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第4話 地脈

大工事、初日の朝礼。

俺は灰で描いた断面図を石板に掲げ、従業員一同(ゴブリン三、スライム一)の前に立った。

「目標、地脈までの掘削。工法を説明する」

「ギャッ」

「先頭はモチ。岩を食って進む。ただし全部食うな。六歩ごとに柱を残せ。天井が落ちる」

モチがぷるりと震える。わかったのかどうかは、正直わからない。

「班長班はズリ出し。バケツリレーで、食い残しの岩屑を後方へ。それと――全員、これを徹底しろ」

俺は右手を上げ、人差し指をまっすぐ伸ばして、坑道の天井に向けた。

「指差し確認。持ち場に入る前に、天井よし、足元よし、退路よし。声に出せ。声が出ないなら鳴け」

「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」

「よし。安全第一、操業開始」

ノアが宙に浮いたまま、しげしげと俺を眺めた。

「魔物に安全教育をするマスターは……」

「初めて、だろ。知ってる」


工程は三交代で回した。モチが食い進み、班長班がズリを出し、手の空いた者が薬草床と歩哨に回る。坑道の壁には灰でローテーション表を描いてやった。字は読めなくても、自分の似顔絵が今どの枠にいるかは、わかるらしい。

「ギャッ(俺、次、水やり)」

「そうだ。よく見た」

工事は、笑いが出るほど順調だった。

なにしろ、掘るほど儲かる。モチが岩を食えば、微量とはいえDPに還る。地球の土木工事では、掘削費というのは払うものであって、もらうものではなかった。

【還元(岩盤):+0.8DP】

「掘削費がマイナスの工事なんて、前世の上司に見せてやりたいよ」

もっとも、順調なだけの現場など存在しない。

二日目、旧坑道との合流部で、先頭の灯りが、ふっ、と細くなった。

「全員止まれ!」

炎が痩せるのは、空気が悪い証拠だ。閉ざされた坑道には、悪い空気が溜まる。色も匂いもなく、吸えば眠るように死ぬやつが。

「下がれ。モチ、先行しろ。……できるか、空気ごと食うのは」

モチはずるりと闇に進み、ぷるぷると膨らんだり縮んだりを繰り返した。

【還元(沼気):+0.3DP】

灯りを近づける。炎はまっすぐ、健やかに立った。

「……毒ガス処理までして稼ぐのか、お前は」

うちのエースは、今日も丸い。

「全員、覚えておけ。坑道で炎が痩せたら、即、退避だ。悪い空気には色も匂いもない。炎だけが教えてくれる」

「ギャッ!」

三体が、やけに神妙な顔で頷いた。命を預かる以上、安全教育に手は抜かない。

昼休みには、大盛りを頬張る三体と、ガラクタを頬張る(?)一匹を眺めながら、岩に腰を下ろした。

「マスターは、食べないの」

「俺の体は核が維持してるんだろう。食事は嗜好品だと言ったな」

「言った。食べたければ、食べられる」

「なら今度、薬草茶でも淹れてみるか。……いや待て、あれは商品だ。原価計算が先だ」

ノアが、ほんのわずかに笑った気がした。気のせいかもしれない。


ヒヤリとしたのは、三日目だ。

崩れやすい区画で、一番チビのゴブリンが持ち場に入ろうとした、その時。

「ギャッ!!」

班長が鋭く鳴いて、チビの襟首を引っ掴んで飛び退いた。直後、今までチビがいた場所に、人の頭ほどの岩塊が、立て続けに三つ落ちた。

見れば班長は、持ち場に入る直前、天井に指を差していた。指の先、天井の亀裂から、砂がぱらぱらと零れていた――崩落の前兆だ。教えた通りの手順で、教えた以上のものを見ていた。

