴。
――再購入で納品される「同型個体」は、それをやるのか?
「…………回復薬。購入」
【下級回復薬:−8.0DP】
手の中に現れた硝子瓶の中身を、班長の口にこじ開けて流し込んだ。傷口が泡立ち、肉が盛り上がり、ふさがっていく。裂けた左耳の先だけは、欠けたまま残った。
「非合理」と、ノアが言った。
「うるさい。例外処理だ」
「例外の、根拠は?」
「………………決裁権者は俺だ。以上」
根拠を聞かれて、答えられなかった。
俺の帳簿に初めて、説明のつかない赤字が、3.0DP分だけ記帳された。
戦場の後片付けは、夜明けまでかかった。
回収した遺品の中では、弩が大物だった。射程武器は、解析すれば防衛網の主力装備に化ける。引き金を引くだけなら、訓練済みの射手が、うちには三体いる。
「物騒な商売道具を残していってくれたな。ありがたく、型を起こさせてもらう」
【迷宮経営日報 十日目】
残高:42.4DP(前日比 +31.2)
収入:戦闘還元+31.4/自己奉納+2.0/モチ還元+3.0/地脈+4.8
支出:回復薬−8.0/維持費−1.0/飼料−0.3/鳴子資材−0.6/照明は本日無料(消してただけ)
拾得物:弩×1(解析予定。これは大物だ)/剣×2/革鎧×2
特記:侵入者五、うち二は崩落により死亡、三は逃走。逃げた三人は方々で言いふらすだろう。「あの枯れ穴は、化けた」と。客が減るか、それとも腕自慢が試しに来るか。
労災:一件。原因は手順外の敵性行動。対策は……対策は、追って検討。
淘汰戦まで、あと八〇日。
深夜。日報を書く俺の手が、まだ微かに震えていることに気づいた。
初めて人を死なせた夜だ。震えくらいは、出る。これは経費だ。この稼業を選んだ以上、避けては通れない経費。そう処理して、俺は灰板を置いた。慣れたいとも思わないが。
ふと顔を上げると、コアの間の入口に、小さな影が立っていた。
班長だった。包帯がわりの布を肩に巻いたまま、入口の脇に直立して、ナイフを提げている。歩哨のつもりらしい。
「……治っていいとは言ったが、働いていいとは言ってないぞ」
「ギャ」
動かない。頑固な現場責任者だ。
やれやれ、と息を吐いた、その時だった。
【警報:領域外周に接近者。入口前――個体数一、敵性反応なし】
「一?」
視界を切り替える。
夜明け前の入口に、ぽつんと、小さな影がうずくまっていた。フードを被った犬顔の魔物――コボルトだ。痩せこけた腕で、ぼろぼろの道具箱を後生大事に抱えたまま。
行き倒れていた。
(第5話・了)