「……班長、よく見た。大盛り二杯だ」

「ギャ!」

誇らしげに胸を張る小鬼を見ながら、妙な感慨が胸に湧いた。

前の職場で、俺の「カイゼン」は、最後はいつも人員削減の理屈に使われた。工数を削り、原価を削り、最後に人を削る。恩師の町工場も、そうやって俺が削った。

こっちの世界では、指差し確認が、ゴブリン一匹の命を拾う。

たかがゴブリンだ。されど、うちの従業員だ。

削るための知識が、守るために働いている。たったそれだけのことが、なぜこうも胸に染みるのか、自分でもよくわからなかった。

悪くない使い方だと思った。俺の知識の、これが本来の使い方だと。


そして四日目の夜明け前――モチが、最後の岩盤を食い破った。

穴の向こうは、裂け目だった。

深さは目測で二十メートル。その底を、光の大河が流れていた。

金色とも、青ともつかない。緩やかにうねり、脈打ち、時折ほどけて霧になり、また束ねられて流れていく。見ているだけで、腹の底がじんわりと温かくなる光だった。

「地脈」ノアの声は、いつになく柔らかかった。「世界の血管。あらゆる魔力の、おおもとの流れ」

ノアは光の大河を、長いこと、じっと見下ろしていた。

「……この光。わたし、どこかで、もっと近くで見て……」

「ノア?」

「…………ううん。なんでもない。記憶違い」

管理精霊の、記憶違い。

俺は何も言わず、頭の中の帳簿の隅に、それを書き留めた。あの夜逃げの夜といい、こいつの記憶の欠けは、どうにも引っかかる。

「繋ぎ方は」

「核の根を伸ばす。ここまで距離があるから、8DP」

残高の大半だ。だが迷う理由は、特に見当たらなかった。

「やれ」

ノアが核に手をかざす。

コアの間から、光の根が一本、するすると壁を這って伸びてきた。坑道の天井を伝い、裂け目の縁から垂れ下がり、そっと、大河の面に触れる。

――どくん。

迷宮全体が、深く息を吸った。

そんな気がした。足元の岩が温かい。壁の燐光苔が一斉に明るさを増し、遠い一層で、薬草床がざわりと葉を揺らした音さえ、聞こえた気がした。

【地脈接続(微細孔):恒常収入 +4.8DP/日】

「……固定収入、か」

寝ていても、入る。俺が倒れても、入る。誰の機嫌にも、誰の残業にも依存せず、入る。

事業がようやく、俺の体力の外側に出た。

「ノア。今夜から夜の見回りを一回減らす」

「なんで」

「黒字の夜は、よく眠れるんだよ」


ノアは答えず、コアの根が走った壁を、小さな手のひらで、そっと撫でた。

「……前のマスターは、こんなこと、しなかった」

「そうかい」

「殺して、回収して、減ったら買い足す。それだけだった。歴代、みんな、だいたいそう」

硝子玉の瞳が、光の大河を映して揺れた。

「あなたは、迷宮を……耕してる」

「管理精霊のくせに、詩人だな」

「事実の報告。詩じゃない」

そうかよ。

俺は灰板を引き寄せ、いつもの日報を書き始めた。


【迷宮経営日報 九日目】

残高:11.2DP(前日比 +0.9)

収入:自己奉納+2.0/モチ還元+3.4/地脈+4.8

支出:地脈接続−8.0/坑木資材−1.4/飼料−0.3/維持費−1.0/照明−0.4

特記:恒常収入+4.8/日を確立。損益分岐を構造的に突破。工期四日、労災ゼロ。全員に大盛りを支給。

淘汰戦まで、あと八一日。


書き終えた、その時だった。

【警報:領域外周に接近者。入口前、人間、五】

ノアの声が、いつもより半音、低かった。

「マスター。今度のは――お客様じゃ、ない」

視界を入口の外に切り替える。

夜明け前の薄闇に、五つの影が立っていた。傷だらけの中古鎧。使い込まれた得物。真ん中に立つ、顎に古い焼印のある男が、迷宮の入口を覗き込み、値踏みするように喉で笑った。質屋が質草を見る目。解体屋が、廃ビルを見る目だった。

「……生き返ってやがるぜ、この枯れ穴」

「魔物は湧きたて、薬草は青々。核もまだ若えだろ」

「――稼げるぞ」

ああ、わかるとも。客と強盗の区別くらいつく。

あれは冒険者の目じゃない。

解体業者の目だ。


(第4話・了)

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